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魔獣英雄アロー  作者: あおおに


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15/18

魔獣 vs 魔獣

 俺は、魔獣へ突っ込んだ。

 地面が砕ける。

 身体が重い。

 いや、重いのではない。

 力が詰まり過ぎている。


 腕も脚も、以前の俺とは別物だった。

 赤黒く膨れ上がった筋肉。

 こめかみから伸びた角。

 分厚い胸板。

 握った剣が、ひどく小さく感じる。


 それでも、俺は剣を捨てなかった。

 これは俺の武器だ。

 魔獣の牙でも爪でもない。

 アロー・イーブルナイツの剣だ。

「おおおおおおっ!」

 咆哮しながら斬りかかる。


 魔獣の触手が何本も伸びて来た。

 俺はそれを剣で斬り裂き、肩で弾き、踏み潰して進む。

 ミノタウロスの力は凄まじかった。

 さっきまでなら、避けるしかなかった触手を正面から弾ける。

 足元を絡め取ろうとする蔓のような肉も、力任せに引き千切れる。


 魔獣の胴に辿り着き、剣を叩き込んだ。

 黒い血が噴き出す。

 だが、浅い。

 今の一撃で、普通の魔獣なら胴を両断出来たはずだ。

 しかし、目の前の魔獣は巨大過ぎた。


 肉が厚い。

 骨が多い。

 そして、再生も早い。

 俺が斬った傷口が、じゅくじゅくと音を立てて塞がり始める。

「くそっ!」

 俺はさらに斬り込んだ。


 だが、すぐに押し返される。

 巨大な腕が横から飛んで来た。

 俺は剣で受けた。

 受けられた。

 だが、身体ごと吹き飛ばされた。

 地面に爪先を立て、どうにか踏み止まる。


 ミノタウロスの姿になっても、勝っている部分は多くない。

 小回り。

 それだけだ。

 巨体同士のぶつかり合いなら、向こうの方が大きい。

 力も重さも、物量も、向こうが上。

 俺の魔法でさえ、分が悪かった。


「サンダージャベリン!」

 雷の槍を放つ。

 魔獣の肩に突き刺さる。

 だが、その直後に、魔獣の身体のあちこちに魔法陣が浮かんだ。

 火、土、水、風、雷。

 複数のジャベリンが同時に放たれる。

 俺は魔法壁を展開する。

 だが、一枚では足りない。

 二枚。

 三枚。

 それでも、いくつかの魔法が脇を抜け、地面を抉った。


 魔法の質では負けていない。

 たぶん、俺の方が上だ。

 だが、数が違う。

 向こうは、喰った人間の魔法を何人分も同時に使っている。

 一人の魔法使いが、五人、十人の魔法士を相手にしているようなものだ。


 勝てる訳がない。

 普通なら。

 だが、負ける訳にもいかなかった。

 俺の背後にはレイシアがいる。

 傷ついたカイルたちがいる。

 セリオ先生が命を賭けて守ったものがある。


 ここで俺が倒れれば、全部終わる。

 魔獣が口を開く。

 また魔法陣。

 狙いは俺ではない。

 背後。

 レイシアたちの方だ。


「させるか!」

 俺は横へ跳びながら、先に魔法を叩き込んだ。

「ファイヤージャベリン!」

 炎の槍が魔獣の口元に突き刺さる。

 発動しかけていた魔法陣が歪み、爆ぜた。


 魔獣が咆哮する。

 だが、すぐ別の部位に魔法陣が浮かぶ。

 今度は背中。

 角度からして、また後方狙い。

「サンダージャベリン!」

 雷槍で潰す。

 魔獣が身を捩る。


 その隙に斬り込む。

 傷を入れる。

 しかし、深くはない。

 すぐに再生する。

 また魔法陣。

 また後方。

「くそっ!」

 俺は攻めながら守らなければならなかった。


 魔獣は俺と戦いながらも、レイシアたちを狙ってくる。

 狡猾だ。

 獣ではない。

 喰った人間たちの知恵まで混ざっている。

 俺が守りたいものを理解している。

 理解して、そこを突いて来る。


 何度も詠唱を潰す。

 何度も攻撃を受ける。

 腕が裂ける。

 胸が抉れる。

 角に触手が絡む。

 引き千切る。

 血が流れる。

 塞がる。

 また裂ける。

 じりじりと、俺の体力と魔力が削られていった。


 ミノタウロスの肉を喰らって得た力は大きい。

 だが、無限ではない。

 このままでは、俺が先に尽きる。

 どうする。

 どうすれば勝てる。

 その時、俺の鼻が魔獣の血の匂いを拾った。

 濃い。

 気持ち悪いほど濃い魔力。

 だが、そこには力があった。


 喰えば、力になる。

 そんな衝動が、腹の底から湧き上がる。

 俺は一瞬、ぞっとした。

