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魔獣英雄アロー  作者: あおおに


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13/18

決着と始まり

 ギルベルトが笑った。

 裂けた口から、獣の牙が覗く。

 人間の笑みではない。

 だが、そこにギルベルトらしさが残っているのが、どうにも気持ち悪かった。


「ようやくだな、アロー」

「何がだ」

「お前と、俺。どっちが上か、はっきりするって事だよ」

「今さらそんな事にこだわっているのか」

「こだわるさ」

 ギルベルトは剣を肩に担ぐように構えた。


 猿のような長い腕。

 兎のような脚。

 骨の装甲。

 そして、元々の剣士としての技。

 その全部が一つの身体に混ざっている。

 俺と同じだ。

 いや、違う。

 ギルベルトは、混ざった事を喜んでいる。

 そこが決定的に違う。


「お前を越えりゃ、俺は本物になる」

「本物?」

「英雄だよ」

 ギルベルトの目が、ぎらぎらと光った。

「魔獣を倒した英雄。化け物じゃない。人間でもない。もっと上だ。俺は、そうなる」


「随分と都合のいい話だな」

「お前だって、そうだろうが」

 ギルベルトの声が低くなる。

「魔獣の力で強くなって、英雄面してやがる。俺だけが化け物みたいな顔をするなよ」

 その言葉に、俺は反論出来なかった。


 違う。

 俺は人間だ。

 そう言いたかった。

 だが、今の俺が、ただの人間でない事は自分が一番分かっている。


 オーガの力。

 ウルフの速度。

 ホーンラビットの脚。

 毒を吐く魔獣。

 スライム。

 バット。

 リザード。

 シャドウラット。

 俺の中には、いくつもの魔獣がいる。


 ギルベルトが化け物なら、俺は何だ。

 答えが出る前に、ギルベルトが地面を蹴った。

 速い。

 先ほどライオネルを襲った時と同じ、魔獣の跳躍。

 だが、俺も見えている。

 俺は剣を構え、正面から迎え撃った。


 金属音が響く。

 重い。

 ギルベルトの剣は以前より遥かに重く、速くなっている。

 それでも、受けられないほどではない。

 俺もまた、以前の俺ではない。


 オーガの力が腕を支え、ウルフの反応が剣筋を追う。

 ホーンラビットの脚が、踏み込みに耐える。

「おらぁっ!」

 ギルベルトが連続で斬り込んで来る。

 上段。

 横薙ぎ。

 突き。

 返す刃で首。


 さらに、猿のような長い腕を活かして、普通なら届かない距離から斬撃を伸ばしてくる。

 俺は受け、かわし、後ろへ下がった。

 一撃一撃が速い。

 そして、上手い。


 魔獣化する前、俺はギルベルトの剣に勝てなかった。

 魔獣の力を得てからは、身体能力で上回り、押し切れるようになった。

 だが今は違う。

 ギルベルトも魔獣化した。

 パワーとスピードは、ほぼ互角。

 いや、跳躍力や腕の長さを考えると、瞬間的にはギルベルトの方が上かもしれない。

 そして、剣の腕は確実にギルベルトが上だった。


「どうした、どうしたぁ!」

 ギルベルトが笑う。

 剣が俺の肩を裂いた。

 血が飛ぶ。

 痛みが走る。

 だが、その傷はすぐに熱を帯び、肉が寄り、塞がっていく。

 先ほどのギルベルトと同じように。


 それを見て、ギルベルトの笑みがさらに深くなった。

「ほらな! お前も同じじゃねえか!」

 次の一撃が、俺の脇腹を斬る。

 俺は剣で受け損ね、血飛沫を上げながら後ろへ跳んだ。


 レイシアの息を呑む音が聞こえた。

 カイルたちが何か叫ぼうとする。

 セリオ先生が制した気配。

 周囲の声が、耳に刺さる。

 だが、今は聞いている余裕がない。


 ギルベルトは速い。

 そして、しつこい。

 傷が塞がると分かっているから、普通の剣士なら避ける攻撃も、平気で押し通してくる。

 俺が肩を斬っても、ギルベルトは怯まない。

 ギルベルトが俺の腕を斬っても、俺も止まらない。


 剣士同士の戦いではない。

 傷ついてもすぐに治る二体の化け物が、剣の形をしたものをぶつけ合っているだけだ。

 そう思った瞬間、胸の奥が冷えた。

 違う。

 俺は化け物ではない。

 そう思いたい。


 だが、俺の身体は血を流しながら、平然と傷を塞いでいる。

 それを見た兵たちの顔は、恐怖に歪んでいた。

 俺の事を、どう見ているのか。

 考えたくなかった。


「ほら、どうした、英雄様よ!」

 ギルベルトが大きく踏み込む。

 俺はその剣を受けた。

 だが、次の瞬間、ギルベルトの左手が伸びて来る。

 爪。

 剣ではない。

 獣の爪が、俺の頬を掠めた。

 熱い痛み。

 俺がわずかに怯んだところへ、ギルベルトの蹴りが飛んで来た。

 兎の脚から放たれた一撃。

 防御が間に合わない。

 腹に衝撃が叩き込まれ、俺の身体は後方へ吹き飛ばされた。


 地面を転がる。

 息が詰まる。

 だが、俺はすぐに起き上がった。

 腹の奥で何かが軋む。

 折れたか。

 いや、戻り始めている。

 嫌になるほど便利な身体だった。


「お前も本性を出せよ!!」

 ギルベルトが叫ぶ。

 その声は、喜びに震えていた。

「角でも爪でも牙でも、出せばいいだろうが! もう隠す必要なんてねえ! こいつらだって見てるぞ! お前の傷が塞がるところを! 血まみれになっても立ち上がるところを! もうヒトのふりなんざ無理なんだよ!」


