完全無欠のパーフェクトフード 1-3
プリム曰く、『よく来るお客様』であるジーンをカウンター席に案内する。ちょうど、柱時計がぼーんと鳴った。昼過ぎの三時を知らせる音だ。テックさんが「やべえ、休憩しすぎた」なんて言いながら慌てて席を立つ。それを見ていたほかの客も、雨を気にしながら扉を開けて、出ていく。
「……ちょうどいいといえばいい、かな」
プリムが呟いた。
「マリウス、あたし看板ひっくりかえしてくるね」
開店か閉店かを示す、店の扉にかけられた看板――地球で言うOPENとCLOSEの木のプレート。
「あ、いや、僕が――」
――やるよ、とは言わせてくれなかった。
「マリウス。昼営業最後のお客様のぶん、作ってあげてね。ちなみにこれは『マリウス』のオーナーであるあたしの命令」
笑顔のプリム。言外に「逃げるな」と告げているようだ。ようだ、というか、告げていますね。さすが、僕のことをよくわかっていらっしゃる。扉に駆け寄るプリムを尻目に、ジーンが銀貨を一枚、カウンターの上に置いた。
「ランチセットをひとつ」
「……ご注文ありがとう。――あー、その、久しぶりだね、ジーン」
「ええ。五年ぶりですの。旅に出る前に『旅に出ます』とも言ってくれなかったマリウス・カリムさん」
「ぐ」
ジーンがかわいらしく人差し指を顎に当てて、考え込むようなそぶりを見せる。
「あら? そういえば、いつごろ帰っていらっしゃったのかしら。わたくしの情報網によると、ええと、一週間前には帰ってきていたそうですけれども――あらあら。そうなると、長旅から帰ってきてから一週間、実の妹になにも言わなかった、ということになりますわね。いや、カリムさんのことですから、きっととてもとてもお忙しくて、ついつい後回しになってしまった――というところですのね?」
「あ、う――うん、実はそうなんだ、うん」
我が意を得たりとばかりにジーンが大きくうなずく。
「そうしょうともそうでしょうとも。昼夜のダイナーの営業もありますし、ほかにも商人円街の社長様がたとお酒を飲んだり、サニーおじさまと屋台で飲んだり、五年前からいろいろ様変わりした帝都を観光気分でぶらついたり、お忙しかったことに違いありませんわね」
心臓が縮みあがった。え、なんで知ってるの? 情報網の力?
「……あの、その、ごめん……ごめんなさい……」
「まあ、謝らないでくださいな。世界を巡った名料理人ですもの、レイチェル様の新しい調理器具に目を輝かせて、いろいろな料理をプリムさんと一緒になって作っていれば時間も過ぎようというものですわ。ええ、仕方がありませんの。しかも、実家からは勘当されておりますものね! これは連絡するかどうかも含めて、熟考に熟考を重ねていたに違いありません、カリムさんは悪くありませんわ!」
「――どうでしょう、土下座……とかで、その、許してくれない……ですか……?」
「まあ! 本当に! わたくし! 怒っておりませんので! カリムさん! 頭を下げる必要はありませんのよ! カリムさん!」
ぽややんとした笑顔の後ろに、仁王の姿が見える。この世界に仁王がいるかどうかは知らないけれど。ジーンの怒りは僕の呼び方からも伝わってくる。お兄様と呼ばれなくなったあとは、マリウスくん、と呼ばれていたけれど――よそよそしい「カリムさん」呼びは、思いのほか、心に来る。いや、よそよそしい態度をとっていたのはこちらなので、もう申し開きのしようもないんだけれど。
「……ごめんなさい。ジーン、ごめん。その、忘れてたわけじゃないんだけど……なんとなく気まずくて、逃げてました……」
「……おいしいハンバーガー」
ジーンはぼそりと呟いた。
「今日の仕込みは、プリムさんかしら。いい匂いがしますわね。せめて、しっかりと味のするおいしいハンバーガーをいただけたら、少しはこのいらついた天気も、もやもやした雲も、マシになると思いませんこと?」
「う――うん。えと、ちょっと待っててっ」
僕は銀貨を受け取って、ようやくカウンターに入った。じぃ、と見つめてくるジーン。視線が痛い――のは、僕の自業自得なのだ。そして、するりとジーンの隣にプリムが座って、同じように僕を、じぃ、と見つめてきた。
