赤の章 第2節
家族を守りたい。
いくらその想いが強くとも、実力の差は埋まらない。
光助の右手に『強力な一撃』が宿っていたとしても、彼の身体能力は、あくまで高校生の平均を上回っているだけ。オリンピックに出ているようなスポーツ選手には、普通に負ける。
相手は、魔王、堕天使の肩書きを持つルシファーだ。その挙動は、人間を遥かに超える速度を叩き出す。
光助が決定打を与える一撃を持っていようが、それは当たらなければ意味はない。
故に、光助は呆気なく負ける。
「がはッ⁉︎」
ルシファーの拳が、腹に減り込んだ。
光助が血を吐き、吹き飛ぶ。柱を貫通し、壁に激突する。
普通の人間なら、すでに死んでいてもおかしくない一撃だった。
それなのに、光助は立ち上がる。まるで、攻撃など受けていないように。
ルシファーは、彼の右腕を見た。
幽かな光が見えた。
「……なるほど。女神の加護か」
傷の治癒能力もあると予測する。
右手に冷気を集め、斧を作る。その刃は、斬ると言うより叩き潰すためにあるようで、ほとんど鎚に近い。
それを担ぎ、半ば地面を滑空するように駆ける。
狙いは、右腕。肩から切断する。
光助はそれを見切っていた。
振り下ろされた斧は、光助に触れることなく地面を砕いた。
光助が、ルシファーの一撃を躱した。
「ッ」
ルシファーの表情に、初めて驚きが露わになる。
光助の身体能力が、ルシファーを超えたわけではない。
答えは単純。
弱点の利用。相手が右腕を狙うと判れば、対処できる。あの速度に反応できたのは、ただのマグレだが。
ルシファーの頬に、光助の右拳が放たれる。
直撃する。
「うおおおおおぉぉォォォォォォッ‼︎‼︎」
光助は、自身を鼓舞するように雄叫びを上げ、拳を振り切ってルシファーを吹き飛ばした。
ルシファーの体は何本かの柱を貫通し、壁を貫通して見えなくなった。
手応えはあった。
壁に開いた穴から、白い物体が物凄い勢いで飛び出してくる。
それが何かを視認する暇もなく、光助は慌てて横へ転がった。
そこへ、前方からルシファーが跳んでくる。
斧を振り下ろしくる。
「まず……」
体勢を立て直す暇がない。
死を間近に感じた。
目の前に、大鎌を携えた者の小さな後ろ姿さえ見えた。
「……?」
「何惚けてんだ! 早く逃げろ!」
その死神は少女らしい。
というか、光助は彼女を知っていた。
「ライカ?」
訊くが、首根っこを掴まれグイッと乱暴に引っ張られてしまう。
「ぐぇっ……涼風⁉︎」
それに、光助の首根っこを掴む金髪少女涼風が、
「涼風⁉︎ じゃないでしょ‼︎ 一緒に来たのに何ワタシの存在を消去しちゃんてんの!」
「悪ぃな。てか、おい! まだ決着が……」
「いいから逃げるの‼︎」
涼風が咲に触れる。
景色が変わる。屋敷に戻る。
魔王様に言いたいことは山ほどあったが、咲と涼風が無事だったのでよしとする。




