2話 魔王城再び
魔王軍の残党を追っていた王国軍は、思いがけない情報を手に入れた。
魔王城の地下に、まだ停止していない魔力炉が残されているというのだ。
魔力炉が暴走すれば、周辺一帯が壊滅する可能性がある。
国王は勇者一行を再び招集した。
「魔力炉の停止には、ケンの力が必要だ。カミト、エリア、ドルゴ。お前たちには、ケンを守りながら魔王城へ向かってほしい」
「承知しました!」
カミトが答える。
ケンは、手元の資料を見つめたまま口を開いた。
「陛下、今回の件は理解しました。ただ、魔力炉を停止させた後は、しばらく研究に専念させていただきたいのですが」
「分かっている。今回の任務が終われば、しばらくはお前に休みを与えよう」
「……本当ですね?」
「約束しよう」
その言葉を聞き、ケンはようやく立ち上がった。
「では、行ってまいります」
*
魔王城は、荒れ果てた大地の中央にそびえ立っていた。
黒い石で造られた城壁には、無数の魔法陣が刻まれている。
かつて魔王軍の本拠地だった場所には、今も濃密な魔力が漂っていた。
「ここまで来ると、さすがに緊張するな」
カミトが剣を握り直す。
「油断するでないぞい。城全体が魔法陣の一部になっておる」
ケンは壁に手を当てた。
「しかも、ただの防御結界ではない。城に侵入した者の魔力を吸い上げる仕組みじゃな」
「そんなものまであるのか……」
「魔力を奪われれば、魔法使いはまともに戦えなくなります」
エリアの表情が曇った。
「ならば、魔力を奪われる前に進むしかないな!」
ドルゴが斧を肩に担ぐ。
四人は城内へ足を踏み入れた。
待ち構えていた魔物たちを突破し、罠を解除しながら地下へ進む。
やがて、巨大な扉の前にたどり着いた。
扉の向こうから、心臓の鼓動のような音が聞こえる。
ドクン。
ドクン。
そのたびに、城全体が揺れた。
「ここが魔力炉か」
カミトがつぶやく。
ケンは扉に刻まれた術式を確認し、眉をひそめた。
「……厄介な仕掛けを作ったものじゃ」
「解除できそうか?」
「できるかどうかで言えば、できる。じゃが、少々時間がかかるぞい」
「なら、俺たちが守る!」
カミトは剣を構えた。
扉が開く。
その先には、巨大な魔力炉が鎮座していた。
黒い結晶が空中に浮かび、その周囲を幾重もの魔法陣が回転している。
そして、その前にひとりの男が立っていた。
「ここまで来るとはな、人間ども」
男の体から、膨大な魔力が噴き出す。
「我が名はヴァルゼオン。魔王軍の残された力を、この魔力炉に集めている」
カミトが剣を向けた。
「そんなことはさせない!」
「勇者よ。お前たちが何をしようと、もう遅い。この魔力炉が完成すれば、王国など一夜で消し飛ぶ」
ヴァルゼオンが手をかざした。
魔法陣が一斉に輝き、黒い光線が四人に襲いかかる。
「散れ!」
カミトが叫ぶ。
四人はそれぞれ別の方向へ飛び、攻撃を避けた。
ドルゴが魔王の懐へ飛び込み、斧を振るう。カミトが剣で魔王の攻撃を受け止め、エリアが仲間たちに防御の加護を与えた。
しかし、ヴァルゼオンの魔力は圧倒的だった。
攻撃を受けるたび、床が砕け、壁が崩れていく。
「このままでは、魔力炉まで壊れてしまいます!」
エリアが叫んだ。
「ケン殿、まだか!」
カミトが魔王の攻撃を受け流しながら叫ぶ。
ケンは魔力炉の前で、複雑な術式を読み解いていた。
「もう少しじゃ! おぬしら、あと少しだけ耐えるのじゃ!」
ケンの指先が動く。
魔力炉の周囲に、新たな魔法陣が浮かび上がった。
それは魔王城の術式とは異なる、緻密で美しい構造を持っていた。
「何だ、その魔法陣は!」
ヴァルゼオンが初めて動揺した。
「貴様、何をしている!」
「見て分からぬか? 魔力の流れを止めておるのじゃ」
「馬鹿な! この魔力炉は、我が一族が代々守り続けてきた秘術だぞ!」
「秘術であろうと、欠陥があれば直すまでじゃ」
ケンは杖を振り上げた。
「――閉じよ」
魔力炉の光が、一瞬だけ消えた。
ヴァルゼオンの顔が歪む。
「やめろおおおお!」
魔王がケンへ向かって突進した。
しかし、その前にカミトが立ちはだかった。
「ケン殿には、指一本触れさせない!」
カミトの剣が魔王の攻撃を受け止める。
ドルゴが横から斧を叩き込み、エリアの光が魔王の動きを封じた。
その隙に、ケンは最後の術式を完成させた。
「これで終わりじゃ!」
杖が床を打つ。
巨大な魔法陣が魔力炉全体を包み込んだ。
黒い結晶が砕け散り、暴走していた魔力が光の粒となって消えていく。
魔王城を揺らしていた音が止まった。
ヴァルゼオンは膝をつき、信じられないものを見るようにケンを見上げた。
「人間ごときが……我らの魔法を……」
「魔法に人間も魔族も関係ないわい。使い方を誤れば、どんな力も己を滅ぼす」
ケンは杖を下ろした。
カミトが剣を構え直す。
「ヴァルゼオン。これで終わりだ!」
勇者の剣が振り下ろされ、魔王の残された力を打ち砕いた。
魔王城に、静かな風が吹き抜けた。
*
王都へ戻った一行は、再び英雄として迎えられた。
魔王軍の脅威は完全に去った。
国王は満足そうに笑い、勇者たちをねぎらった。
「よくやってくれた。これで本当に戦争は終わりだ」
「陛下。お約束の件ですが、私は研究に専念してもよろしいでしょうか」
ケンが尋ねた。
「ああ。もちろんだ。しばらくはお前に任務を与えないと約束しよう」
「ありがとうございます」
ケンは深々と頭を下げた。
ようやく、静かな日々が戻ってくる。
そう信じていた。
だが、ケンが研究室へ戻ると、机の上には新しい書類が置かれていた。
魔王城の調査報告。
魔法炉の再利用計画。
各地の防衛結界の見直し。
そして、国王からの直筆の手紙。
――魔王討伐の功績をたたえ、ケンを王国魔法研究顧問に任命する。
「…………」
ケンは手紙をゆっくりと机に置いた。
「陛下ぁぁぁぁ!」
研究室に、悲鳴が響き渡った。




