異世界から来たガイア 72
第72章
マリク
タルクンから、ミルワンの首都で何があったのか報告を受ける。
俺のほかに、ザナンザ、ジル・バム、バンヌ、ラッファルがいる。
俺は司令部として使っている天幕の中を、何度も行ったり来たりしながら、怒りに任せてすべてを叩き壊したくなる衝動を必死に堪えている。
あの馬鹿なガイアは、戻ってこようとしなかった。俺を街の中へ入れるために、何かを準備しているらしい。反乱だ。
馬鹿め。
俺のもとへ安全に戻ってくればよかったのだ。彼女の手助けがあろうとなかろうと、街はいずれ落とすのだから。今頃は抱き合っていられたはずだし、敵の手の中ではなく、俺の腕の中で安全に過ごせていたはずなのだ。
「以上が、私からのご報告です、陛下」タルクンが報告を締めくくる。
「あの馬鹿が……」俺は低く唸る。
ジル・バムが床の腰掛けに腰を下ろす。「ガイア様は、いかがでしたか?」
「お元気そうでした。疲弊した様子もなく、到着されてからの経過を調べましたが、民衆の支持を集めておられます」
「病院の一件でか?」その記述には、俺も書記官も驚かされた。
「その通りです。それから、王が試練を課したという噂も耳にしました。どこまで信じるべきかは分かりませんが」
「話せ」俺は促す。
タルクンは、ガイアが闘技場で受けた二つの試練について語る。捕虜の口にくわえさせられた木の実を矢で射落とすという、俺には不可能に思える試練と、弓矢だけで飢えたライオンと戦う試練で、彼女は見事に成功させたらしい。「さらに陛下、試練を乗り越えた彼女には、王に願いを一つ叶えてもらう権利が与えられました。誰もが自由を求めると思ったはずです」
「俺もそう思ったはずだ」俺は認める。
ジル・バムが頷く。
「ですが、ガイア様はそうされませんでした。捕虜たちを人道的に扱い、労働と引き換えに食事を与えるよう願われたのです」
俺とジル・バムは顔を見合わせる。「天才的だ」俺たちは異口同音に呟く。
「もし自由を求めていたら、ヴェルティワザは追っ手を放って殺していたでしょう。ガイア様は確実にそこまで見抜いていたはずです」彼女は打ち得る最高の手を打ったのだ。
「ええ。それに、その願いによって捕虜たちを救っただけでなく、寛大で情け深い人柄を示しました。支配者が思いやりを見せれば、民衆は心を寄せるものです」
「そうだな、ジル・バム。お前と父上から、何度も聞かされた」
「私が見た限り、ガイア様は民衆から愛されることに成功しています。この提案と、その後の病院での活動によって、人々はすぐに彼女に好感を抱きました」
「そこまでは思いもしなかった」自分のガイアに対して、腹を立てるべきなのか誇らしく思うべきなのか、俺には分からなかった。
ジル・バムが顎を撫でる。「随分と成長されましたな」
「ああ」
「陛下、本当に彼女を送り返すおつもりですか?」
「そうだ。約束した」背景にある後悔の念が胸を刺す。
「どうかご一考を。彼女なら、優れた『戴冠せし焔』になれるかもしれません」
それを誰かが口に出したのは、これが初めてだった。「分かっている。だが、彼女の居場所はここではない」
「ここが居場所になるかもしれません。陛下が伴侶として待ち望んでおられる女性こそ、彼女なのでは?」
「分かっている。ガイアには偉大な皇后となる資質がすべて備わっている」
「陛下が約束を重んじるお方なのは承知しております。ですが、どうかご思案を」
「皮肉なものだな。俺が側室を娶ったときに最も反対していたお前が、今や真っ先に結婚すべきだと主張しているのだから」
「生きているうちに考えは変わるものです。私は愚見を申し上げたに過ぎませんが、陛下ご自身も心の底ではそれを望んでおられるはずです」
そうだ。心の片隅では、俺もそれを望んでいる。ガイアの代わりなどどこにもいない。彼女なら、素晴らしい皇后になれるだろう。「俺は彼女に約束したのだ」自分に言い聞かせなければならない。
「陛下」ジル・バムが立ち上がり、両手を背中に回す。「どうかご思案ください。ある予言に語られる『長靴の国から来る女』ではないのかもしれませんが、我々が耳にした事績が目覚ましいものであることはお認めになるでしょう。私なら、そのようなお方を手放したりはいたしません」
「ジル・バム、私がお前を買っている理由は三つある。まずお前の知性だ」彼一人で少なくとも十人分の価値がある。「次にお前が私に寄せる忠誠心。そして最後は、お前が私よりもずっと道徳心に縛られない点だ。おかげで私自身の手を汚したくない仕事を任せられるし、私からは公に口にできない提案や考えを自由に発言させることができる」
