異世界から来たガイア 52
第52章
ガイア
「本当にうまくいくの?」
マリクは髭を撫でた。「ほぼ確実だ」
私はため息をつく。「うまくいくといいけれど」
「お前に立てた約束を守るためには、成功させねばならん」
リッジョンの街は橋の向こう側にそびえ立っている。十メートルはあろうかという堂々たる城壁を持ち、二方が川で守られているため、包囲戦の正面が大幅に絞られている。
「もし私達を客として迎えたがらなかったら?」
「それはないだろう。国境の街だからな、我々とも良好な関係を保つ利益がある」
緊張で胃が痛む。ほんの少しの手違いでマリクの作戦は失敗し、全員が死ぬことになるのだ。「あなたについて来たこと、ちょっと後悔しているわ」
「ほう、そうか? もう遅いのは分かっているだろう?」
「ええ。今は結果を受け止めるしかないわね」
「大丈夫だ、すべてうまくいく」
「もし私達全員を殺すために罠を仕掛けていたら?」
マリクは深くため息をついた。「むしろ、奴がそうしてくると踏んでいる」
私はあんぐりと口を開けた。「なんですって!?」
「言いたくはなかったが、軍全体を入れさせず、少数の者だけを招き入れるはずだ。そして孤立させたところで私を消そうとするだろう」
「でも、部隊を中に連れて入れなかったらどうするの?」
「ガイア、ザナンザがミルワン王を引きつけている間、奴が私の軍勢を城壁内に入れるのを許すとでも思っているのか?」
「まあね、愚かな手でしょうけど」
「奴が歓待の義務を負っているのは私にだ。我が軍にではない」
「それが慣習というものね」
「その通りだ。それに自分の街に他国の軍隊を入れるのは危険すぎる」
「でも、彼らを中に入れなきゃいけないでしょう」
「言っただろう、それについてはお前が考えるのだと」
「あ。」
「ああ、作戦のこの部分を話すのを待っていたのだ。お前が早々に引き下がらないようにな」
「あなたには土壇場になって大事なことを言う悪い癖があるわ」
「改善に努めよう」
「とにかく、私にはまだ引き返す手があるわ」
「いいや」マリクは私の前に回り込み、顔を撫でた。「私と最愛の側室、増してその一行のために歓待を申し入れたのだからな」
つまり、私を引き返せない状況に追い込んだわけね。「キスしたら舌を噛み切るわよ」
「お前が有名になったのを知っているか? 皆がお前とその美しさについて噂しているぞ」
「おだてても無駄よ、どっちみち噛むわ」
「お前が私の切り札になるのだ」
「誰がそう言ったの?」
「私だ」
「それだけじゃ足りないと思うわ」内心すごく期待しているんだけど、まったく。
「私は自分のイシュダーを信じている」
彼は私にキスをし、私達の唇がひとつに溶け合う。腕で私を強く抱きしめ、背中を撫でた。
私は身をかたくしたまま、その情熱に応えることができない。この作戦はどこもかしこも穴だらけで、私達は丸腰のまま敵地に足を踏み入れなければならないのだ。マリクがこの成功と私に対してどれほどの信頼を抱いているのか、私には理解できなかった。
彼は身体を離した。「安心しろ、ガイア。すべてうまくいく」
「そう願うわ。さもなくば絶対に許さないから」
「それは剣よりも恐ろしいな」
***
リッジョン王からの返事はそれほど待たされることもなく届き、マリクの予想通り良いものであった。
こうして私は、この世界のまた別の街を訪れている。マリクに丈の長い女性らしいドレスを着せられ、宝飾品を身につけ、祝福された剣を腰に下げている。幸い歩く必要はなく、キクが御者を務める馬車で大通りを進む。護衛は我が軍の精鋭兵二十人ほどと、ジル・バム、そして長い黒髪の美しい神官一人だ。
住民たちは驚いて私たちを見つめているが、誰も私たちの存在を喜んではいないようだ。無理もない、彼らにとっては一番重要な隣国と戦争中の王国の王子を迎えているのだから。
「石を投げられたりしないわよね……」とマリクに囁く。
「それはない、そんなことをしても得にならないと分かっているからな。もてなしは神聖なものだ」
「だといいけど」それでも不安は消えない。
「覚えておけ……」マリクの囁き声は聞き取るのが難しいほど小さい。「奴らにとって我々はただ夢中になっている恋人同士であり、イシュダーの話はお前を連れていくための口実にすぎないのだと」
実際、真実とそれほどかけ離れているわけでもない。
「それに」とマリクは続ける。「謙虚で、従順で、女性らしくあることを忘れるな」
彼らにとっての女性らしさがどういうものかはともかくとして。
「とにかく話すのは私に任せ、声をかけられた時だけ話すのだ」
「わかったわ」
マリクは微笑み、私の手を握った。
ギリシャのそれを思わせる神殿の前を通りかかる。大階段と極めて高い円柱が並んでいた。
「今まで見たものとは違うわね」
「彼らの建築様式は異なるのだ。ミルワンやさらに南のエギントに至るまで、柱に適した岩石の採石場がある。対して我々は煉瓦や切り石を好む。バビノニアでも同様だと聞いている」