 何を考えている。

 目の前の魔獣を喰うだと。

 こんなものを。

 人間も、魔獣も、何もかも混ざった、この化け物を。


 だが、別の声が囁く。

 相手は俺より遥かに大きい。

 食えば食うだけ、能力や体力を得られるのではないか。

 傷を負っても、喰えば戻せるのではないか。

 奪われる前に、奪えばいい。

 俺は奥歯を噛み締めた。

 最悪の考えだ。

 だが、勝ち筋でもあった。


「……やるしかないのか」

 魔獣の触手が迫る。

 俺はそれを避けず、逆に掴んだ。

 暴れる触手に、両手でしがみつく。

 そして、牙を立てた。

 人間の歯ではない。

 ミノタウロスの変化に引きずられ、俺の口の中にも鋭い犬歯が伸びていた。

 それで、魔獣の肉を噛み千切る。


 最悪の味だった。

 血。

 腐肉。

 泥。

 毒。

 人間の魔力。

 獣の臭い。

 それらが全部、口の中で暴れた。


 吐きそうになる。

 だが、飲み込んだ。

 瞬間、身体の奥に熱が走った。

「ぐっ……!」

 力が流れ込んで来る。


 触手の感覚。

 魔力の膜。

 他者の魔法の断片。

 俺の知らない魔獣の筋肉。

 ほんの一口で、身体の中に異物が増える。

 だが、同時に消耗した体力が少し戻った。

 裂けた肩の傷が早く塞がる。

 魔力が膨らむ。


 これだ。

 俺は、最悪の確信を得た。

 これなら、戦える。

 俺は触手を引き千切り、さらに魔獣本体へ食らいついた。

 剣で裂き、手で抉り、そこへ口を押し付ける。


 喰う。

 噛む。

 飲み込む。

 そのたびに、力が流れ込む。

 身体が熱い。

 傷が塞がる。

 魔力が戻る。


 同時に、頭の中に知らない感覚が混ざる。

 誰かの悲鳴。

 誰かの恐怖。

 魔法の詠唱。

 剣を握った記憶。

 森の中を逃げる足音。

 喰われる瞬間の絶望。

 魔獣に取り込まれた者たちの断片が、俺の中に流れ込んで来る。


「う、ぐっ……!」

 吐き出したくなる。

 だが、吐き出せない。

 吐き出せば負ける。

 俺はさらに喰らいついた。

 魔獣が、初めて明確に怯んだ。

 自分が喰われる側になるとは思っていなかったのだろう。


 巨体が暴れ、俺を振り落とそうとする。

 だが、俺は離れない。

 指を肉に突き立てる。

 爪が伸びる。

 もう抑えなかった。

 爪を伸ばし、肉を裂き、噛み千切る。

 その時、魔獣の巨大な口がこちらを向いた。

 次の瞬間、俺の肩に激痛が走った。


「があああっ!?」

 魔獣が、俺に食らいついて来た。

 牙が肩から胸にかけて肉を抉る。

 俺の血が噴き出す。

 魔獣はそれを飲み込んだ。

 ぞっとした。

 今度は、俺が喰われている。


 魔獣の身体が震えた。

 俺の血を、肉を、力を取り込んだのだ。

 魔獣の傷が塞がる。

 さっき俺が抉った場所が、急速に盛り上がっていく。

「こいつ……!」

 俺は拳を叩き込む。

 魔獣の牙が外れる。

 だが、すぐ別の口が開いた。


 胴の脇。

 裂け目のような場所から、新しい顎が生えた。

 それが俺の腕に噛みつく。

 また肉を持っていかれる。

 俺も負けじと噛み返す。

 剣は、もうほとんど役に立っていなかった。

 斬る。

 喰う。

 喰われる。

 殴る。

 噛む。

 引き千切る。

 戦いは、一気に泥仕合へと変わった。


 英雄の戦いではない。

 剣士の決闘でもない。

 魔法使い同士の高度な戦術戦でもない。

 互いに互いを喰らい合う、怪物同士の争いだった。

 背後で誰かが叫んでいる。

 レイシアかもしれない。

 カイルかもしれない。

 もう分からない。


 俺は魔獣の肉に食らいつきながら、自分の意識を保つので精一杯だった。

 喰えば力が入る。

 喰われれば削られる。

 だが、こちらが先に大量に喰えば勝てる。

 そんな単純で最悪の理屈に、戦いが支配されていく。

 魔獣の触手が俺の腹を貫いた。

 痛みで意識が白くなる。

 俺はその触手を掴んだ。


 逃がさない。

 逆に、自分の身体の中から何かが伸びる感覚があった。

 触手。

 俺の内側に、さっき喰った魔獣の力が芽を出していた。

 嫌だ。

 気持ち悪い。

 そんなものを出したくない。

 だが、出さなければ勝てない。

「出ろ……!」

 俺の脇腹から、赤黒い触手が伸びた。

 人間の身体から出ていいものではない。

 レイシアには絶対に見られたくないものだった。

 だが、もう遅い。

 俺はその触手を、魔獣の傷口へ突き入れた。