「それも私の役目でございます、陛下」
「だが、私はお前とは違う。彼女には約束したのだし、ここでは彼女の命があまりにも危険に晒されている。そのうえ、彼女には帰りを待つ家族もいる。約束は果たさねばならない」
「仰せのままに」
「陛下、私の意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」タルクンがおずおずと床に視線を落とす。
「言え」
「ガイア様のことについてはジル・バム殿のおっしゃる通りだと思います。私も彼女に我らの皇后となっていただきたいです」
俺はため息をつく。俺だってそう望んでいる、だがそんなことは絶対に不可能なのだ。「もうその話はやめろ。それほどガイアを想うなら、迎えに行くしかない」天幕にいる他の者たちにも視線を向ける。「勝たねばならぬ戦があるのだ」
皆、静かに一礼して天幕から出ていく。
ザナンザだけが、その場に留まった。
「ザナンザ、お前までガイアを引き留めろとか、皇后に迎えたいとか言うつもりなら、今はそんな話をしている時じゃないぞ」
「どうしてだ?」
「あの馬鹿は、絶好の機会を生かして俺のもとへ戻ってくるべきだったんだ。こんなふうに自分から危険に飛び込むなんてあり得ない。おかげで腹が立って仕方ないし、気が狂いそうなほど心配なんだ」
「それだけの理由で俺に言うなと? マリク、お前が本当はもっと理性的な男だってことくらい、皆知っているさ。口にされたくないのは、別の理由があるからだろう」
俺は冷ややかな目で彼を睨みつける。
「いいさ、はっきり言ってやるよ。誰よりも彼女に残ってほしいと思っているのはお前自身だ」ザナンザは腕を組み、挑むような目つきで俺を見据える。「違うか?」
俺は鼻を鳴らす。「違う。俺は彼女に残ってほしいなんて思っていない」
「彼女への接し方や態度を見ていれば、とてもそうは思えないがな」
「どう見えるというんだ、言ってみろ」
「惚れ込んでいるようにしか見えないね。お前がこれほど心を取り乱し、誰かに夢中になったことなんて今まで一度もなかっただろう」
「そんなに分かりやすかったのか……」他の連中にどれほどからかわれるか分かったもんじゃない。
「念のために言っておくが、そのせいで俺とジル・バムはキクとの賭けに負けたんだぞ」
「俺がガイアに惚れるかどうかに賭けていたのか?」
「ああそうだ。おかげで大金をすったよ、兄上」
「だが、俺が何かを認めたのはこれが初めてだぞ」これまで誰にも何も言ったことはないのだから。
「見れば分かるさ。戦争の進め方一つをとってもそうだ。敵の防衛線を徹底的に壊し、通信を遮断している。お前は会戦も望んでいなければ、和平協定で済ますつもりもない。お前は本気でミルワンを壊滅させる気だ」
「それは最初からの計画だ」
「ここまでのやり方は想定外だったはずだ。まあ、俺としては歓迎だし、最高の選択だと思っているがね」
「つまり、お前たち全員、俺がガイアを大切に思っていることに気づいていたというわけか」
「お前の気持ちは隠しようもないってことだ。どんな女の誘いも断り、挙句の果てに寝言で彼女の名前を呼んでいるんだからな」
俺は手のひらで額を叩いた。気が昂ると寝言を言う忌々しい癖のせいだ。「……俺はそんなに滑稽か?」
「いや。絶対にそんなことはない」
俺は疑わしい目で彼を見る。
「マリク、俺は本気で言っているんだ。本当に滑稽だったのはゲスアに対する俺のほうさ」生きていた頃よりも死んでからのほうが彼女を想っていることを言っているのなら、確かに少し滑稽かもしれない。「むしろ、お前は以前より敬意を集めるようになったと思うぞ」
「どういう意味だ? 普通、恋をした人間は骨抜きになって呆け走るものだろう。敬意など勝ち取れるわけがない」
「でも、お前は昔からずっと呆けてるじゃないか」
「くたばれ」思わず笑みがこぼれる。
「誰かを愛するというのは、俺たちが人間である証拠だ。お前にもそうした感情があると知って、皆はお前を新たな光の下で見直したんだ。優れた政治家であり軍人、現実主義を捨てない理想家で先見の明を持つ王子という顔の裏に、俺たちと同じ一人の人間がいるのだとな」
「それがどうして俺への敬意を高めることになるのか、さっぱり分からんがな」
「共感だよ。お前をずっと身近に感じられるようになったのさ。それにガイアが現れてから、お前の行動には思いやりが増した。より人間らしくなったんだ」
「俺は以前、嫌な奴だったとでも言うのか?」
