↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/5

3話 転生します。探さないでください。

陽暦八五七年。


 魔王との戦争が終わってから、五年が過ぎていた。


 王国は復興を遂げ、各地の町には平穏な暮らしが戻っていた。


 人々は、魔王を倒した英雄たちの名を語り継いでいる。


 その一方で、王宮魔法研究所の奥では、ひとりの賢者が机に突っ伏していた。


「……五年じゃ」


 ケンはかすれた声でつぶやいた。


「戦争が終わってから、五年も経ったのじゃぞ……」


 机の上には、相変わらず書類が積み上がっている。


 魔法研究顧問としての仕事。


 王宮からの相談。


 貴族たちの依頼。


 さらには、各地の魔法学校から届く講義の要請まであった。


 研究に使える時間は、以前よりも減っている。


「儂は、いったい何のために魔王を討伐したのじゃ……」


 ケンは窓の外を見つめた。


 彼が求めていたのは、名誉でも地位でもない。


 好きな研究を、好きなだけ続けられる暮らしだった。


 それなのに、今の自分はどうだろう。


 朝から晩まで仕事に追われ、研究室で眠り、目が覚めればまた仕事をする。


 まるで書類を処理するために生きているようだった。


「……もう、よい」


 ケンは立ち上がった。


 引き出しから、古びた魔法書を取り出す。


 そこに記されているのは、魂の状態を保ったまま、新たな肉体へ移るための転生魔法だった。


 ただし、完成には大きな問題が残っていた。


 転生先の時代を指定する術式が、まだ安定していないのだ。


 予定した時間よりも、はるか先の未来へ飛ばされる危険がある。


「十年後の世界なら、今よりは仕事も減っておるじゃろう。研究所の制度も変わっておるかもしれぬ」


 ケンは魔法書を見つめた。


「十年じゃ。たった十年先へ進むだけでよい」


 術式の調整を始める。


 魔法陣の線を修正し、必要な魔力の量を計算する。


 何度も失敗を繰り返した末、ようやく転生魔法が完成した。


 ただし、時代を指定する術式には、わずかな揺らぎが残っていた。


 ケンはそれを見逃さなかった。


「……本来なら、もう少し調整すべきじゃな」


 机の上には、まだ手をつけていない仕事が山積みになっている。


 明日も、明後日も、同じ日々が続く。


 ケンは目を閉じた。


「いや。これ以上、先延ばしにはできぬ」


     *


 その夜、ケンは研究室の扉に鍵をかけた。


 誰にも邪魔されないよう、部屋全体に防音結界を張る。


 机の上には、一枚の紙が置かれていた。


 ケンは筆を取り、短い文章を書き記した。


 ――転生します。探さないでください。――


「……よし」


 ケンは紙を机に置き、完成した魔法陣の中央に立った。


 床に刻まれた術式が、淡い光を放ち始める。


 魔力が体を包み込み、意識が少しずつ遠のいていった。


 そのとき、魔法陣の一部が不規則に明滅した。


「む……? この揺らぎは……」


 ケンはすぐに術式を修正しようとした。


 しかし、すでに遅かった。


 魔法陣がまばゆい光を放ち、研究室全体が震え始める。


「まずいのじゃ!」


 光が爆発した。


 ケンの意識は、時間の流れに飲み込まれていった。


 最後に見えたのは、机の上に置かれた一枚の紙だった。


     *


 そして、五百年後。


 誰もいない研究室には、静かな朝が訪れていた。


 ケンの名は、王宮の記録から少しずつ忘れられていった。


 しかし、彼が残した魔法の研究成果だけは、時代を超えて受け継がれていく。


 ただし、その多くは正しく理解されることなく、いつしか人々からこう呼ばれるようになっていた。


 古代魔法と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。