3日目 モンスターマンションと北角
鰂魚涌駅に到着すると、とりあえず改札前のトイレに入った。私がモンスターマンションに行くために太古駅ではなく鰂魚涌駅にしたのはトイレがあったからだ。特に問題なく使えた。
A出口から外へ出てみると、目の前をトラムが走っていき、「本当に走ってるぞ」と少しだけ感動した。
ところで「モンスターマンション」とは当然ながら正式名称ではない。「益昌大廈」というのが本当の名前であると思っていたが、もっと正確に言えば海山樓、海鏡樓、福昌樓、益發大廈、そして益昌大廈の5棟のビルが集まった複合住宅であるそうだ。1972年に完成し、1万人規模の住人が暮らしているという。
映画「トランスフォーマー ロストエイジ」でこの場所が登場し、多くの人々に知られることとなった。
ここは観光地ではなく居住区である為、住民の生活を脅かさないようにサッと見てサッと立ち去る必要がある。数年前は立ち入り禁止となっていたが、2026年1月現在は立ち入ることができる。(ただし配慮は必須)
鰂魚涌駅を出て英皇道を右に向かって直進すると、年季の入った圧倒的密度の建物が姿を現す。各部屋に取り付けられたたくさんの室外機が独特な雰囲気を醸し出している。
皆が写真を撮っているスポットは中庭にある。中庭への入口は少々わかりづらいが、「福昌樓」と書かれた看板を探すと辿り着ける。
平日の朝であるためか、観光客の姿は無かった。中庭の中心に立って顔を上げてみると、とてつもない部屋数のマンションが目の前にずどーんとそびえ立っており、壮観である。18〜19階建てだそう。私の住む田舎にこんな壮大な建物は存在しないので、すっかり目が釘付けになってしまった。
更に壁の色は白だったり黄色だったり赤だったり水色だったりとカラフルで、なるほどこれは皆夢中になるよなぁと納得した。
元々バルコニーだった場所を住民が改造して部屋にしてしまったなんて話も聞いたが(真偽不明)確かに言われてみればそれっぽい箇所もある。とにかく部屋数が多い。そしてよく家賃が安いと誤解されるそうだが、実際そんなことはなく、とてもではないが私には払えない額だった。
建物は老朽化が進んでいるのか、竹の足場が組まれていた。この場所もいずれは建て替えを……という話になるのだろうか。
長居は良くないので、すぐに中庭を後にした。
次は北角の「春秧街」という通りに行く予定だった。来た道を戻るのだが、急いでもいないし、景色の見えない地下鉄で移動というのもなんだか味気ないため、トラムで向かうことにした。「Mount Parker Road 柏架山道」という駅からトラムに飛び乗る。
トラムは思ったより混んでおり、途中まで立っていた。香港のトラムは案内表示やアナウンスがない為スマホの地図を見るか周りの景色を見て判断するしかないと聞いていたのだが、車両によるのか時代が変わったのか。案内表示も英語のアナウンスも存在し、難しいことは何もなかった。
「Shu Kuk Street 書局街」という駅で下車すると、まず最初に「新光」と書かれた大きなネオンが目に飛び込んできた。気になって検索してみる。
ここは新光戲院という、広東オペラや演劇を上演する劇場だった。1972年から50年以上もの間香港の人々に親しまれてきたという。歴史ある劇場だが、2025年3月に閉館してしまっている。
更に調べてみると、現在は黄埔という所に拠点を移して広東オペラを上演しているらしい。
馬寶道という通りを抜けて春秧街へ向かうと、市場の狭い通りの奥からトラムがゆっくりとこちらへ向かってやって来るではないか。これはシャッターチャンス! と思い動画を回したが、トラムは一向にやって来ない。路肩に停められたパトカーに行く手を阻まれていたのだ。
パトカーがゆっくり動き出すと、トラムもその後に続くように慎重に動き出した。そのままゆっくり目の前までやって来て、今にも止まりそうな速度でカーブを曲がって行った。これは待たずに良いものが撮れたと思ったのもつかの間、また次のトラムが奥からやって来て、同じように目の前を通り過ぎてゆく。
トラムが通り過ぎると、何事もなかったかのようにたくさんの地元民がレールの上を往来する。
せっかくなので市場を覗いてみる。精肉店には大きな生肉の塊が豪快に吊り下げられており、独特な色のライトに照らされて鮮やかに輝いている。写真は撮っていないが、豚の頭部や顔の皮なども売っており、それがなんとも生々しいのだが、余すことなく食べるのは大事だし、どうやって調理するのか気になるところだ。他にも蹄が付いた足だとか、内臓の一部と思わしき塊が吊り下げられていたのだが、不思議と恐怖は感じなかった。
魚屋の海老は元気いっぱいで、激しく跳ねて水槽から飛び出そうとしている。日本ではあまり見かけない鮮やかな色の魚も売られていたような気がするが、今思い出そうとすると肉屋の記憶しか蘇ってこない。何故もっと写真を撮らなかったのだろう。
春秧街を抜け、早くも北角でやることがなくなってしまった。今から次の目的地である上環に行くのは早すぎる。どうせなら海が見たいと思い、北角のフェリー乗り場の近くまで行ってみた。
海沿いの遊歩道には犬の散歩をしている人がたくさんいた。大型犬を連れている人の姿が目立つ。海の側まで行ってみると、九龍半島がよく見えた。こちら側から見れば霞がかっていないのだなと思いながら少しの間ぼーっとしていた。
高架下の広場には、ノートパソコンで動画を再生しながら体操をするおばさんと、真剣な面持ちで太極拳をするお爺さんがおり、隣同士で全く異なる動きをしていた。ここに来る前は、とあるマンション前の広場でも集まってダンスをしている人たちがいたし、身体を動かすことが好きな人が多いのだろうか。
海沿いの遊歩道を行ったり来たりしながら犬や体操を眺めていると、あっという間に時間が溶けてしまう。その後満足した私はまた書局街駅にまで戻り、「Western Market」と表示されたトラムに乗り込んで上環へと向かった。




