完全無欠のパーフェクトフード 1-5
面白いことに(いや面白くもなんともないが)、こんな状況でも夜営業をやってしまうのが、僕とプリムのいいところであり、悪いところでもあるのだと思う。一度、頭を違うことに使って、頭にリセットをかけたいのだ――と言えば聞こえはいいが、現状においては、ただただ問題を後回しにしているだけである。寝付けなかった昨夜、プリンを作ったように。昨夜と違って、今回は明日の昼過ぎという明確なタイムリミットがあるので、それまでに情報を整理しておくべきなのだろうけれど。
「バンズ、届いちゃってるし、仕方ないよな……」
「うん、仕方ないよ、マリウス……無駄にするわけにはいかないもん……」
僕の逃げ癖がプリムに伝染しているようで、なんだかとても申し訳ない気持ちになる。
昼営業と同じメニューで、チーズソース増量、半熟目玉焼きの追加がそれぞれ白銅貨一枚、もちろん両方頼むのもオッケーだ。欲張りさんは白銅貨二枚。エールと塩バターロール、それからちょっとしたおつまみをいくつか。今夜はコレで開店する。
五年前よりも仕入れが安定していて、プリムはチーズソースを『マリウス』の常設メニューに加えることができていた。これはギルド制の崩壊で卸し業者が増え、高級品とされていたものが平民にも売られるようになったことと、レイチェル・タイムの影響で流通が発達したこと、そのふたつの恩恵だろう。
昼過ぎに落ち着いていた天気はまた勢いをぶり返し、ざあざあ、と音がする。無心で働きたいときに限って、客足が遠くなるのはなぜなのか。いや、これは神さまからの「ちゃんと向き合いなさい」というメッセージなのかも。
は、と息を吐いて、僕はバンズをひとつ、プレートの上に置いた。
勘当の解除。これは僕を貴族に戻すために必要なことだ。そしてなぜ貴族に戻す必要があるのかといえば、これは当然、貴族でなければ利用価値がないからだ。しかし、一度は家を出て、家督を継ぐための勉強もなにもしていない男の価値とはなにか。
ふたつめのバンズを置く。
隣の王国の大貴族、シャルワ家ご令嬢との結婚。僕の貴族的価値――それは、『アントワーヌ家の血が流れていること』に他ならない。帝都の重鎮、アントワーヌ家の血。隣国との強力なパイプになるだろう。たとえ僕がどんな愚か者であろうと、お相手のシャルワ家長女と一度も会ったことがないとしても、僕の血にはそれだけの価値がある。
みっつめのバンズを置く。
隣国への婿入り。これはつまるところ体のいい人質だ。帝国と王国は僕を用いて貴族間のパイプを作りつつ、いざとなれば――つまり、なんらかの交渉や、あるいはそれこそ戦争にでもなれば――王国は僕とシャルワ家ご令嬢の間の子供を人質として利用するつもりだ。僕はこれでも名家の長男である。貴族的価値は高い。しかしながら、帝国から見れば、アントワーヌ家の愚かな放蕩息子など、別に切っても構わないと思っていることだろう。アントワーヌ家を継ぐのは優秀で勉強熱心なジーン・アントワーヌだからだ。
であれば――。
からん、とベルが鳴った。僕ははっとして、「いらっしゃいませ」と声をかける。雨避けにフードをかぶった四人組だ。こんな雨の日に――と思ったが、その背格好を見て、だれだかわかった。いつもの四人だ。
「四人そろうのは、久々じゃのう」
「おれは昼に来るからなぁ。今日も昼、ここだったんだよ」
「あら、テック、あなた昼ばかりってお酒やめたの? それとも夜は別のところで?」
「いや。コロンさん……テックは最近、夜は新しい焼肉屋台を牽いているから……」
老爺。旧パン職人ギルドの重鎮で、今はただのパン屋――しかしながら帝都一の職人と名高いジェビィ氏。
かっぷくの良い中年。旧食肉ギルドで現肉卸し、そして屋台の元締めである社長、テックさん。
背の低い女性。旧酒造ギルド所属でギルドマスターの妻。現在は酒屋で”エール樽”の異名を持つ大酒豪コロンさん。
背の高い、どこか暗い雰囲気の男性。旧野菜ギルドの長で、いまは野菜の卸しをやっているトーアさん。
五年前、僕とともにノックアウトバーガーと戦い――僕が大きな迷惑をかけた人たちだ。
「みなさん、こんな雨の中……わざわざ来たんですか」
「おう」
とテックさんが手を上げた。
「この雨じゃ、屋台を牽くってのも難しくてな。どうするかって悩んでたんだが、ジョンソンさんがよ。ほら、うちの屋台に出資してくれてるから、そのつながりで聞いてな」
