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とりあえず、寝室の問題は一応片付いた。
あくまでも、一応であるが……。
「あ〜、そうだ。布団は足りるかな?」
と、そこに美菜の言。
「多分大丈夫……おそらくは」
そう答えたものの、礼司は少々不安になる。
一階に幾つかある押入れの中に布団は沢山ある。しかし、長年使っていなかったものが、今使えるかとなると……
「ちょっと確認してみるか」
礼司はソファーから腰を上げた。
――しばし後
幾つかの押入れを調べた結果、今の季節に使用可能な布団は人数分以上に見つかった。
とりあえず、一安心と言ったところであろうか。
と、何気なくその足が、客用寝室の一番奥にある木製の両開き扉の前で止まった。
『確か、ここは……』
礼司は昔を思い出した。
子供の頃、何度かこの部屋に泊まったことがあった。
誰もが好奇心旺盛な子供の頃。当然礼司もこの扉を開けようとしたものだ。
だが、当時存命であった礼司たちの曾祖母は、声を潜めてこう言った。
『そこは決して開けてはいけない。開けたら最後、呪われて死んでしまう』
……と。
今にして思えば、この奥に大切な物がしまってあったのであろう。だが、子供であった礼司は曾祖母の言葉に怯え、この扉に近付くことはなかった。ここで暮らすようになってからも、無意識にこの部屋への立ち入りを避けていた。
果たして、この奥に一体何があるのだろうか? この家の間取りからして、精々押入れ程度の広さだろう。しまってあるのは高価なものなのか、それとも……
「何虚無っぽい顔芸してるンっスか、礼司さぁン? ぶっちゃけた話、あんまし似合いませんよーォ?」
何やら煽り口調の美菜。先刻、声を荒げられたことへの意趣返しなのだろうか?
「あのな……。まぁ、いい。それよりも、だ。この奥って、何があるか聞いたことがあるか?」
「ん゛〜〜? この奥? そういえば、聞いたことないな〜。そういえば『開けるな』とか言われたことがあるっけ?」
美菜の答え。
「ふーむ、やはりか。よほど大事な“何か”がしまってあったりとかする……って、オイぃ⁉︎」
「ん゛〜〜ッ、開かないな〜。何か引っかかってるっぽい?」
躊躇うことなく彼女は扉の引き手に手をかける。だが、幸か不幸かどうやら開かないようだ。
「ちょっとォ、手伝ってよ〜」
「お……おう」
そう言われて反射的に礼司も引き手に手をかけ、開こうとする。
が、
「ん? あれ? クッ……ソ。開かねェ。反対側もダメみたいだな」
成人男性である礼司の力でも、扉はびくともしない。
「鍵はないっぽいけど、何か引っかかっているのか……それとも何らかの手段で開かない様にしてあるのか」
「ん〜、礼司さんでもダメかー。それとも運動不足? 最近この辺ちょっと緩んでない?」
「あっ、ヲイ。止めろって」
脇腹を摘もうとする美菜。そしてそれを阻止しようとする礼司。
と、そこに二階へ布団を干しに行っていたミヤビと永羽が戻ってくる。
「どこに行ったのかと思えば……何をしているのか二人とも」
「抜け駆けでもしてるのかと思えば……色気のない話ね」
「あっ、その……」
「ほっといてくれ」
慌てて二人は離れた。
(……いや、抜け駆けって何やねん)
などと考えたものの、礼司も彼女たちから向けられる好意に気づかないほどの朴念仁ではない。
とはいえ、三人に囲まれる状況に慣れている訳でもない。なので、今は考えないことにした。
「いや、何やらここの扉がな。何か引っかかって開かないみたいなんだ。それでちょっと……」
「ふ〜む? 何やら妙な気配を感じるな」
「ええ……確かに。以前からこの方角から“嫌”な気配を感じてたわ」
と、ミヤビと永羽が反応した。
「へぇ……やっぱり“何か”あるんだ! 何とかして開けてみようよ!」
