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異世界ダイナー 異世界に赤と黄色のハンバーガーチェーンが出店してきて僕の店がヤバい  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!


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侵略のセントラルキッチン 4-2

 もう何年ぶりになるだろうか。

 僕は、〝鋼の法〟のシルヴィア・アントワーヌに、すなわち僕自身の母親と向き合う覚悟を決めてきた。

 僕と母の折り合いことに、これといった理由があるわけではない。大きな事件を起こしたわけでもないし、実家に取り返しのつかないことをしてしまったわけでもない。

 つまりは、積み重ね――この言葉は、良い意味でのみ使われるものじゃないってこと。

 自分というものを獲得したときから、僕には前世の記憶があって、そして、僕はお世辞にも立ち回りがうまい人間とは言えなかった。

 記憶と知識。生じる違和感と齟齬。幼児にしては賢い――賢すぎる僕を、父は最初こそ喜んでくれたけれど、次第に気味悪がって領地から出し、帝都の母の邸宅へと送った。母は僕を子供として育てようとしたけれど、前世の記憶を持つ僕は、父のこともあって、シルヴィア・アントワーヌに対して一線を引いていた。引いてしまっていた。実の母に対して、母の気持ちも考えず、それが互いにとっていいことだと思い込んで――逃げるほうを、楽なほうを選んだ。

 覚えている最後の表情は、出奔する僕に、静かに勘当を言い渡した、無感動な顔。今日も同じく、無感動な無表情だけれど、以前よりもしわが増えたように思う。

「――マリウス・カリム。先触れもなく訪れるとは、礼儀知らずにもほどがありますね」

 アントワーヌ邸の応接室は、僕の記憶とまったく変わりなく、だからこそ、シルヴィア・アントワーヌの変わったところが、よくわかる。僕が母と会わなかった長い時間と同じだけの年を取ったんだと、当たり前のことを実感する。

「……申し訳ございません。日を改めたほうがよろしいでしょうか」

「かまいません。通してしまった門番の落ち度、ひいてはあなたに関しての指示を怠ったわたくしの落ち度です。まったく……余計な気を利かすなというのに」

 余計な気――というのは、親子の対面とか、そういうことだろう。門番さん、ごめん。

「次回からは、きちんとアポイントメントをとって来なさい。それがルールです。いいですか。ルールとは――」

「――守るためにあるのです、ですね。憶えています」

 何度も聞かされた言葉だ。そして、だからこそ――ここに来た。

「僕――あ、いや、私が伺いに来たのは、それです。私はいま、商人円街で商売を営む者のひとりとして、ここに来ています」

 邸宅に入れたのは伝手というか、勘当済みとはいえ息子だからだけれど。

「ゆえに、知りたいのです。シルヴィア・アントワーヌさま――レイチェル・タイムを特別扱いするのは、なぜですか」

 問うのは、根本的な問題。なぜ、レイチェル・タイムのやり方にゴーサインを出したのか。ずっと考え続けてきて、けれどわからなかったこと。

「シルヴィアさまは、もしや、商人円街を潰すおつもりですか」

 果たして、答えは――。

「同一視してはいけません」

「……は?」

 意味不明な一言。怪訝な顔をする僕をよそに、母は真顔で言葉を続ける。

「まず、レイチェル・タイムに認可を与えたことと、それによって商人円街――と呼ばれる地域における一部ギルドの商売が立ち行かなくなることを、同一視してはいけません。それは因果の関係であり、同じ問題ではないのです。いいですか、マリウス・カリム。物事を簡単に考えようとするのをやめなさい」

 物事を簡単に考えようとするのをやめなさい――これも、口癖だったっけ。そうだ、たしか、こう続くのだ。『世の中には――』

「世の中には、複数の物事を一度に対処することが賢いことだと思う人間が多くいますが、それは単なる力技にすぎません。ありとあらゆる物事には理由と結果、すなわち因果があり、その複数の因果が複雑に絡み合っているのです」

 悪者を倒して世界に平和を取り戻す。物語ならばそれでいいけれど、現実はそうはいかない。悪いやつを倒す前も、悪いやつを倒したあとも、因果は連続しているのだから――。

「そしてまた、あなたはなんでもかんでも同一視しすぎなのです。商人円街、貴族円街、貧民円街。――歴史とともに生じた貧富の差から、このような呼び方が生まれましたが、公的な呼び方ではありません。貴族の中でもそう呼ぶものが多くいますが、それらすべてが同じ帝都の中なのです。――商人円街と、そこに本部を構えるギルドを同一視してはいけません。地域に根差しているだけであり、地域そのものではないのですから」