ジョンソンさん――サニーさんのことだ。テックさんがにやりと笑った。
「なんか、大変なことになってるらしいじゃねえか」
四人はテーブル席ではなくカウンターに座り、「とりあえずエール四つ。あと、バーガー四つ」と注文を繰り出した。
「……テックさん、昼と同じやつですけどいいですか。それからみなさん、白銅貨一枚で半熟の目玉焼きかチーズソース増量、あるいは二枚で両方ですけど」
「両方だ。あと塩バターロールもふたつ頼む」
「わしは追加なし」
「あ、塩バターロールは焼きなおして私のぶんもひとつ! それと目玉焼き追加で」
「私はそのままで。ああ、いや、辛いソースなのか。 それならチーズ増量で頼む」
一気に店内が騒がしくなる。この四人はそれぞれがそれぞれの場で主役になれる勇者たちだ――空気がざわめく。久しぶりだ、この感覚は。ほかのお客様もまだいないので、プリムとふたりがかりで手早く酒を出し、調理に取り掛かる。
「で、なんじゃったかな。おぬし、結婚するんじゃって? 会ったこともない貴族と」
エールをうまそうに飲みながら、ジイさんがいきなりぶち込んできた。
「……大変じゃのう」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
プリムが苦笑しつつ、「心配で駆けつけてくれたのかと思ったのに」とごちる。だがジェビィ氏はこともなげに言った。
「そうじゃよ。心配で駆けつけた。わしら四人、全員な。じゃが、結局は他人事じゃ」
「こればっかりはな、どうしようもねえ」
テックさんもまた、エールを勢いよく流し込んでいる。
「おまえの家族がどうこう、って話だ。おれたちにゃ、なにもできねぇ。だけどよ」
がしがしと頭を掻いて、薄く笑った。
「それでも来ちまった。他人で、なにもできねぇってわかってるのによ」
すでに一杯飲み干して、プリムに二杯目を頼んでいたコロンさんもまた、同じように笑っていた。
「でも、話聞いた感じだと、もうホントに夜逃げくらいしか手がないんじゃない? いいわねぇ、ロマンチックで」
よくねえよ。
「まあ……なんというか、元気そうで良かったよ。もっと沈み込んでいるかと思っていたが、こうして店を開けているんだから」
「はい、その……なにかやってないと落ち着かないし。食材ももったいないし」
「わしのパンも無駄にならなくてよかった。――と、そうじゃ。アレ、美味かったぞ。ぷりん」
ジェビィ氏が笑って、綺麗に洗われた空の瓶を取り出した。
「ダフネが神妙な顔をして考え込んでおった。面白い問題じゃ」
「あ……すいません、お弟子さんに勝手に」
「いいんじゃ、いいんじゃ。これからの時代、パンだけじゃ手詰まりになるのは目に見えておる。わしみたいに、もう『これから』がそう長くないならばともかく、弟子は『これから』のほうが長くなるからの」
プリムがフライパンにパティを並べた。肉汁のはぜる音と香りが爆発的に広がった。僕はバンズをあぶり、その表面を軽くかりっとさせつつ、別のフライパンにセルクルを並べて、目玉焼きを焼き始める。
「あら。ずいぶん弱気なことを言うのね、おじいちゃん。なあに? 自分のパンに自信がないわけじゃないでしょうに」
「もちろん、わしのパンは日々美味くなっておる! ――が、それだけでは戦えんじゃろ。知っとるか? ノックアウトバーガー、冒険者向けの需要が減ってきておるんじゃと」
あー、とみんなして唸る。ノックアウトバーガーは帝都の出入り口に存在していて、その安さと手軽さから、貧民円街の日雇い労働者や、冒険に出かける冒険者や、帰ってきた冒険者に重宝されている。だが、それ以上に手軽で、圧倒的に日持ちする上に、完璧な栄養価を持つ『ナラム印のソーマバー』が輸入され始めている。味も悪くない。冒険前に食べる食事ならともかく、行動食として見れば、ハンバーガーはそこまで効率的ではない。
「とは言っても、レイチェル・タイムの焦る顔が目に浮かぶ――わけではないのが、不思議なものだね。あの女性が焦るところなら見てみたいが……」
僕らはプレートにハンバーガーを盛りつけて、カウンターごしに四人に配る。
「お待ちどお。今日はプリムのスペシャルバーガーです。――ま、レイチェル・タイムならうまくやるでしょう。客層を開拓するとか、立地を調整するとか、メニューを向上させるとか、そういう風にして。というか、あの女なら率先してソーマを売り始めていてもおかしくないですよね」