 ギルベルトの言葉に、周囲がざわめいた。

 俺は、ちらりとレイシアを見そうになった。

 だが、見なかった。

 見れば、心が揺れる。

 今は駄目だ。

 俺は剣を握り直す。


「俺は、ヒトだ」

「へっ」

 ギルベルトは吐き捨てるように笑った。

「まだ言うか」

「言うさ」

「なら、ヒトらしく死ねや!」

 ギルベルトが再び跳ぶ。

 剣と爪と蹴り。

 その全てが混ざった攻撃。

 俺は受け切れなかった。


 剣を受けたと思えば、爪が腕を裂く。

 爪を避ければ、脚が飛んで来る。

 脚を受けると、その反動で剣が別の角度から迫る。

 人間の剣術に、魔獣の身体能力を無理やり混ぜた動き。

 粗い。

 粗いが、厄介だ。

 何度も吹き飛ばされた。


 木の根元に叩きつけられ、地面に転がり、肩から血を流す。

 そのたびに、身体は勝手に治ろうとする。

 俺は立ち上がる。

 また吹き飛ばされる。

 また立ち上がる。

 兵たちの顔から、恐怖すら薄れていた。

 理解が追いついていないのだろう。


 カイルたちは青ざめながら、それでも見ている。

 レイシアの気配は、動かない。

 逃げていない。

 見ている。

 俺が何者なのかを。

 その事が、痛い。

 痛いが、支えにもなった。

 俺は倒れられない。

 彼女が見ている前で、ギルベルトのようにはなれない。


「しぶといんだよ!」

 ギルベルトが苛立ち始めた。

 優勢なのは向こうだ。

 剣では向こうが上。

 攻撃も当たっている。

 俺は血まみれだ。

 だが、倒れない。

 それが気に入らないのだろう。

 

