佐々岡先輩謎だらけ
「佐々岡先輩とイレギュラーの愛情度は初期設定のまま…動いてないみたいだね。」
私は日記帳を睨みつけながらぽつりと呟いた。
この様子を見る限り、イレギュラーは佐々岡先輩と出会いイベントを起こしただけで、それ以外ではまだあまり接触していないと思われる。
「気になる?」
日記帳からなずなへと視線を移すと、そこにはきょとんとした様子で首を傾げているなずなが居る。
「気になるといえば…まぁ気になるよね。イレギュラーは…やっぱり逆ハーレム状態を目指してるのかな…」
もしそうだとしたら、私はそんなイレギュラーの隙をついて攻略対象キャラクターを掻っ攫わなければならないのだ。
普通に攻略対象キャラクターを落とすだけでも難しいと頭を抱えている私にとって、それは高難易度どころの騒ぎではない。鬼レベルだ。なんて無理ゲー。
イレギュラーと接した事はないし、長いこと観察したわけでもないから中身については解らないが、顔は確かに可愛いのだ。顔は。顔だけは。
しかし逆ハーレム状態を望んでこの世界に捩じ込んできたと思われる存在なわけだから、性格が歪んでいる可能性はかなり高いと考えても良さそうな気がする。
それに瀧野流佳に対するぶりっ子的な振る舞いも見ているし、お世辞にも印象が良いとは言えない。あの時はみっちゃんを放り出して瀧野流佳に声掛けてたからな。近くに居た女子生徒も引いていたし。今のところ女子人気が皆無なのは確実だと言える。ただ女子に不人気な女って男受けするのよねぇ。
「イレギュラーについてもだけど、佐々岡先輩は気になる?」
私が物思いに耽っていると、なずながおずおずとした様子で声をかけてきた。
佐々岡先輩が気になるかって?
「あー…まぁ、ほぼ初対面の状態でこれだけ愛情度が高ければ気にはなるけど、」
「好き?」
くい、と可愛らしく小首を傾げたなずなが小さな声でそう問い掛けてきた。
これはこれは…私が男だったなら、今ここでなずなを押し倒していたに違い無い。それくらい可愛い。小動物みたいな可愛さだ。
…いや、今はなずなの可愛さについて妄想を捗らせている場合ではない。佐々岡先輩についてだ。
なずなは佐々岡先輩の事好き?って聞いてきたのだろう。
「嫌いではない…よ。…いや、ごめん嘘吐いた。その…実はこのゲームの中で一番好きだった。佐々岡先輩の事。」
だから、実は正直このメーターが指し示す愛情度がとても嬉しかったりする。好きだった佐々岡先輩が私に好意を持ってくれているということなんだから。
でも嬉しいだけではない。私との愛情度は高いが、イレギュラーとの愛情度が低いというわけではないのだ。
うっかりこのメーターが逆転してしまったらと思うと、ちょっと怖い。
イレギュラーがどうなのかは知らないが、私の中身はモテない女なのだから、いつボロが出てもおかしくない。いつ逆転してしまってもおかしくない。
「佐々岡先輩と一緒に居たら、あかりちゃんは嬉しい?」
「…えっと、そうだね。イケメン過ぎてちょっと心臓に悪いけど。」
元の世界での私はイケメンと接する機会なんてまるで無かったのだ。イケメンというものはテレビや雑誌、とにかく二次元だけに存在するもので、架空の存在だと思っても良いくらいだった。
それが今目の前に居るんだからそりゃあ心臓に悪いだろう。目が合うだけで心臓が爆発しそうなんだから。
「私は…あかりちゃんにこっちの都合を押し付けたから、あかりちゃんに嫌な思いはしてほしくないの。だからね、嫌な事があったら隠さずに言って欲しい。私、精一杯頑張るから。」
なずなの力強い瞳に見詰められた。
彼女は未だに負い目を感じているのだろう。私はもう、既に開き直っているというのに。
「確かに押し付けられた事ではあるけど、今はもう納得してるよ。だからあんまり負い目を感じないで欲しいな。だって私達、友達でしょ?なずなは友達で居てくれるんでしょ?」
私がそう言うと、なずなは涙目になりながら何度も何度も頷いた。
その姿がもう可愛くて可愛くて開けてはならない扉が今度こそ開きかけた。誰か鍵!頑丈な鍵!私は女でなずなも女!