 しんしんと降り積もる雪のように、言葉は静かに僕へとかぶさってくる。これだ。これが、苦手だったんだ、僕は。このひとの言葉は、いつだってわかりづらい。

「……つまり、ええと……」

 複雑に絡んだ因果を解体し、僕はどうにかこうにか、ひとつの問いを絞り出した。

「……レイチェル・タイムにだけ認可を与えたのは、なぜですか」

「請われたからです。そして、わたくし自身も、それが必要だと考えたからです」

「それは――特別扱いではないのですか」

 シルヴィア・アントワーヌは、テーブルに手を伸ばし、紅茶のカップを取った。唇を湿らせるように一口飲んで、

「いいえ。特別扱いではありません。なぜならば――そもそも、ギルドにのみ与えられていたそれぞれの認可こそが、そもそも特別扱いだからです」

 音もなく、カップが置かれた。

「先ほど、歴史とともに貧富の差が生じたと言いましたが、そこから因果を解き明かしてみればすぐにわかることです」

「……因果を……」

 王城ができた。王城の周りに貴族の邸宅を作り、人質法によって住まわせたところ、貴族以外の商人もその周囲へと住まうようになり、道や区画が整理され、街となっていった――それが帝都だ。では、その貧富の差がどこで生まれたかというと、

「貴族と商人の間には、そもそも貧富の差があったのではありませんか?」

「はい。ですが、それだけでは答えとして不十分です。よく考えなさい、マリウス・カリム。こうしてわたくしと話せる時間にも限りがあります。時間延長はないと思いなさい。わたくしは特別扱い致しませんので――さあ、貧富の差は、どこで生まれましたか?」

「それは――」

 そこで、気付いた。貴族と商人の間には――貴族円街と商人円街の間には、そもそも貧富の差が存在する。けれど、商人円街と貧民円街の間には? そこにあるのは、雇用関係から来る貧富の差だ。雇用関係――そして、徒弟関係。技術を持つ商人や職人が富ならば、技術のない下働きは貧だ。パン職人ギルドの技術はパン職人ギルドにのみ与えられ、秘匿され、パンを売るには彼らの許可がいる。肉や魚の取り扱いも同じ。卸売り業者でありながら、取り扱いの許可は彼らにしか与えられておらず、それぞれの市場を占有していると言っていい。

 おのれの権利を守る商人や職人のための仕組みは、商人や職人ではないものにとって、利とならない。むしろ、逆。自由に商売できず、彼らのもとで管理されている限り、彼らはずっと貧困にあえぐだけ。見てきたじゃないか。貧民円街を。冒険者たちを。――毎日のように外食で金を使い、酒を酌み交わすギルドの経営者サイドを。

「――ギルドの存在が、貧富の差を作ったということですか……!」

 僕がようやくたどり着いた結論に、シルヴィア・アントワーヌは、やはり無表情に応じた。

「正解です」

 そして、と母は付け加えた。

「それこそが、レイチェル・タイムに認可を与えた理由です。わたくしは、あなたのいうごく限られた『商人円街』という地域を壊そうなどと考えているわけではありません。ただ、平等な機会が与えられる社会作りを国政の立場から任されているだけです」

 淡々と、スケールの大きいことを言われた。国政? 社会作り? 面食らってしまったけれど、そこまで言われれば、要領の悪い僕にだってわかる。そして、レイチェル・タイムが四店舗目を出せなかった理由も。そこまですると、ギルドの行っていた市場占有を、レイチェル・タイムがかわりにやるだけになってしまうから。

「あなたは――ギルドという制度そのものを崩壊させ、商人円街と貧民円街の貧富の差、それが発生してしまう仕組みをなくすつもりなんですね……!」

 今までのギルドのほうこそが、特別扱いをされていた。そのことに対して、母はずっと気がかりだったのだろう。これは平等ではないと――平等なルールではないと。

 レイチェル・タイムと母、どちらが言い出したことなのかはわからない。けれど、ギルドの猛反発を予見して、レイチェル・タイムの独断専行に近い形で、シルヴィア・アントワーヌという女傑はひとつの新しいルールを――作り出そうとしている。

 ハーマンが――あるいはエノタイドくんが求める社会に必要なルールを。

「自由競争社会……だれにでも平等にチャンスが与えられうる社会を作ると、そういうことですか!」

「叫ばないでください。そう驚くことでもないでしょう。わたくしは規律と平等を重んじる――それだけです」

「ですが、それは――最終的に、貴族という仕組みさえ崩しかねません。いいのですか……!?」

 自由競争となれば、だれにだってレイチェル・タイムと同じことができうる可能性があるということ。それはつまり、貴族という位が安売りされかねず、その意味すら失いかねないということでもある。現に、傭兵女王は、金のない貴族から領地の一部を買い上げている。その一点から見ても、すでに立場は逆転しつつあると言っていい。

