黒の章 第5節
何とも言えない激痛が体中を駆け抜けた。
「がッあああァァァァァァァァァァッ‼︎‼︎‼︎⁉︎」
地獄の広野の何処かで、黒希は心肺停止状態から奇跡的な復活を遂げていた。
「悪いな。傷口を抉った」
隣に座っていたライカが声を掛けてくる。
彼女を見ると、両手が血で赤く染まっていた。
「……この悪魔め」
呻くように呟いて、黒希はシャツを捲って胸を見た。
傷が消えかかっていた。
「傷は塞いでやったぞ。血を戻すことは出来なかったがな」
ライカの説明を聞くと、黒希はシャツから手を離して辺りを見回し、
「アイツは……いや、それよりも」
ライカを睨んだ。
「どうして力を貸さなかった」
ライカは黒希を見つめ、やがて視線を落とした。
「……アイツを殺すのか?」
「当たり前だ。アイツが死の騎士って野郎で間違いない。アイツは敵だ。殺すしかない」
「だが、お前じゃ勝てないぞ」
「そのためにお前と契約してる。力を貸せ」
「……」
顔を上げようとしないライカに、黒希は、
「ここに来る前の威勢はどうしたんだよ。まさか、アイツが怖いのか?」
「そういうんじゃない……」
「じゃあ何だよ」
「私は……」
ライカの右手に、黒希が扱うのと同じ漆黒の大鎌が握られた。
それが、振られる。
ただ、当てるつもりはなかったようで、刃の切っ先はブレていた。
黒希は後ろに跳び下がって、
「……何のつもりだ」
「お前には悪いが、アイツを殺させるわけにはいかない」
「はぁ? 何言ってんだよ。冗談だとしても笑えないぞ」
「私は本気だ」
そう言い残し、ライカは煙の如く姿を消した。
あまりに唐突な裏切りに、黒希はぐうの音も出ないほど呆気に取られた。
「……ふざけやがって」
怒りが込み上げた。
あのクソ女……、
『いっそ殺しちまえよ』
変な気を起こしそうになるが、それを振り切って考える。
これからどうしたものか。
いつも使う大鎌は、ライカの魂から作り出したもの。肝心の彼女がいなければ、大鎌が出せない。それどころか、魔術を使う敵に遭遇すれば一巻の終わりだ。
魔術が視えない自分を呪いながら、今ある装備を確認する。
拳銃ベレッタM92に弾倉一つと、銀のナイフ二本のみ。
絶望的だ。
あの死の騎士という男。顔を見る限り悪魔ではないから、銀は通用しない。それに、あの素早く巧みな剣捌きから察するに、拳銃でのダメージも期待できない。
一旦退こうにも(まあその気はないが)、ライカがいなければ『扉』は作れない。
ここに来る時に『扉』が作れたのは、あの大鎌という異質な物で空間を裂いたからであって、黒希自身の能力というわけではない。
「……自力で倒すしかないか」
残された能力は、身体能力強化のみ。影を操る能力もライカのものなので、使えない。
思えば、自分の力とは何なのだろう。
「……」
以前、ライカはこう言っていた。
『お前は呪いを力に変換する体質がある。だから身体能力を強化できる』
この言葉だと、すでに呪いを受けてしまっていることになるのだが。
少し不安になると、胸の奥が疼いた。
『弱虫』
「黙ってろ……」
無意識に、その少女の声に応じた。
強い気配を感じた。
その方向へ体を向ける。
ここで待ってたって、何も起きやしない。
目的を忘れるな。
ここへは何しに来た。
涼風を救うためだ。
あの死の騎士から。
龍地から。
そのために力を得た。
力……、
『力の無いお前に彼女を返したところで、お前はまた、彼女を失うことになるだけだぞ』
あの男の言葉が、脳内で冷たく響く。
そうはならない。なってはならない。
涼風を救った後は、龍地に復讐し、他の世界に干渉しない生活を送ると決めている。
そのためにはまず、死の騎士を殺す。必要があればライカも、殺す。
黒希は右手に拳銃を握り、気配の感じる方へ向かった。