「ごほんっ、とにかく今後は佐々岡先輩一本に絞るわ。浮気なんてしたくないからね。」
私は気を取り直すように咳払いをしてからそう言った。
ただの恋愛ではなく世界の滅亡が掛かっているので全攻略対象キャラクターと最低限の接触は図るが、極力佐々岡先輩一本に絞りたい。
逆ハーレム狙いではないし。私は。イレギュラーはどうだか解らないけど。…狙ってそうだなぁ。
「うん、私も頑張ってサポートするね!」
なずなとそんな話をした翌日、私は朝から佐々岡先輩の姿を探していた。
別に何をするわけでもない、イベントがあるわけでもない、だけど佐々岡先輩と遭遇したい。
忘れられないように、一日一回は彼の視界に入ろう作戦だ。あの愛情度で突然忘れるなんてことは無いだろうが、念には念を入れなければ。
運良く喋れたりしたら嬉しいな…なんて、恋する乙女ちっくなことをぼんやりと考えながら体育館前に差し掛かった時だった。
「…あぁ、おはよう。」
と、誰かの声がした。
誰かの声も何も、佐々岡先輩の声だ。大好きだったんだから聞き間違えるはずはない。
しかし悲しい事に、声を掛けられたのは私ではない。声がしただけで、目の前には居ないのだから。
佐々岡先輩は誰に挨拶をしたのだろう、そう思って声のした方を見てみると、そこには女の姿があった。
「佐々岡先輩、朝練ですか?」
ふわりと微笑みながら猫なで声を発しているその女。
一番見たくなかった女、私の天敵である女。そう、イレギュラーだ。
なんとタイミングの悪い事だろう。丁度イレギュラーが声をかけたばかりのところに遭遇してしまったようだ。
佐々岡先輩は今、きょとんとした様子でイレギュラーを見ているが、もしもこの後佐々岡先輩がイレギュラーに優しい微笑みを向けたら、甘い言葉を掛けたら、そう思うと怖くなって、私はその場から逃走した。全力で逃げ出した。
踵を返す瞬間佐々岡先輩と目が合った気がしたが、立ち止まるという選択肢は選べなかった。
「…で、逃げ出しちゃったわけなんだけど、あの場合割り込むのが正しい選択だったのかしらね…」
その日のお昼休み、秘密の作戦会議室――まぁただの人気の無い空き教室なんだけど――でなずなとお昼ご飯を食べながら朝起きた出来事を報告した。
「い、いや、イレギュラーとはあまり接触しないほうが良い気もするし、逃走も悪い選択ではないと思う…!三十六計…えっとえっと、なんとかって言うし!」
なずなが必死でフォローしてくれているが、私は項垂れたまま顔を上げられないでいた。
「それも一理あるのよね…あの場所に割って入ったとして、イレギュラーが私を無視する可能性は低いし…最悪口論になったら佐々岡先輩に悪印象を与えてしまうことになるもんね…」
…いや待てよ、逃げる直前に目が合った気がしたし、あの時もし佐々岡先輩がこっちに気が付いてたんだとしたら無視して走り去ったってことになって、それはそれで悪印象なのでは…?
突然不安になった私は、急いで日記帳を開いて愛情度を確認した。
そして、ゆっくりと愛情度メーターを見て、私は固まった。
その様子を見ていたなずなも、恐る恐る日記帳を覗き込む。
「…下がってないから大丈夫だね!」
なずなはそう言って安心したようにほっと胸を撫で下ろす。
そう、下がってない。下がってはいないのだ。
だが動いていた。
「…何がどうなって上がっちゃったのかな!?」
下がるどころか上がっていたのだ。
殆ど何もしていない…いやむしろ逃げ出したのに上がっているのだ。
そりゃあ上がれば嬉しいものだが、何故上がったのかが理解出来ない。
逃げられたいの?逃げるものを追いたいの?いやでも別に追いかけては来なかった。
あの後、お昼休みの現在まで佐々岡先輩とは会っていない。姿も見ていない。
だから上がる要素があるとすれば朝のあの時以外に考えられない。
「あ、良く見たらイレギュラーとの愛情度は下がってるみたいだよ、あかりちゃん。」
見て見て!と日記帳を指差すなずなを見て、私は日記帳を覗き込んだ。
言われてみれば、イレギュラーとの愛情度はちょっぴりだが下がっていた。
ということは、だ。
「私が逃げ出した事は関係無くて…イレギュラーが何かミスでもしたのかな…?」
だとしても、私との愛情度が上がったのは謎なのだけど。
どちらにせよ下がったわけではないから良いか!前向きに考えよう!
じゃなきゃ佐々岡先輩が謎過ぎて全部わかんなくなっちゃうからっ!!!