 これは自殺だ。貴族が、おのれの地位を自ら脅かしている。

 けれど、シルヴィア・アントワーヌは、なにくわぬ顔でこう言った。

「かまいませんとも。たとえ貴族でなくなったとしても、鷹のように気高く、薔薇の花のように気品があり、茨のようにおのれを律する――それがアントワーヌの血筋です」

 正面から見据えられて、知る。このひとは本気だ。本気で、社会を変えようとしている。スケールが違う。レイチェル・タイムと同じで、社会を相手に喧嘩を売っている――!

「さあ、マリウス・カリム。そろそろ時間です。次の質問を最後とします。――よく考えなさい。あなたが……」

 そこで、シルヴィア・アントワーヌは初めて言葉に詰まった。無感動な表情を、少しだけ、ほんの少しだけ困ったように眉を下げて、すぐに戻した。

「……あなたがまだ、気高く、気品があり、おのれを律するつもりがあるのならば――まだ清算すべきことがあるはずです。縁を切ったあなたが、ここにひとりの商売人として来たのであれば、逃げることをやめたということでしょう?」

 清算すべきこと――母は、僕になにを言っているんだろうか。僕に、なにができると言っているんだろうか。スケールのまるで違う彼女たちに比肩するものなど、なにもないというのに。僕は気高くないし、気品もないし、おのれを律する精神もない。

 ――ああ、でも。

 ひとつだけ、ある。僕にはプリムがいる。僕を信じるプリムが、いる。彼女の期待に応えられる店主(マスター)は、ここでなんと言うだろうか。なにを問い、なにを求め、なにを成すだろうか。わからない。

 ――わからないなら、考えろ。よく考えなさい、とシルヴィア・アントワーヌは言った。最後に清算すべきことがあると、僕に言った――特別扱いをしない母が、僕にヒントを渡した。そこに活路がある。母は僕の知っている知識の中で、僕にまだできることがあると言っている。であれば、その知識とはいまの会話の中にあった言葉に他ならないだろう。僕は、いまの会話でなにを知った――?

「……そろそろ時間です。退出しなさい。どうやら、答えはでなかったようですが」

 無表情な母の声。どこか落胆したようにも聞こえるけれど、それはいまどうでもいい。

 思考は一瞬。考え込む時間すらない。複雑に絡み合った因果を解きほぐす時間もなければ、それらすべてをぶった切る力技も僕にはできない。手詰まりだ。

 ――待て。

 因果。そうだ、因果だ。会話の最初。ここに来た理由。複雑に考えろ。けれど、因果を明確に。清算しに来た――母に、商人円街について問いに来た。なにを? レイチェル・タイムを特別扱いし、認可を渡した理由を、だ。理由はなんだった? 特別扱いではない、だった――つまり。

 僕がここで、問うべきことは――!

「シルヴィア・アントワーヌさま、ひとつお尋ねしたい。――私が、レイチェル・タイムと同様の認可をいただくことは可能ですか?」

 がちん、と僕の中ですべてが噛み合った。これが答えじゃないなら、死んでもいい。それくらいのクリティカルだ。突破した、という実感がある。一歩、進んだと。

 さあ、シルヴィア・アントワーヌ――我が母よ、なんと答える?

「退出しなさい、と言ったはずです。今日はもう帰りなさい」

 さっき死んでもいいって言ったのナシでお願いします。マジかよ……。

 シルヴィア・アントワーヌは立ち上がり、僕に背を向けつつ、さらに言葉を続ける。追い打ちか――と思ったけれど、違った。

「認可については、追って必要な書類や規則について知らせます。最初に言ったはずですよ。『次回からは、きちんとアポイントメントをとって来なさい』と」

 あっ。

 そういえば、そうだ。最初に言われていた。――次があると、知らされていた。

「では、ごきげんよう」

 一礼して部屋を出て、扉がばたんとしまった。

 結局、自分なりに清算しに来たつもりが、最初から最後まで手玉に取られてしまっていたんだとわかる。〝鋼の法〟――なるほど、スケールが違う。

「――でも、一歩だ」

 どっと疲れが沸いてきた。話していただけなのに、すごくエネルギーを使った。店に戻ったら、少し休もう。少し休んで、そしたら――

「もう一歩、縮めに行くぞ――待ってろよ、レイチェル・タイム」

 声に出してみると、少し恥ずかしかった。

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