予兆
見事に目を付けられてしまったわけですが。
凪先輩と瀧野流佳の間に挟まれて一悶着あった後、時々とても痛い視線を感じるようになった。
まぁ、この辺はゲームと同じように進んでいるようなので、この視線の正体が誰なのかは然程考えずとも解る。
凪先輩のファン達だ。
そりゃあまぁ乙女ゲームの攻略対象キャラクターだもん、凪先輩はカッコイイ。
成績優秀な上にバレー部の主将で、この上なく目立つ存在だ。
バレー部主将として頑張っているときはとても凛々しいのに、普段はちょっとぼんやりしていたり抜けていたり、テストの点数じゃ常に学年で5位以内に入っているのに授業中に居眠りしちゃったり授業ごとさぼっちゃったり、まぁなんというか、このカッコイイと可愛いの黄金比率よ!もうホント大好き。
そしてバレー部にはもう一人攻略対象キャラクターである雪柳君が居る。
さらにバレー部はモブまでもイケメン揃いだったりする。
そうなってくると自ずと沢山のファンが集まってくるわけだ。
そのファン達は基本的にバレー部の応援をしているだけで害は無い。
しかし私のようにファン達の許しも無く凪先輩に近付くような人には容赦無い。
一言で言えばとても厄介な集団だ。
「あかりちゃん…、大丈夫?」
凪先輩のファン達についての説明をすると、なずなが青褪めた顔で私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫よ。後のイベントにも関わってくるからね、ファン達は。我慢我慢。」
そう、そのファン達は後々凪先輩のイベントで登場する。
それは確かもう少し時間が経過した後だったので、今すぐ行動に移す奴らは居ないと思う。
確証はないけれど。
「何かあったら絶対に言ってね!私、精一杯あかりちゃんのこと守るからね!」
なずなはグッと握りこぶしを作ってそう言った。
「なずな可愛い。超可愛い。」
なずながあんまりにも可愛かったのでうっかり心の声がダダ漏れてしまう。
「え?え!?」
あ、真っ赤になった。
ちょっとマジで問いたい。このゲーム作った奴に問いたい。
何でなずなが攻略対象じゃないの?この可愛さで攻略対象じゃないとか意味が解らない。
攻略させろ。もう男とか女とか関係ない私はなずなが可愛い。可愛くて仕方ない。
「あ、あか、あかりちゃん?」
「よーっし、私頑張っちゃおう!」
錯乱してる場合じゃないよ。
とにかく私は刺々しくて痛い視線で見られる事が多くなったので、例のファン達に目を付けられたことは間違いない。
問題はイレギュラーだ。
あの子はおそらく逆ハーレムを狙っているのだろうから、凪先輩との接触を増やすだろう。
そうすればどこかでファン達に見付かり、目を付けられる可能性もある。
ファン達から上手い具合に隠れながら接触するという手もあるにはあるが、ファンの数だって少ないわけではない。ストーカーかよ!と突っ込みたくなるレベルで凪先輩の側に居たファンだって居たのだから。
要するにイレギュラーの方が私以上に目を付けられてくれればそれを隠れ蓑にして逃げられるのではないか、と考えた。
よし、ここは暫く凪先輩との接触を絶ってイレギュラーの観察に徹しよう。
「あかりちゃん、あかりちゃん。」
「まさかの。」
凪先輩との接触を絶とうと決めた翌朝、何故だか凪先輩の方から接触してきやがった。
私の計画は丸つぶれですよ先輩。
「まさか?」
「いえ、何でもありません。おはようございます佐々…凪先輩。」
まさかだよ。超まさかだよ。
そもそもバレー部は朝練をやっているはずだし、基本的にヒロインからしか接触しないもんなんだよゲームでは!
しかも凪先輩が声をかけてきたのは人目の多い校門前だった。
これはもう噂が噂を呼び凪先輩に手を出そうとしてるクソみたいな女が居るとか言われるんだ…
そんなポジションイレギュラーに押し付けたかった…
「あかりちゃん、元気無いみたいだけど、大丈夫?あかりちゃんも、朝は弱いの?」
「いえいえ、大丈夫です。先輩は…朝練とか無いんですか?」
「あるよ。寝坊したから、行かないけど。」
主将とは思えない発言である。
「凪先輩って主将ですよね…?」
「うん。でもほら、じゃんけんで負けたからやってるだけだし。」
衝撃の事実である。そんなことでいいのかこの学校のバレー部…!