「ヲイ……」
早速美菜はこの部屋に積まれている衣装ケースやら段ボール箱やらを物色し始めた。
どうやら工具の類を探しているらしい。何とかして扉を開けようとするつもりか。
「あのな……ちょっと待て。勝手に開けちゃいかんだろう。貴重なものが入っているかも知れないし」
とりあえず、制止。
礼司の本音を言えば、これ以上厄介ごとが増えてはたまらない、というところだが。
「あー、それもそっか」
美菜は素直に応じ、工具箱らしきモノから取り出しかけた“何か”を無造作に戻した。
(アレはバールの様なもの……。そこまでして開けたいのか。全く……昨日あんな目にあったばかりだってのにさ)
……やはり美菜はアホの子なのではなかろうか、という考えが礼司の脳裏をよぎる。成績自体はそれほど悪くはないのだが、たまに……いや、頻繁に考えなしで行動を起こすことも少なくないのだ。まるで小学生男子のように……。
(まぁ……それは置いといて、だ)
そして礼司はミヤビたちに向き直る。
「『妙な気配』とか『嫌な気配』とか、何か心当たりあるか?」
「ふーむ。私は結界外からくる邪気を遮るのと同時にヒサメを封じ込めていたからな……。ここのことは分からぬよ。すまんな」
「私も、作られる前のことまでは分からないわね。ごめんなさい」
「……そうか。他に誰か知ってる人は……」
礼司が呟く。
と、美菜がおもむろにスマホを取り出した。
「大丈夫。任せて」
そして何処へやら電話をかける。
「……へ?」
「もしもし? おじいちゃん?」
「……ヲイ」
(よりによって会長かよ!)
礼司はその場で凍りつく。
美菜の祖父……この状況で電話をかけるとすれば、この家の持ち主である彼女の父方の祖父。つまり、礼司の会社の会長である。
会長は、孫たちの中でも特に美菜を可愛がっていた。その美菜と礼司が一つ屋根の下で暮らすことになっている状況と知られたら……
「うん。元気だよー。あー、今ね、おじいちゃんの家にいるの。そう。あたしもここに住もうかなって。いいよね?」
(……アカン。恩知らず呼ばわれされちまうかもな。これはクビ確定か?)
危うく崩折れそうになる礼司。
「……でね、ちょっと気になったことがあるんだけどね。元おじいちゃんたちの寝室の、隣の部屋の奥にある扉だけどさ。あそこって、何が入ってるの?」
(……あれ? スルーされた?)
「あ〜、そうなんだー。おじいちゃんも知らないの? へぇ〜、おじいちゃんのさらにおじいちゃん? なるほどね〜」
(つまりあそこに“何か”を入れたのは高祖父、か。と、なるとこの家が建てられたすぐ後ぐらいってことになるのか?)
「ところで、それ開けちゃっていい? え〜〜、ダメぇ? ちょっとだけ! ちょっとだけでいいから! 美菜のオ・ネ・ガ・イ。……ねっ?」
「お……オウ」
甘える口調で頼んでいる。
(そこまでして開けたいんか……。でも、流石にダメと言うだろうな)
「え? いいの? やったー! おじいちゃん大好き!」
(……いいのかよ!)
礼司は思わず声に出してツッコミかけるが、何とか自制した。
(こりゃまた厄介な事が起きそうな気がするが……どうなるやら)
「さっ、許可も出たことだしととっと開けようか!」
意気揚々と工具箱からバールの様なものとハンマーを取り出す美菜。
「いや、ちょっと待て!」
礼司は慌てて制止。
「何っスか〜? もしかしてビビってるとかぁ?」
「……なぜ煽り口調。いや、それよりも、だ」
一つため息。そしてどう彼女を抑えるべきかと思索を巡らす。
と、
「⁉︎」
「……!」
何やら妙な音。
そして、腹を押さえて真っ赤な顔の美菜。
「あっ、あのっ、違うっス、これは……ッ!」
「おー、そうだな。とりあえず昼飯にしようか」
「ン゛〜〜〜〜ッ!」
礼司にとっては思わぬ助け舟であった。