「……まかない?」
勢いよく頷かれたので、もういっそのこと三人前作って、僕もいただくことにした。毒を食らわば皿まで、ハンバーガーを食らわばみんなで、だ。
基本はプリムが仕込んだものを使う。けれど、せっかくなので――罪滅ぼしの意味も兼ねて――目玉焼きを焼く。筒を切った形の、底のない金属製の丸い型(セルクルというらしい。これもレイチェルが売っていたそうだ)を、フライパンの上に三つのせる。セルクルの中にバターを少量入れて、溶かす。生卵をそっとセルクルの中に入れ、セルクルの周りに少量の水を注ぐと、熱い鉄に触れた水が、瞬時に蒸発。その蒸気を逃がさないよう、素早くフライパンに木蓋をする。頃合いを見て蓋を外すと、真ん丸に成形された目玉焼きが三つ。
この目玉焼きを、プリム特製の旨辛バーガーに、追加で挟んでやる。上のバンズのすぐ下が目玉焼きになるように配置すると、見た目もいいし、挟んでつぶしたときに半熟の黄身が溢れ出て、ソースみたいになるだろう。味と脂が濃いめなバーガーなので、この黄身のソースは間違いなく合うはずだ。
転生してからしばらくは、地球ほど衛生が発達していないこの世界で生卵を食べるのが怖くて仕方なかったんだけれど、卵の生食は帝都では比較的メジャーだった。魔冷庫の流通で保存技術が発達していたからだろう。新鮮な卵は生でもいける――と、僕が生まれる前から食べられていたようだ。
「たまご! マリウス、それ営業前に教えてよ……!」
「いや、いまキッチンに立ったときに思いついちゃって……」
「……むぅう。でも冷静に考えたら、目玉焼きを追加すると原価的に売値銀貨一枚だとちょっと厳しくなるから、教えてくれてものせなかったかもしれない」
「プリムの口から原価という言葉が……!?」
「どこに驚いてんの。あたし、これでも五年やってるんだけど!」
そうなのだ。銀貨一枚――生活ベースがやや向上した現在の帝都でも、ランチ一食としては比較的高い。それでも、この店には客が来る――プリムの料理と商売に関するセンスは、転生という下駄を履いた僕よりも、はるかに上だ。
「……たまご、ですか。ふぅん」
と、ジーンが少しだけ感慨を込めて言った。
「わたくしの好物までは忘れていなかったようですわね。――わたくしの存在はすっかり忘れてしまっていたようですが」
「悪かった、もうホントごめん、申し訳ない、申し開きのしようもない」
「マリウス、怒られてら」
けらけらと笑う。というか、
「二人、仲良くなってたんだね」
「お互い、マリウス・カリムに人生を狂わされたもの同士ですもの」
「ねー」
「狂わ……いや、そりゃ多少なりとも影響は与えてるかもしれないけど」
僕の言葉に、ジーンは少し眉根を寄せた。
「多少どころか、影響は計り知れないと思いますのよ」
三枚のプレートに三つのハンバーガー。軽く焼いたバンズの端が、少し焦げてこんがりしているくらいがいいのだ。もちろんミニサラダも添える。
「お待たせ。『マリウス』特製日替わりバーガー、本日は牛と豚の合い挽きパティに旨辛ソースとチーズソースのダブル、目玉焼きトッピングです」
盛り付けは華やかに。目玉焼きの黄身が見えるように、バンズは斜めに盛り付けるのがコツだ。そんな皿を見て、ジーンは目を細めた。
「……相変わらず、きらきらしていますわね。お料理も、お料理をしているときのあなたも」
「きらきら、って。いや、楽しいのはたしかだけどさ」
さっそくバーガーにかぶりついていたプリムが、もぐもぐしつつ、うなずいている。
「んく。あたしもわかるよ。マリウス、料理してるときが一番いい顔してるよ。なんだろう、生きてる感? とか、そういうの、めっちゃ出てる」
「出てるのか」
「そりゃもうドバドバと」
思ったよりも出ているらしい。僕らの遣り取りに苦笑しつつ、ジーンが呟いた。
「わたくしにも――そういうきらきらしたこと、あればよかったなって。たまに思いますの」
ガラにもなくそんなことを言う。同じことを思ったのだろう、プリムが首を傾げた。