驚いて目を見開く私を尻目に、凪先輩はふわぁ、と大きなあくびを零す。そして小さな声で今日もサボろうかなぁなんて呟いている。
何でこの人成績良いんだろう…?好きだけどかなり謎だ。好きだけど。
「そういえば先輩、何か用ですか?」
頭一つ半、いや、それよりも上にありそうな先輩の顔を見上げて問う。
「あぁ、うん。あかりちゃんと連絡先を交換したいと思ってね。はい、これ、あかりちゃんの携帯。」
「はい、ありがとうございます。…はい?」
何故今先輩の手から私の携帯が返された?先輩に携帯を渡した記憶は無いのだけど…
「そんなに無防備だと、泥棒さんに狙われてしまうよ?」
凪先輩のそんな言葉を聞きながら手元の携帯を見ると、見事に凪先輩の連絡先が入っていた。
個人情報盗まれましたね。先輩が泥棒さんですね。許すけど。
「えっと…」
「それじゃああかりちゃん、電話も、メールも、沢山するからね。」
にこりと笑った凪先輩が、私の頭をぽんぽんと撫でてから颯爽と教室へ向かって行った。
私はというと、また撫でられたという衝撃で暫くその場で先輩の背中をただただじっと見ていた。
おそらく顔は真っ赤だろう。鏡なんて見なくても解る。
人通りも多いことだし早く動かなければ、そう思っていた時だった。
肩口に鈍い痛みが走った。誰かにぶつかられたのだろう。
「す、すみませんっ、」
咄嗟に謝りながら顔を上げると、そこに居たのは見知った顔だった。
見知った、とは言っても私が一方的に見たことあるだけの人。
そう、凪先輩ルートを進んでいると必ず対峙することになる人。
「こちらこそすみません。」
…凪先輩のファン筆頭だ。
言葉では謝っているが、顔は全然謝っていない。思いっきり私を睨みつけている。
これはもう確実に目を付けられた。もう今日の午後には私の名前もクラスも彼女に知られるんだろう。
壮絶ないじめが始まったらどうしよう…
元々の学生時代では幸いいじめなんて経験しなかったので、未知の世界だ。
ゲーム内の話だってある程度大きな事件じゃないとイベントとして使えないし、日々のこまごまとしたいじめも嫌がらせも描かれていないし。
イレギュラーに擦り付ける事も不可能となってしまったであろう今、このピンチをどう切り抜けたら良いのか…
私がそんなことを考えている間、凪先輩のファンさんは私の頭のてっぺんからつま先までを舐めるように見て、そのまま何も言わずに去って行った。
なんだろ、ただ私をじっと見ていっただけなのに、凄く怖い。
完全に鳥肌が立ってしまった腕を、ゆっくりと撫でる。
さっきまで凪先輩に撫でられたことで赤くなっていた顔も、おそらく今は青くなっているんだろうな。鏡なんて見なくても解る!
しかし、だ。
凪先輩のファンに目を付けられたということは凪先輩ルートに見事入れたということだろう。
そこは安心しても良いのではないだろうか。というか安心させてほしい。そこくらいは。目の前には不安しかないんだから。
盛大に零したくなる溜め息を必死で堪えて歩き出そうとしていたところ、背中の真ん中を思い切りどつかれた。
「よ。こんなとこで何してるんだよ。」
私の背後に居たのはみっちゃんだった。
「みっちゃん…おはよ。」
「おう。で?どうした?」
私の顔を覗き込んでくるみっちゃんを見て、ちょっとだけ安心する。
みっちゃんは、味方になってくれそうだったから。…違うな。なんだろう、一緒に巻き込まれてくれそうだったから?
ゲームをやってる時はあまり感じなかったのだが、みっちゃんからはなんとなく苦労人オーラが出ている気がする。
出来るだけ巻き込まないように注意するけど、最悪のときは一緒に巻き込まれてもらおう。
「なんでもない。一緒に教室行こうか。」
「おう。」
私はみっちゃんの隣に並んで歩き出した。
大丈夫。私にはなずなだって居るんだから。
不安になんか負けないんだからっ!!!
おひさしぶりです