ちなみにいま流通しているソーマバーは、ナラム氏族が隣接する氏族に販売したものが港へと流れ、さらに帝国へ流れ……というものなので、かなり不安定ではある。
「だよなぁ。おれはレイチェル・タイムの長期国外出張の行き先はナラム地域なんじゃねえかと思ってる。どんなところなんだろうな」
テックさんががぶりとハンバーガーにかぶりつきつつ言った。誰ともなく、うまい、と声が漏れた。この瞬間、料理をしていて良かったと、心底思う。これだからやめられないのだ、と。
「いいところですよ。僕、わりと長いこと滞在しました――半年近くはナラムの地域内を回って、いろいろ見てました。穏やかですけど冬は帝都よりも寒くて、雪が膝まで積もって春になるまで融けないそうです」
「へえ。……そうです、ってことは、その光景を見る前にナラム地域を出たのかい」
「はい。見たかったんですけど、ちょっと事情があって」
「事情?」
「あ、ええと……」
言いにくいことだったので言いよどんでいると、ジェビィ氏がにやにや笑いながら勝手に理由を話しはじめた。
「夜這いされて慌てて逃げたんじゃと。しかも、相手はナラム氏族の族長一家の娘で巫女らしいぞ。実質王女みたいなもんじゃな」
「ちょ、ジェビィさんっ!?」
正直、バラされるのは仕方ないと思わなくもないけれど、プリムがまた例の笑顔になっているのでこの話題はほどほどにしてほしい。コロンさんがあきれ顔で僕をねめつける。
「シェフくん、あなたアレね、身分の高い女性となにかの縁があるのね。隣国の貴族も名家で王族の血が入ってるんでしょ?」
「いや、でもソレ、僕は悪くないじゃないですかっ。向こうからぶつかってくるんですよ!」
「それが悪いのよ。ぶつかってくるってことは、あなた、避けきれてないってことなの。女はね、自分の男がモテること自体は、悪い気分じゃないの。でもね、狙われるのはいやなの。わかる? 回避しなさい、回避。モテてもいいけど、本命の狙いをつけられちゃダメ。うまく立ち回らないと」
「……それ、難易度、高くないですか……?」
隣のプリムが無言で包丁を握った。笑顔で。このタイミングで……?
「当然でしょ? 自分の男だもの」
コロンさんはどこか風格を漂わせつつ、その小さな口の周りをソースだらけにして言った。
「女はね。自分と、自分の男と、自分の子供だけには、実力以上の期待をしてもいいの」
「そんで期待外れだったら、どうすんだ?」
テックさんが首をかしげて問いかけた。
「あなたならどうする? そして、あなたの奥さんなら」
「そもそも期待に応えようと全力を尽くすから、全くの期待外れってことはねえだろうが……それでもダメなら、おれンとこなら、こう言うだろうな。「あらあら」って。そんで、「ま、次はもっとうまくやんなさいな」って言うんじゃねえかな」
「そういうことよ。――わかる?」
言って、コロンさんはエールをまた一杯飲み乾し、僕とプリムを順番に見た。
「実力以上にできると期待をしているのは、男が全力で挑んでくれるとわかっているから――全くの期待外れになんかならないとわかっているから、よ。逃げたんでしょ? シェフは」
「――はい。夜這いされたのを断って、次の日の早朝に黙ってナラム地域を出ました」
ほら、とコロンさんは頷いた。
「そういうことなのよ。嫉妬と独占欲だけじゃなくて、期待に応えようとしてくれた男が嬉しくて、ちょっと照れちゃったりするのもかわいいじゃない。――ほら見てごらんなさい、プリムちゃんを」
見れば、プリムがこちらから顔を背けて、あらぬ方向を見ている。――が、シニョン風に髪をまとめているから見える、首筋からうなじにかけてが真っ赤に染まっている。
なるほど。そういうことらしい。
なにか言ってからかってみようかな、とか思っていると、からんとベルが鳴った。いい所なのに――いやいや、ありがたいお客さんだ。
その夜は、盛況とは言わないまでも、人の絶えない営業となった。終わったころには僕もプリムもへとへとで、熱いシャワーで身体を清めたあと、ぐっすりと眠れた。変に考え込むことも、妙な夢を見ることもなく。
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