緑の章 第4節
夢を見ていた。
何年も昔の、懐かしく、心が安らぐ夢。
「何してんだー? 早く登って来いよ」
高い木の上から、七歳の少年が手を振った。
少年がいる木は、この森の中でも抜きん出て高い木だ。そこからの景色は、きっと今まで見たことがないくらい素敵なのだろう。
「でも……」
そんな勇気は、なかった。
怖い。木に登ったことなどないし、高い所は苦手だ。そこから落ちてしまうと思うと、怖くてたまらない。
戸惑っていると、少年が木の枝を伝って降りてきた。やや高い位置から飛び降りると、目の前でこちらに背を向けて屈んだ。
「ん」
「?」
「おぶってやるから」
少年の意図を察して、
「え……私の方が大きいのに、危ないよ」
「咲は軽いから大丈夫だよ。俺を信じて」
この少年、光助と会ってまだ一ヶ月も経っていない。
それなのに、何故だか、
「……うん」
彼のことを信じられた。
彼の背中に体を預ける。
「よっと……ん。思ってたより重いな」
失礼な言葉に、頬を膨らませた。
「む……無理しなくても、丘に行けば同じ景色が見られるよ」
「この上からの景色をお前と見たいんだ」
その言葉に、何て返していいか分からずに黙ってしまった。
光助が木を登り始める。その最中、咲はずっと目を瞑っていた。
「着いたぞ」
そう言われ、恐る恐る目を開けると、
「……わぁ」
眼下に広がる森や湖。上には白い雲が悠々自適に泳ぐ青い空が。丘の上とは、また違った景色が見れた。それに、何故だろう。
その景色が、いつにも増して素敵に見える。
光助がゆっくりと慎重に、木の枝に降ろしてくれる。
枝に腰掛けると、
「どうだ?」
光助がこちらの顔を覗き込んで、訊いてくる。
「キレイだね」
「だろ。いつも一人で見てたから、退屈でさ。それで咲も一緒に、と思って。後でフレイヤさんも連れて来ようぜ」
「……どうしてお母さんのことフレイヤさんって言うの?」
「俺の本当の母さんじゃないからな」
「……でも、家族だよ」
「本当の家族じゃない。それに……」
言いかけ、光助は口を噤んで俯いた。
「光助……?」
そんな彼を見て、咲は心配になる。
光助は顔を上げると、弱々しく笑って、
「家族だと思いたくないんだ。失くすのが、怖いからさ」
「……そんなの変だよ」
「え?」
「だって、こんな高い所にも平気で登れるのに、どうして怖いの? 私なんかよりも勇気があるのに」
「……それとこれとは、わけが違うんだ。家族は俺のせいで……」
その時。
二人の体が、ガクンと上下に揺れた。
そして、枝が折れる音。
二人の体が落下を始める。
悲鳴を上げる暇もなく、地面が近付く。
咲は恐怖のあまり、目をギュッと瞑った。
「テメェの自分勝手な理由で家族を奪われてたまるかよ‼︎」
目が開く。
「……こう、すけ……?」
霞む視界の中で、大きくなった彼の背中を見つけた。
また、助けてくれるんだ。