「ジーンちゃん、珍しいね。そういうこと言うの。ジーンちゃんも十分きらきらしてると思うけどなぁ。いろんなドレス着てて」
「見た目の意味だけではなくて。――まあ、わたくしも珍しいと思いますの。能天気ですからね、わたくし」
自分で認めてるんだ、能天気。
「でも――それでも。いいえ、だからこそ、でしょうか。わたくしにも、なにか、それこそ五年前のあなたたちみたいに、命を燃やすような熱意が、魂の叫びのような情動があれば良かったのに……と。わたくしにあるのは、貴族としての御役目だけですもの」
言って、バーガーをかじる。おしとやかで上品な、貴族らしい仕草だ。――ジーンは噛みしめて、微笑んだ。能天気さを感じない、いまにも消えてしまいそうな儚い微笑みだった。
「おいしいですわ。バンズは焼いてカリっとしていますし、中はもちもちの美味しいバンズですの。パティも噛むと肉汁が溢れてきますし、スパイスソースの風味が刺激的。さすがプリムさんとカリムさん」
「ありがとう。なんというか、活力が沸く味だよね。ジューシーで、ピリ辛で、チーズソースも濃厚で。それでいて、目玉焼きの黄身でまろやかで――特にプリムのスパイスソースは絶品だね。辛みの扱いがめちゃくちゃ上手いよ」
「えへへ。褒められた!」
それから、僕らはバーガーをゆっくりたいらげて、僕が旅した場所の話をした。雨はすっかり弱まって、静かな音を立てて屋根を叩いている。ジーンは興味深そうに、僕の話を聞いていた。また、ジーンの話もした。
「家督、継いだんだって? じゃあゆくゆくは財務大臣を目指すの?」
「いえ、お母様ほどの能力はありませんもの。別の方法で貴族の責務を果たそうと思っておりますの。いまのわたくしは家名に負けております。国内のみならず、隣国の共和国からも、いろいろな打診があるのですけれど……なかなかうまくはまとめられませんの」
ジーンは目を細めて言う。打診……どういう仕事かはわからないけれど、きっと大変なのだろう。
「貴族の責務、か……うん。がんばってね」
権威を持つ者には権威を持つ者の責任がある。ノブレス・オブリージュ……だったか。フランス語だ。フランスはこの世界にはないけれど、ジーンはその責務を立派に努めようとしている。いつの間にか、立派な貴族に成長していたようだ。
「ええ、精一杯頑張りますの」
穏やかに応じるジーン。いつも僕に甘えていた妹は――と、感慨深い。
そんな風にして、ついつい話し込んでいると、また柱時計が鳴った。夕方の四時になったのだ。
「……あら。もうこんな時間ですの」
ジーンは名残惜しそうに立ち上がった。
「そろそろ行きますわね。お料理もお話も素敵でしたの」
「あ――うん。また来てね」
「ジーンちゃん、最近来る頻度落ちてたから、ちょっと心配してたんだけど――今日、顔を見れてよかった」
プリムも嬉しそうだ。同年代の女友達――なのだろう。いい関係だと思う。そこで「あ、そうだ」と思い至った。
「ジーン、そのうち、そっちに顔出すからさ。報告しておきたいこともあって――その、近いうちに、家に行くよ」
つまりは、結婚をするつもりですと、我が母シルヴィア・アントワーヌに報告を。そこの筋を通す覚悟はできた。
ジーンは驚いた顔で、「まあ」と僕とプリムを交互に見た。なんだろう。なんの報告か言っていないけれど――気づかれた気がする。プリムは首をかしげているので、こちらは気づいていないようだ。……プロポーズ、どうやってしようかなぁ……。
「それは――素晴らしい報告になりそうですの」
「そうなるといいんだけど。どうなるかな」
「どうなるでしょう。でも――」
ジーンは、そこで少し、不思議な表情をした。見たことのない顔だ。いつもの微笑みとは違う、大人っぽい笑顔――僕の知らないジーンの笑顔。
「――きらきらしてますわね。カリムさんは」
「え? ああ、うん。いや、わかんないけど」
きらきらしている――と。この漠然とした言葉の意味を、僕は深く考えなかった。考えようともしなかった。そういう浅慮で、何度も後悔してきたというのに。
書籍第一巻発売中です!
電子書籍もありますのでおうちでの読書にどうぞ。
たくさん売れると続きが書けます。




