異世界から来たガイア 71
第71章
ガイア
疑われないように、私は病院へ戻る。
胸いっぱいに幸福を抱え、興奮を抑えきれないまま歩いていく。
あのハートが意味するのは、マリクが私を大切に思ってくれているということ。私を迎えに来たいと思っていて、本当に迎えに来てくれるということ。それも、ただ約束したからじゃない。私を大切に思っているからだ。それに、もうすぐ私の誕生日だ。きっと覚えていてくれる。私と一緒に過ごすと約束してくれたし、もしかしたら、その約束を守るために何かしてくれるかもしれない。
早くもう一度、彼を抱きしめたい。
病院の前には、洗濯を終えて戻ってきた女たちがいる。
「エクセレンス」
「どうしたの、イラール?」
「立ち入ったことをお聞きして申し訳ありませんが、先ほどのことで、本当にそんなにお喜びなのですか?」
「ええ、とっても」私は口元を手で隠し、馬鹿みたいにくすくす笑ってしまう。私はすっかりマリクに夢中で、彼も私を想ってくれている。
「先ほど受けた申し出が、そんなにお気に召したとは思いませんでした」
あ、そうか。彼女は何も知らないんだった。「そうね。自分を守ってくれる人がいるって分かると、ほっとするもの。今までは部屋を出るのも落ち着かなかったから」
「そんなにご心配でしたら、私がお守りしてもよかったのですが」
「戻ってきた頃には、あなたも疲れてるでしょう。それなのに、そんな責任まで負わせるのは申し訳ないわ」
「ですが、エクセレンスに従い、お世話をするのが私の仕事です」
「それに、あなたはもう十分よくやってくれてるわ」
「ありがとうございます、エクセレンス」
病院に入り、患者たちの容体について報告を受ける。
たとえ私がどこにいるか知っていたとしても、タルクンがここへ私を探しに来るとは思えない。あまりにも危険すぎる。私のほうからマリクに連絡して、ここを目指すよう伝えなければならない。探して、私自身が彼のために門を大きく開くの。
問題は、囚人を誰か一人も送り出せないこと、探して他の誰にも私の伝言を託せないことだ。
スマートフォンがあれば、どれだけ助かっただろう。
一番いい解決策は、囚人の一人に馬を与えることだ。ほかに方法はない。
いつも通り傷口を清め、会話を交わしながら、その間もあらゆる可能性について考え続ける。
作業を進めれば進むほど、誰かを、それも囚人を密かに逃がすのは難しいと思えてくる。
商人相手のほうがまだ望みがあるかもしれない。たっぷり報酬を払えば受けてくれるだろうが、さらに大きな報酬と引き換えに私を売るかもしれないし、いずれにせよメッセージが目的地に届く保証はない。
イラールが私のチュニックを引っ張った。「エクセレンス、裏の庭で男が一人、気を失っているそうです」
「運ぶのを手伝いに行きましょう」
私たちは病院の裏庭へ走る。そこは、十本ほどの木々が日陰を作っているだけの荒れた土地だった。
木にもたれかかっている男がいる。黒い髪に、質素なチュニックとサンダル姿だ。
「あの人のことね」私たちは近づく。
顔は汚れていて、眉のあたりに切り傷がある。それなのにどこか見覚えのある顔だ。髪が短いこと以外は、本当にタルクンにそっくりだ。脈を確かめるために首筋に二本の指を当てる。まだ脈はある。息もあるが、ごく浅い。
もし本当にタルクンなら、イラールの前で目を覚まさせるわけにはいかない。
「イラール、彼を横にするのを手伝って。私が足を上げている間に、濡れた布と気付け薬を持ってきてちょうだい」
「かしこまりました、エクセレンス」
侍女の手を借りて男を寝かせると、それがタルクンであると完全に確信できた。正体を隠すために髪を切ったのだろう。
イラールが頼まれたものを取りに行き、数分間の猶予ができた。
私はタルクンの足を持ち上げる。起きてくれないと困るのだ。
タルクンが片目を開けた。「お目にかかれて光栄です、エクセレンス」
「やっぱり、あなただったのね」
「ええ、私の演技はうまくいったようですね」
「本当に気を失っていたわけじゃないの?」
「いいえ。ですが、あなたをここへ呼ぶためにそうだと思わせたのです。囚人たちに伝えておきました。彼らへの対応、実に見事な手腕ですね」
「ありがとう。でも、あなたはもう遠くへ逃げているはずじゃなかったの?」
「あなたを連れずに戻ったら、マリク様に指を切り落とされますから」
「あ……じゃあ、最初から去っていなかったの?」
