犬猿の仲
今日は確か同級生その2とのイベントが起こる日だったな。
朝、私は一人で登校しながらそんな事を考えていた。みっちゃんは朝練があるとかで一緒に登校出来なかったのだ。
同級生その2とは出会いイベントを起こせなかった上に未だに愛情度メーターが出現していない。行った所で無駄足だろう。
イレギュラーがイベントを起こしている姿は見れるかもしれないが。
同級生その2、名前は香染大地。
サッカー部員であり、タイプは硬派。なんというか絵に描いたような堅物で、サッカー一筋恋愛二の次女の子には興味ありません!みたいなタイプ。
それが可愛いヒロインに押されてコロッと恋に落ちちゃって…そんなシナリオだったっけ。
ゲームでは数値やらイベント条件やらと色々考える事もあったが、リアルとなると一番落としやすいタイプなんじゃないだろうか?ゴリ押せば落ちるんだし。
私と考える事が同じなら、イレギュラーはもう簡単に落としているかもしれない。イレギュラーは私と違ってぶりっ子全開、演技上等、そんな感じだったもんな。私には出来ない芸当もお手の物なんだろう。
普段硬派で落ちたらヒロインにメロメロになっちゃうあたりピュアなんだよね、多分。
だから逆ハーレムに彼を加えるのは残酷なんじゃないだろうか?
イレギュラーはそんな事考えずに逆ハーレムを築くつもりなのか…
可哀想に、と攻略対象キャラクター達に対して勝手に同情する。
私は佐々岡先輩を死守する事だけを考えるつもりではあるが、出来る事ならみっちゃんあたりも守ってあげたいと思う。
何と言うか、義理の姉弟として。可愛い弟を悪女の魔の手から救いたいというか。
しかし私はビビリのチキンだから全員守ってあげるなんて事は確実に出来ない。
あと瀧野流佳は守ってあげたいと思わない。どっちかって言うとイレギュラーとくっ付いていただいて私の存在は忘れて欲しい。
「おはよう、望月さん。」
「ヒィ!!」
噂をすればなんとやら、ではないが、目の前に瀧野流佳が居た。
見目麗しい瀧野流佳が、これまた麗しい微笑みを湛えて私の目の前に立っていらっしゃる。
私の事なんて見なかった事にしてさっさと己の教室へと行きやがれください…!
「やっと捕まえたよ。この前言ってたモデルの件なんだけどね、」
「あ、あれは、あの、他にもっと可愛い子が居るはずですし、」
イレギュラーとか!イレギュラーとかほら!仲良さそうだったじゃん!ねえ!
「ううん、君がね、イメージにぴっ」
バシン!
「痛っ!!」
後頭部に鈍い痛みが走った。
何がどうして後頭部が痛んだのか、それを考える間もなく何者かに二の腕を掴まれ物凄い力で引っ張られる。
なんだ、目立つところで瀧野流佳と喋っていたから女の嫉妬というなのイジメでも起きるのか!?
「ごめんね、あかりちゃん。大丈夫?そんなオカマ野郎と喋ってないで、保健室へ行こう。」
「さ、佐々岡先輩!?」
後頭部の痛みの原因は佐々岡先輩が放ったバレーボールが当ったからだったようだ。
コロコロと足元を転がっていたボールを佐々岡先輩が拾っている。
二の腕を掴んで引っ張っているのはもちろん佐々岡先輩なので、女の嫉妬では無かった。
「…おい待て佐々岡。」
瀧野流佳の方から地を這うようなおぞましい声がする。
しかし、佐々岡先輩はそれを聞くことなく私を引っ張って歩き始める。
「ほら、保健室へ。」
うわ、完全無視する気だ。
「え、あの、」
瀧野流佳が呼んでますけど?と言おうとしてふと瀧野流佳を見ると、そこにはあの見目麗しい瀧野流佳ではなく般若が居た。
見なかった。私は何も見なかった。
そう自分に言い聞かせ、私は急いで佐々岡先輩に近寄った。佐々岡先輩私あの般若めっちゃ怖いです。
「佐々岡先輩って瀧野流…いや瀧野先輩と仲悪いんですか…?」
私の聞き間違いでなければ、佐々岡先輩は瀧野流佳の事をオカマ野郎と言った気がするのだが。