 奥へ。

 さらに奥へ。

 肉の中を進む。

 魔獣が暴れる。

 無数の口が俺を噛む。

 だが、離れない。

 触手を通して、魔獣の内側が分かる。

 魔力の流れ。

 喰った人間たちの魔法核のようなもの。

 複数の意識の残滓。

 そして、中心。

 そこへ、俺は魔力を流し込んだ。


 普通に外から撃っても、魔法壁で阻まれる。

 なら、内側から焼けばいい。

「サンダー……」

 声が掠れる。

 口の中は血だらけだった。

 それでも、詠唱する。

「ストーム!」

 雷の上級魔法。

 本来なら、広範囲に雷撃の嵐を呼ぶ魔法。

 それを、俺は魔獣の体内で発動した。


 次の瞬間、魔獣の内側で雷が爆ぜた。

 轟音は外ではなく、肉の中から響いた。

 魔獣の身体が大きく膨らみ、裂け目という裂け目から青白い雷光が漏れる。

 内部を灼く雷撃の嵐。

 魔法壁では防げない。

 外皮でも防げない。

 魔獣が、初めて本当の意味で悶絶した。

 巨大な咆哮が空を裂く。

 触手が千切れ、骨の棘が砕け、黒い血が噴水のように噴き出す。


 俺も巻き込まれた。

 自分で放った雷が触手を伝って身体に返って来る。

 全身が焼けるように痛い。

 だが、魔獣へのダメージはそれ以上だった。

「効いた……!」

 俺は血を吐きながら笑った。


 これならいける。

 もう一度。

 もう一度、体内から撃てば。

 そう思った瞬間だった。

 魔獣の身体の裂け目が、ぐにゃりと開いた。

 そこから伸びて来たのは、一本の触手だった。

 ただの触手ではない。

 先端に、あぎとのような口がついていた。

 小さな魔獣の頭部そのもののような、牙だらけの口。

 それが、雷に焼かれながらも俺へ向かって伸びて来る。

 速い。

 避ける間もなかった。

 あぎとが、俺の脇腹に食らいついた。


「ぐあっ!」

 肉を抉られる。

 それだけではない。

 吸われている。

 血。

 魔力。

 さっき俺が喰らって得た力。

 全部を、逆に吸い上げようとしている。

 魔獣はただ喰い返しているだけではない。

 俺がやった事を学んだのだ。

 内側に触手を入れ、そこから力を奪う。


 それを、俺にやり返している。

「この……!」

 俺はその触手を掴み、引き千切ろうとした。

 だが、先端のあぎとは離れない。

 牙が肉に深く食い込み、むしろ俺の身体の中へ潜ろうとしてくる。

 ぞっとした。

 このままだと、また喰われる。


 前回のように。

 魔獣に取り込まれる。

 いや、今度は前回よりひどい。

 俺は既に魔獣の力を大量に持っている。

 これを取り込まれれば、魔獣はさらに強くなる。

 レイシアたちは確実に死ぬ。

「ふざけるな……!」

 俺は剣を逆手に持った。

 脇腹に食いついた触手ごと、自分の肉を斬る。

 激痛。

 だが、あぎとの触手が肉片ごと引き剥がされた。


 俺はそれを掴み、逆に噛み砕いた。

 牙が折れる感触。

 嫌な魔力が口の中で弾ける。

 飲み込む。

 また力が流れ込む。

 だが、同時に頭が割れそうになった。

 混ざり過ぎている。

 俺の中に、魔獣が増え過ぎている。

 どこまでが俺なのか、分からなくなりそうだった。


 それでも、俺は魔獣から離れなかった。

 離れれば、負ける。

 離れれば、後ろが狙われる。

 なら、喰らい続けるしかない。

 喰われながらでも。

 俺は再び触手を魔獣の体内へ突き入れた。


 魔獣も、あぎとの触手を何本も生やして来る。

 互いに、相手の内側へ食い込もうとする。

 雷光と黒血と肉片が飛び散る。

 もはや戦場ではなかった。

 ただの地獄だった。

 その中で、俺は歯を食いしばる。

 俺はヒトだ。

 そう言い続ける。

 口の中は魔獣の血で満ちている。

 身体からは触手が伸びている。

 角を持ち、赤黒い肌をして、互いに喰らい合っている。


 それでも。

 俺はヒトだ。

 レイシアを守ると約束した。

 セリオ先生に託された。

 なら、どんな姿になっても。

 最後まで、俺はアロー・イーブルナイツでいなければならない。


「もう一発……!」

 俺は魔獣の体内で、再び雷の魔力を練った。

 魔獣の無数の口が、俺へ向かって開く。

 喰うか、喰われるか。

 その境目で、俺は雷を解き放とうとしていた。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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