2日目 飲茶パニック
先に香港には街歩きをしに来たと述べたが、今回の旅にはもうひとつ目的があった。それは、2024年公開(日本公開は25年)の香港映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」(原題:九龍城寨之圍城)のロケ地と映画セットの展示を見に行くことだった。
去年の4月、かつて香港に存在した九龍城砦を舞台にしたアクション映画が面白いという話をXのフォロワーから聞き、映画館に足を運んでみたところ見事にのめり込んでしまったというわけだ。リアルで緻密なセットに大興奮した。
香港好きの方に説明は不要だろうが、念のため。もしかしたら「九龍城砦」が何なのかご存じない人も読んでいるかもしれない。「クーロン城」という言葉ならゲームや漫画の影響で1度は聞いたことがある人が多いのではないだろうか?
しかしどうやら「クーロン」という読み方は日本独自のもの(和製英語みたいなものだろうか?)であるらしく、正式なものではない。広東語のGau2 Lung4とも英語のKowloonとも異なるため、香港に来て「クーロンに行きたい」と言っても通じない。映画でも「クーロンじょうさい」ではなく「きゅうりゅうじょうさい」という読み方が採用されている。
さて、2日目はそんな九龍城砦の存在した場所である九龍寨城公園に行った後、香港屈指のパワースポットである寺院、黄大仙に行くことにしていたのだが……
どういうわけか、前の晩は一睡もすることができなかった。枕が合わず、頭を右に向けてみたり左に向けてみたり、枕を取っ払ってうつ伏せになってみたりと大忙しな夜だった。1時過ぎ頃に30分ほどウトウトしたが、それ以降は全く眠れず、ついに朝になってしまった。こんなに眠れないのは新卒で入った職場で適応障害になった時以来である。
身支度を済ませ、とにかくまずは朝食を食べなければと思い外に出た。昼間は1月でも20℃近く気温が上がり暖かな香港だが、早朝は上着がないとかなりひんやりしている。この日の朝は飲茶のチェーン店で点心を食べる予定だった。
ホテル近くの『點心到』(読み方不明)という店の前までやって来たが、時間が早すぎて準備中だった。開店は7時半からで、今はまだ7時13分。仕方がないのでその辺をぶらぶら歩いて時間を潰すが、どの店も開店前で、見るものといえば小さな公園くらいのものだった。こんな時間でも公園には既に何人かおり、ベンチに座って電話をしたり、広場で見たこともない動きの体操をしたりしている。一瞬太極拳かと思ったが、それにしてはリズミカルなので太極拳ではないのだろう。
私は何をするわけでもなくその体操を眺め、やがてそれにも飽きてしまうと、公園を出て點心到までの道を引き返した。その途中で、2匹の猫が開店直後の別々の店から同時に顔を出した。2匹はお互いにびっくりした様子で見つめ合い、ほぼ同時に背中の毛を逆立てた。
「喧嘩が始まるのか?」と眺めていると、私と同じように通りがかった地元のお婆さんも猫を眺め始めた。睨み合う猫たちを見ながら、私とお婆さんもお互いに目を向け、「えへへ」と笑い合った。
その後喧嘩が始まることはなく、私は猫とお婆さんに別れを告げ、飲茶をしに向かった。店はちょうど開いていたが、1番乗りというのもなんだか恥ずかしかったので、地元のおじさんが入るのを待って2番乗りで入店した。
またも端の席に座り、渡されたオーダーシートの蝦蒸し餃子(2つ入り)と蝦焼売(2つ入り)と潮州粉果(3つ入り)の欄に注文する個数を記入して店員に手渡すと、見様見真似で洗杯した。洗杯とはそのままの意味で、お茶で茶碗やレンゲ、コップなどを濯ぐことである。別に濯がなくとも食器は綺麗なのだが、今ほど衛生環境がよろしくなかった時代の名残りだという。習慣として残っているのだろう。せっかくなので取り茶碗にお茶を注ぎ、箸とレンゲを濯ぐと、あらかじめ用意されているボウルにお茶を捨てた。同様にコップも濯いでボウルに捨て終わると、少しして店員さんがボウルを片付けてくれた。
お茶は普洱茶だった。他の店や昔ながらのワゴン式の飲茶ではお茶の種類も自分で選ぶのだが、この店は普洱茶で固定のようだった。普洱茶はちょっと土臭いような独特な香りがするが、飲むとホッとするし、油を流してくれる効果があるため、油ものにめっぽう弱い私の胃にはもってこいだった。
お茶を飲んで点心を待っている間にも、ちらほらとお客さんが入店してくる。近くの席には日本人の若い女性2人組が座っていた。
それからすぐに出来たてホヤホヤの蝦餃が運ばれてきた。いい匂いがした。小さいのでそのまま口に入れると、灼熱すぎて口の中がパニックになった。冷たい飲み物も頼むと良いかもしれない。なんせ普洱茶も熱いのでもうどうしようもない。まさか吐き出すわけにもいくまい。ふと、脳内に熱々の炭を口に入れる王九(映画の登場人物。気功の使い手)の姿が過った。私は気功を使えないので、気合いで乗り切るしかなかった。こんな時「神功護体硬直」が使えたら何かと便利に違いない。
次に潮州粉果が運ばれてきた。潮州粉果とは、広東省潮州地方を発祥とする蒸し餃子である。浮き粉を使った半透明のぷるぷるもちもちの皮の中に、肉、落花生、セロリ……他に何が入っていたか忘れてしまったが、とにかく色々なものが入っていてとても美味しかった。だだ皮が柔らか過ぎて、箸で挟むとびよよーんと伸びてしまいうまいこと掴めない。サイズも蝦餃より大きいため、たとえ冷めていたとしてもひと口では難しい。中身がぼろぼろと出てしまい、レンゲを駆使して必死に格闘した。
最後に蝦焼売が出てきたのだが、ここでひとつ問題が発生した。お腹が苦しい。いや、正確には胃が気持ち悪い。一睡もしていないせいで体調がおかしくなってきていたのだ。寝不足の身体に点心7つは重すぎたようだ。
心から「やばい」と思った。少し冷や汗も出た。自分で頼んでおきながら食べ切れないなんてあり得ないことだ。
突如として、フードファイトが始まった。龍捲風(映画の登場人物。九龍城砦のボス。「まあ飲め」と言って普洱茶を人に進める)ですら「もうやめたらどうだ」と言うほどに普洱茶を飲み、なんとか残りの点心を体内に流し込もうと躍起になった。
しかし、結局敗北してしまった。肉肉しい焼売の強烈なパンチを食らってしまい、「これ以上食べたら逆流する」と悟った。伝票を持ってレジまで行き、オクトパスで支払って申し訳ない気持ちで退店した。美味しかったのに残念だ。今思えば、「打包」と言えば持ち帰れたのかもしれない。そう考えるとますます申し訳ない。
苦しいお腹を抱えて一度ホテルに戻った。本当に気持ちが悪くなってきたので、日本から持参したパンシロンを飲んだ。トイレに行き、少し休憩して気合いを入れ直すと、尖東駅まで歩き、MTR(香港の地下鉄)に乗って九龍寨城公園がある宋皇臺駅へと向かった。