「一度外へ出て王の密偵を巻き、それから戻ってきたのです。ミルワン全土であなたがここでなさっていることが話題になっていますからね。あとはあなたをお待ちするだけでした」
「つまり、私を連れ戻すためにここへ……」私は囁く。
数日後には、ここから遠く離れた場所で、マリクの腕の中にいるかもしれない。もちろん、私たちの企みがばれなければの話だけど、タルクンにはもう何か策があるのだろう。
でも、私がいなくなれば戦争はあと数か月続くかもしれない。そうなればマリクも戦いに拘束されるし、マリクがいなければ私は故郷のイタリアに帰れない。「でも、戦争は何か月、あるいは何年も続くかもしれないわ」
「あなたが我々の側についてくだされば、もっと早く終わります」
「兵士たちの士気のため?」
「その通りです。それに、我々にはもうひとつ驚かせるものがあります」
「でも、そのあとはこの街を包囲することになるんでしょう?」
「おそらくは」
包囲戦は何か月も、下手をすれば何年も続くかもしれない。その間ずっと、マリクが私を故郷へ帰すために戦場を離れられるとは思えない。そんなことはしないだろう。彼にとってこの遠征は、望む平和を実現するための重要なステップなのだから。「できないわ」
タルクンが目を見開き、絶句した。「……何ですって?」
「帰れないの。帰りたいわ、でもできない」
「意味が分かりません」
周囲を見回すが、イラールの姿はまだ見当たらない。「聞いて。一度しか言わないから、途中で口を挟まないで。質問もしないで」私は囁く。
タルクンが頷く。
「この場所は、捕虜たちと連絡を取るために私が確保したの。すでに百人ほどを仲間に引き入れたし、その数は毎日増えているわ。採石場で働く貧しい人々や奴隷たちの間でも、かなりの支援が得られるはずよ」私は言葉を切り、彼に意味を噛み締めさせる。
イラールが庭の入口をくぐった。
「あなたたちが外で戦っている間に、私たちが城門を開けるわ」私はそう締めくくった。
タルクンが頷く。
「エクセレンス」イラールが足早に私の隣までやって来る。「必要なものは揃いました。傷を洗いますね」
「ええ、患者は意識を取り戻したから気付け薬はもういらないわ。でも、傷は洗ってあげて」
「かしこまりました」
イラールがタルクンの額を拭う。手つきは繊細で正確だ。私と一緒にいるようになってから、彼女はずいぶん自信を持つようになった。できることなら、彼女のことも救ってあげたい。
私たちはタルクンを座らせ、木に背中を預けさせる。役者にでも転職したほうがいいんじゃないかしら。気を失っていた振りをあまりにも見事に演じている。
自分が一番合理的で安全な選択をしていないことは分かっている。ここで過ごす一日一日がリスクだ。けれど、今去ってしまえば、この人たちと一緒にやってきたことを裏切ることになる。それに、これまでずっとマリクの足手まといだった私が、城門を開けることに成功すれば、この戦争を終わらせることができるのだから。
イラールが濡らした布を絞り、彼の顔を拭く。そこまで拭く必要もないのだが、彼女は若い男の顔を間近で眺めるのが好きらしい。気の弱い女の子だった癖に、ちゃっかり男を惹きつける術を覚え始めていた。
「イラール、気付け薬は借りてきたの? それともツケで?」タルクンとの話を終わらせなければならない。
「ツケです、エクセレンス。いつものように」
「よかったわ。終わったら片づけておいてちょうだい」
「かしこまりました」
侍女はなおも少しの間、タルクンの顔に視線を留めている。
実のところ、今まで気に留めたこともなかった。マリクと比べたら誰も彼も霞んで見えるからだ。けれど、彼もなかなかの男前だ。
イラールは立ち上がり、ふうっと息を吐いた。「こちらは終わりました、エクセレンス」
「ありがとう、イラール。もう行っていいわよ。私は彼に少し話を聞いて、戻る場所があるのか、それとも今夜の寝床を探してあげるべきか確認しておくから」
「かしこまりました」
イラールが離れていく。
タルクンは彼女のお尻を目で追った。「可愛いですね」
「とても素直で可愛い子よ」
「そういう意味で言ったのではありませんが、まあ、おっしゃる通りです」
「もちろん、そういう意味じゃないわよね」結局のところ、男なんてみんな同じだ。
「ですが、なぜここに残ろうとされるのですか? 私と一緒にマリク殿下のもとへ戻り、無用な危険を避けてください」
「そうしたいわ、喉から手が出るほどそうしたい。毎晩マリクに抱きしめられる夢を見るくらい、彼に会いたくてたまらないの。あなたやジル・バムみたいな親しい顔に会えるのがどれほど恋しいか、あなたには想像もつかないでしょうね」