「何で倒れねえ! 何で吠えねえ! 何で本性を出さねえ!」

「必要ないからだ」

「強がるな!」

 ギルベルトの目が血走る。

 魔獣の力に酔っている。

 だが、その奥には焦りがあった。


 自分は強くなった。

 兄を倒した。

 俺も押している。

 なのに、決定的に壊せない。

 それが我慢ならない。

「くたばれや!」

 ギルベルトが大上段に剣を振りかぶった。

 力任せ。

 だが、速い。

 まともに受ければ、剣ごと叩き折られる。

 俺はその瞬間、やっと待っていた隙を見た。


 ギルベルトは剣士として俺より上だ。

 だから、剣だけで戦えば分が悪い。

 だが。

 俺は剣士だけではない。

 魔法使いだ。

 魔獣の力を得る前から、ずっと。

 俺は左手を前に出した。


「剣だけでは勝てなかったが」

 魔力を練る。

 ギルベルトの目が見開かれる。

「何でもありなら、俺が上だと忘れたのか?」

「なっ――」

「サンダージャベリン」

 雷の槍が、至近距離で放たれた。

 ギルベルトは避けられなかった。

 剣を振り下ろすため、身体が伸び切っている。

 骨の装甲も、胸の中央までは守っていない。

 雷槍がギルベルトの胸を貫いた。


 轟音。

 焦げた臭い。

 獣毛が焼け、血が吹き出す。

 ギルベルトの身体が大きく仰け反った。

「が、はっ……!」

 そのまま、地面に崩れ落ちる。

 俺は息を吐いた。

 全身が痛い。

 だが、動ける。


 ギルベルトは倒れている。

 胸の穴から血が流れ、焼けた肉の臭いが立ち上る。

 再生が始まっているが、遅い。

 さすがに心臓近くを貫かれては、すぐには戻らないらしい。


「俺の勝ちで良いか?」

 俺は剣を構えたまま言った。

「くっ……」

 ギルベルトが地面に爪を立てる。

 起き上がろうとするが、身体が言う事を聞いていない。

 それでも、目だけは死んでいなかった。


 嫌な目だ。

 負けを認めていない。

 だが、今すぐ動ける状態でもない。

 俺は一歩近づいた。

「一つ聞かせろ」

「ああ?」

「お前を食った魔獣って、お前とはまた別の……?」

 言いながら、俺は自分でも変な質問だと思った。


 だが、重要だった。

 ギルベルトがここにいる。

 魔獣化している。

 では、霧の森にいるという魔獣は何なのか。

 ギルベルト自身なのか。

 それとも、別にいるのか。

 ギルベルトは、血を吐きながら笑った。


「ああ、あんなのに呑まれたままでいる訳にいかないからな」

 彼は、自慢するように言った。

「身体を切り離してやったんだ」

「は?」

 俺は思わず素の声を出した。

「そんな事やったんだ?」

「ああ」

「すごいな、お前」

 これは本音だった。


 嫌味ではない。

 俺は、魔獣に飲み込まれた。

 気づけば、自分が魔獣の身体と混ざっていた。

 そこから戻って来たのも、半ば偶然に近い。

 だが、ギルベルトは違う。

 呑まれた状態から、自力で己と魔獣を切り離した。

 姿は変わり果てているが、意識を保ち、ギルベルトとして戻って来た。


 それは、確かに凄い。

 認めたくはないが、凄い。

 ギルベルトは、少しだけ得意げに口を歪めた。

「今さら褒めるなよ」

「本当に凄いと思っただけだ」

「へっ……」

 ギルベルトは血に濡れた牙を見せた。


「そんな事よりよ」

 その声が、急に低くなる。

「お前も分かってるんだろ」

「何を」

「あの力の味を!」

 ギルベルトの目がぎらりと光った。

「喰えば強くなる。身体が変わる。世界が広がる。耳も、鼻も、目も、筋肉も、骨も、全部が新しくなる! 今まで自分がどれだけ鈍くて弱かったか分かる! あの感覚を知って、それでも戻りたいなんて、本気で言ってんのか?」


 俺は黙った。

 分かる。

 分かってしまう。

 ホーンラビットを喰った時、耳が広がった。

 足が速くなった。

 ウルフを喰った時、世界の匂いが変わった。

 オーガを喰った時、力が満ちた。

 ミノタウロスの肉を齧った時、恐怖と同時に、とてつもない力の誘惑があった。

 ギルベルトの言葉は、俺の中の弱い部分を正確に突いていた。


「なんで、いつまでもヒトのふりなんぞしてやがる?」

 ギルベルトが笑う。

「ふりをやめりゃ楽だぜ。力を受け入れろよ。お前もこっち側だろうが」

 俺は、ゆっくりと息を吐いた。

 答えは、決まっている。

 揺れる。

 怖い。

 迷う。

 それでも、決まっている。

「俺はヒトだ」

 ギルベルトの顔が歪んだ。


「へっ、何を綺麗事を」

「綺麗事でも、言い続ける」

「見苦しいんだよ」

「そうだな」

 俺は剣を構え直した。

「もういい。そろそろ引導を渡すぞ」

 ギルベルトの再生が進んでいる。

 これ以上待てば、また動けるようになる。


 殺すしかない。

 いや、討つしかない。

 そう思った。

 だが、ギルベルトは笑った。

 焦りも恐怖もなく、ただ愉快そうに。

「いや、そうも言ってられねぇぜ」

「え?」

 次の瞬間だった。

 霧の森のすぐ内側から、巨大な咆哮が響き渡った。


 空気が震えた。

 地面が揺れた。

 馬が悲鳴を上げ、兵士たちが一斉に身構える。

 レイシアの護衛たちが彼女の前に立つ。

 カイルたちも武器を構えた。

 俺は反射的に森を見る。

 霧の奥。

 そこから、嫌な匂いが押し寄せて来た。


 魔獣の匂い。

 濃い。

 あまりにも濃い。

 俺の中の魔獣たちが、一斉に怯えるような感覚があった。

「来ちまったなぁ」

 ギルベルトが地面に倒れたまま、楽しげに呟く。

「奴が」

「奴……」

 森の奥で、木が砕ける音がした。

 一本ではない。

 二本、三本。

 破砕音が連続し、黒い木々が霧の中で倒れていく。

 鳥が一斉に飛び立つ。

 獣たちが逃げ出す気配。

 いや、逃げ遅れた何かが潰される音まで聞こえた。


 やがて、霧の奥から巨大な影が現れた。

 前回の親魔獣ほどではない。

 だが、小さいという噂は何だったのかと思うほど、十分に巨大だった。

 歪な胴体。

 いくつもの魔獣の部位を繋ぎ合わせたような四肢。

 背中には骨の棘。

 頭部は獣のものとも爬虫類のものともつかない。

 片方の目は異様に大きく、もう片方は潰れたように小さい。

 口は横に裂け、そこから無数の牙が覗いている。

 そして、その身体の一部が、今も蠢いていた。

 まるで、完成しきっていない。

 あるいは、まだ別の何かを取り込もうとしている。


 その巨体が、森の木々を薙ぎ倒しながら姿を現した。

 俺は剣を握る手に力を込めた。

 ギルベルトを見下ろす。

「お前が切り離した残りか」

「ああ」

 ギルベルトが笑う。

「俺を喰い損ねた、化け物の残りだ」

 魔獣が咆哮した。

 その声を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たいものが走った。


 知っている。

 この気配を。

 この飢えを。

 この、全部を喰らって一つになろうとする感覚を。

 霧の森の本命が、ついに姿を現した。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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