斜め前をずんずんと歩いている佐々岡先輩に声をかけると、佐々岡先輩はにっこりと笑いながら私の方を振り返る。
にっこりと笑っているんだけど、どう見ても目が笑っていない。
「誰?」
「あの、瀧野」
「ん?」
「瀧」
「何?」
「…なんでもありません。」
凄く仲が悪いと言う事はもう解った。
確かにゲーム内では彼等の絡みなど一切無かったな。仲が悪いから絡みが無かったのか。
触らぬ神に祟りなしと言うし、今後佐々岡先輩に瀧野流佳の話を振るのは止めよう。私は心に固く誓った。
「あかりちゃん、痛かった?」
「あ、いえ。ちょっとビックリしましたけど痛みは然程ありませんでした。」
瀧野流佳から離れたかったし、とてもありがたいタイミングでもあった。
「もちろん、手加減はしたけど。」
…故意に当てたのかよ。いや助かったけど。助かったから良いけどさ。もっと他にやり方があったんじゃないだろうか…瀧野流佳にボールを当てるとか…
「だから、その、保健室は行かなくても大丈夫です。ありがとうございます、佐々岡先輩。」
そう言ってぺこりと頭を下げると、佐々岡先輩はどこか残念そうな顔で首を傾げた。
「そう?冷やさなくても、良い?コブは、出来てない?」
不意に近付いてきた佐々岡先輩の手が、私の髪を梳きながら、ボールがぶつかったであろう場所を撫でた。
撫でた。…撫でた!?
あ、頭っ、撫でられた!!!
「…はっ!?」
現状を理解した私は、完全にうろたえた。ああああの大好きだった佐々岡先輩に頭撫でられた!そう考えたら撫でられた後頭部が異常に熱くて、このまま爆発してしまうんじゃないかと思う程だ。
「赤くなっちゃった。」
なんて良いながら微笑む佐々岡先輩。
やめて!死んでしまいます!
「あ、あ…、」
逃げ出そうと右足を一歩引いたところで、またも佐々岡先輩に二の腕を掴まれた。逃がさない、と言わんばかりの力が込められている。
「待って。あかりちゃんに、言いたい事があったんだ。」
「…何、ですか?」
完全に逃げ腰の私を見てクスクスと笑った佐々岡先輩は、
「名前で、呼んで欲しいな。」
そう言った。え、これもしかして名前呼びイベントが起こったの?このタイミングで?
「えっと、はい、頑張ります…」
消え入りそうな声で返事をすれば、佐々岡先輩はついに噴き出してしまった。
ぷっ、クスクス、と思いっ切り笑っている。楽しそうで何よりですね。
「呼んでみて?」
「…な、凪先輩。」
「うん、良く出来ました。」
凪先輩は嬉しそうにそう言って、またも私の頭を撫でた。
そして当然のように赤くなる私の顔を見て、また噴き出していた。
「おっと、もうこんな時間だ。」
凪先輩は朝練の途中だったらしく、一度部室に寄ってから教室に戻るらしい。
「じゃ、じゃあ、また!」
腕を離されたので、私は急いで凪先輩から離れた。何度も頭を撫でられたら寿命が縮んでしまう。危ない。
凪先輩はそんな私を見てクスクスと笑いながら手を振ってくれた。
…足が縺れて上手く歩けない。
凪先輩と別れてからと言うもの、酔っ払いの千鳥足か!と言いたくなるくらいに足元が覚束なかった。
前の世界で飲み過ぎた時だってこんなにフラフラにはならなかったというのに、恐るべし凪先輩の魔力…
同級生その2こと香染大地とのイベントが起こるはずの場所に、彼とイレギュラーの姿があったが、観察する気力なんて全く無かったのでスルーさせてもらった。好きにしておくれよ…
しかし香染大地の顔が、さっき凪先輩に撫でられた時の私と同じくらい赤かったので、イレギュラーに陥落させられた可能性は高いな。あぁ可哀想に、そう思うけれど、私にはどうすることも出来ない。
その時の私は完全に舞い上がっていたので気付かなかった。
凪先輩と瀧野流佳に挟まれた私がとても目立っていた事、それからこれが今後起こる面倒なイベントへの布石になっていた事に。
凪先輩の台詞に句読点が多いのはわざとです。あの人ぬるぬる喋る設定です。短編の時から。