「ありがとうございます、エクセレンス」
「でも、これまで私はマリクにとってお荷物だった。だから今度は恩返しがしたいの。敵は私を利用しようとしたけれど、私をここへ連れてきたことが最大の失策だったと証明してやるわ」
「ずいぶん大胆で、危険な賭けですね」
「夜陰に紛れて密かに逃げ出すのだって、十分に危険よ」
「それについては、ちゃんと手を打ってあります」
「あなたを信じています。でも、私がここを去れば、私が助けた捕虜たちは皆、死刑にされることになる。それだけじゃない。私の周りにいてくれた人たちまで、ひどく困難で危険な状況に追い込むことになるわ」
「今のあなたの計画でも、すでにそうなっておられますよ」
「戦争に勝てば、そうはならないわ」
「それは、イシュダーが我々とともにいる場合です」
「でも、イシュダーはずっとあなたたちとともにいたでしょう? そういえば、以前マリクに言われたことがあるの」
「あいにく、私には見当もつきません」
「一番難しいのは、都市の城壁の中に入ることだって」私は彼にその言葉の意味を噛みしめさせた。「私はもう中にいるの。あなたたちは王を引きずり出して。そうすれば、私がこの首都の門を開ける。それで戦争は終わりよ」
「勇敢でいらっしゃいますね、エクセレンス」
「それに、少しばかり愚かで身の程知らずなのかもしれないわ」
「私からは、とても口にできません」
「でも、そう思ったでしょう?」
「実のところ、殿下にどう報告すれば罰を受けずに済むかを考えているのです」
「私が話したことを全部伝えて、早くするように言って。そうすれば、私たちは一緒にいられるわ」
「どうしても、お考えを変えていただくことはできませんか?」
私は首を横に振った。「信じて。苦渋の決断だけど、これが私の選択よ」
「ならば、従うほかありません、エクセレンス」
「できるだけ早く街を出てマリクのところへ行って。私が言ったことを伝えるの。私はここで待っているわ」
タルクンは立ち上がり、頷いた。「分かりました。どうか耐えてください、エクセレンス。くれぐれもお気をつけて」
「いつものことよ」
「発つ前にもう少しここにいます」
「考えを変えるつもりはないわよ」
「疑われないためです」
「日が暮れる前に街の門は閉まるわ。今すぐ出たほうがいい」
「どんな口実で?」
「実はそこまで重症ではないから、病気の悪霊から離れられる別の場所に宿を取ることにした、とでも言えばいいわ」
「分かりました。では参ります、エクセレンス」
私は小さく頷き、彼を見送った。「何をすべきか、分かっているでしょう」
タルクンは病院を出ていった。どうか無事にマリクのもとへたどり着いて、すべてを話してくれますように。それに、マリクが彼を罰しませんように。結局のところ、私が戻らないのは私自身の意思で決めたことだし、彼を有利にするためなのだから。
イラールが私のところへ戻ってくる。「エクセレンス、あの気を失っていた男性は?」
「出ていくことにしたの。それほど重症でもなかったし、ここにいると危険を感じたみたいで」
「ですが……」
「病気の悪霊のことよ、あなたが何かしたわけじゃないわ。どこか別の場所に泊まれると言っていたわ」
「分かりました、エクセレンス」イラールはしょんぼりしている。どうやら、もう一度彼に会えると思っていたらしい。
「運がよければ、また会えるわ」私は彼女の肩を軽く叩いた。それがどうやって、どんな形で実現するのかは分からないけれど。
「無理だと思います」
「神々があなたに何を用意してくれているかを疑っちゃダメよ、私を信じて」神々が本当に存在するのかはまだ分からないけれど、何が起きてもおかしくないことだけは分かってきた。
「分かりました、エクセレンス」
「それと、アドバイスをひとつ」
「はい」
「男の子相手なら、いつだって少しは焦らさなくちゃ。かっこいい顔をしているからってすぐに落ちちゃダメ。そうしないと尊重されないし、すぐに飽きられてしまうわよ」
イラールが目を見開く。「ですが、私はただ傷口を洗っていただけです!」
「目で食べちゃいそうな勢いだったじゃない。私だって、あなたのことが少しずつ分かってきてるんだから」
「はい、エクセレンス」
「さあ行きましょう、まだ仕事が残っているわ」そして、準備しなければならない反乱も。マリクがここに来たら、一気にミルワン王国をひっくり返してやるのだ。