「そんなことは言っていない」
「そう聞こえたがな」
「マリク、助言させてくれ。もし彼女を愛しているなら、留まる理由を与えてやれ。このまま手放せば一生後悔することになるぞ。視界にあるすべてを失ったような、その空惑を埋めてくれるものなんて何一つないんだ」
ため息をつく。ザナンザは経験から話しているのだし、あいつが正しいことも分かっている。理解できるし、分かってもいる。あいつの目を見れば分かるし、母上が亡くなったばかりの頃、父上の目にも同じものを見たことがあった。「考えておく」
ザナンザは俺の肩をポンと叩く。「お前には皇帝になる機会がある。なら、幸せになる機会まで手放すなよ」
俺は呆然と立ち尽くした。
ザナンザは天幕を出ていき、俺を一人にした。
ガイアをこの手元に留め置くこと。毎日そのことばかり考えている。だが、彼女を大切に思えばこそ、ここに残してたくはないのだ。泉から現れた最初の瞬間から、ここでは彼女の命はずっと危険に晒され続けてきた。保護しようとすることすら、結局は彼女の命を危険に晒しているだけなのだ。
俺は天幕の中を行ったり来たり歩き回る。
確かに、エンラアさえいなくなれば俺たちの命を脅かす最大の脅威は消え去り、ガイアが危険に晒されるリスクもほぼなくなるだろう。だが、それには何年もかかるし、その間に何が起こるか分からない。そもそも俺たち全員が評価を見誤っていて、ガイアの成していることを誇張しすぎている可能性だってあるのだ。
俺は自分の顔を自らひっぱたく。
とんでもない戯言を考えてしまった。彼女が今やっていること、そしてこれまで成し遂げてきたことは、仮に男の仕事であったとしても称賛に値する。女であるならなおさらだ。しかも彼女にとって何もかもが初めての経験なのだ。ガイアが神々の祝福であることに疑いの余地はない。
だが、自分のためだけに彼女を引き留めるほど我が身勝手にはなりたくない。彼女の故郷には帰りを待つ人々がいて、彼女の居場所はそこなのだ。
天幕の外へ出ると、眩しい太陽の光に思わず目を細める。
遠征再開の準備が活発に進められており、槍や剣を研ぐ兵士もいれば、矢や盾を組み立てている兵士たちもいる。
今夜までに、調達に向かわせた部隊も戻ってくるはずだ。
ここから首都へ直接攻撃を仕掛けることもできるが、背後を突かれるリスクがある。障害をなくすため、まずはその手前にある三つの都市の部隊を排除しなければならない。
俺は小石を蹴ると、戦車が置かれている区画へと向かった。
キクをはじめとする厩番たちが馬たちの世話をしている一方、四人の兵士の小集団が横倒しになった戦車を修理していた。取り寄せさせることに成功した新型の戦車の一台だ。彼らは車輪を直している。
直近の二つの戦いで、俺たちは敵を完全に粉砕した。二度の完全な勝利だ。敵は降伏し、逃亡を防いだことで秘密兵器の情報が漏れるのも阻止できた。
一人の兵士が悪態を吐く。「くそっ、指をやられた!」
「手当てしてもらいに行け」と、白いものが混ざる髭を生やした中年の兵士が助言する。
「ああ、でも車軸を直さなきゃいけないんだ」
「手を丸ごと失う前に、まずその指を治してこい」
「あんたらはどうするんだよ?」
「俺が手伝おう」俺は前に出る。
「陛下」兵士たちが声を揃えて挨拶する。
灰色の髭の男は敬意を払って視線を落とした。「陛下のお手を煩わせるような仕事ではございません」
「まず第一に、俺もお前たちと同じ兵士だ」
「仰せのままに、陛下」彼らの中に将校はいない。もしそうなら俺を押し止めようとしただろう。「陛下がおいでなのだ、きっちり働きやがれ。さもないと指を噛みちぎってやるぞ」と残った二人に唸る。
「何をすればいいか言ってくれ」俺は尋ねる。
「車輪をつないでいる回転軸の支持部を固定しなければなりません」
「分かった」
「お前たち二人」灰色の髭の男は残りの二人の兵士を呼ぶ。「支持部を滑らせて所定の位置に合わせろ」彼は俺の目を見ないよう、相変わらず胸元に視線を向けている。「陛下、俺たち二人は反対側へ回り、杭で固定します。俺が杭を押さえますので、陛下は槌をお使いください」
「よし」俺が指を挟まれたり怪我をしたりするのを避けたいのだろう。
俺は槌を手にする。二人の兵士が支持部を動かす。それは鉄製で、杭も同じく鉄でできていた。
兵士たちはすでに気づいているかもしれないが、我が方の戦車がこれほど圧倒的になったのは鉄のおかげなのだ。そしてヴェルティワザも、俺たちが何をし得るのか、じきに思い知ることになる。