「それらの場所がどこにあるのかピンとこないわ、今度地図を見せてちょうだい」
「そうしよう」
王宮の前に到着する。列柱の突き当たりに大きな門を構えた重厚な建物だ。それにもかかわらず皇宮よりは小ぶりだが、より威圧感を覚えさせる。
「さあ、落ち着いて私に任せておけ」
「ええ」唾を呑み込むのも一苦労で、不安が高まっていく。
宮廷の武官に導かれ、リッジョン王の待つ玉座の間へと向かう。
宮殿はハトゥッサの皇宮より明らかに小さく、構造も単純だ。迷う人などいそうにないし、正門から本殿までは二十メートルほどの庭があるだけだ。確かに、兵を通わせることも不可能ではない。
アーチをくぐり、玉座の間に入る。玉座の両側にある二つの階段が上の階へと続いている。兵たちを通らせるならあそこだろう。と言うより、仕事の大半は私がやることになるのだから、通らせなければならないのは私なのだが。
王の玉座は、槍と甲冑で武装した二人の大柄な衛兵に守られている。
王は四十代半ば過ぎだろう。私達を迎えるために立ち上がることもなければ、歓迎の身振りも見せない。王冠や腕輪、果ては金の足輪まで身につけ、私以上の宝石で着飾り、人の背丈ほどもある笏の先には牡牛があしらわれている。おそらく私達を圧倒し、権力を誇示したいのだろう。
マリクを知らないのが丸わかりだ。知っていれば、実際には彼に見下されていることくらい分かっただろうに。
マリクは二歩前へ進み、一礼した。
随行している私達も同じように頭を下げる。
「私はドゥルハン帝国の王子にして皇帝スッピルマが次男、マリクにございます。私どもを迎え入れ、陛下ならびにこの都の壮麗さを拝謁する機会を賜り、心より感謝申し上げます」
「歓迎しよう、マリク王子。予は自由にして繁栄せし都リッジョンの王、ギオッフィ三世である。汝らの平和的かつ友好的な訪問を嬉しく思うぞ」
王の言葉には挨拶も歓喜の気配も伴わない。実に下手な役者だ。
「情勢の推移を思えば、あいにくの時期にお邪魔したことは重々承知しております。ですが、色が我々のより実りある友情への第一歩となることを願っております」マリクのほうが明らかに役者として上だ。姿は見えなくても彼が微笑んでいるのがわかるし、声のトーンは確かに謙虚だが、決して服従してはいない。いまや彼は、優位を示して威圧しようとする王に対し、対等な立場で歩み寄っているのだ。
「だがね、失礼ながら、これまでそなたの父君が我々に好意的だったとは言い難いのだが」
「左様にございます。ですが父の遠征が直接貴国を害したことは一度もございません。常に貴国に敬意を払ってまいりました」
「だが、我々と堅実な商業・外交関係を築こうとしたことも一度もない」
「お分かりでしょう、父は貴国がミルワンと極めて近い関係にあり、実質的にはミルワン王国の内にある自由領土であって、そう簡単に陣営を変えられないことを知っていたのです」
ギオッフィ王は長い山羊髭を撫でる。あれ、全部自分の髭なのかしら。
「事故、我々と協定を結べば身を危険にさらし、同時に我々との協定を拒めばその報いを恐れざるを得ないことも、父は百も承知でございます」
「そなたの言うことにも一理あるな、若きマリクよ」
王は彼を値踏みしている。威厳では太刀打ちできないため、彼が若いという点をついて難癖をつけようとしているのだ。
「ですから、これまでの経緯が敵意や反感によるものではなく、敬意と貴国の安全を守りたいという念によるものだとお分かりでしょう」
王はニヤリと笑った。「自惚れるなよ、若き王子。我らの城壁が包囲戦に耐えられぬとでも思うか? 我らには水も、常に満たされた兵糧庫もある。市民は誰もが武器を手に取り、凶暴なまでに己の街を守る覚悟だ」王は笏を床に叩きつけた。「本当に我々がそなたを恐れねばならんと思うのか?」
「どの国も他国を恐れ、敬意を払うべきだと思います。そして仰る通り、貴国が長期の包囲戦に耐えられると疑いはいたしませんが、そうなった場合、貴国にも我々にも得るものは何一つございません」
「ならば何を求める? そなたは有能な指揮官であり、父君からの信も厚いと聞く。ここへ来たからには、当然何らかの目的があろう」
「有能な指揮官という点ではお間違いでございます。それは弟のザナンザのこと。私は戦を憎み、女を好みます。ですが弟は私に多くの借りがありましてね、いずれ私がすべて返すと分かっているからこそ、手柄の大部分を私に譲ってくれるのです」
「ほお、数日前にミルワン王を破ったと報告を受けておるが」
「もちろん弟の功績です、掲げられていた旗印は私のものでしたがね」
「噂では、その功績の一端はそなたの側室によるものだとか。イシュダー自らが遣わした娘だと聞くが」
王は私を頭からつま先まで眺め、下唇を噛む様子からして私にご満悦のようだ。確かに良い印象を与えられたようだが、こんな男に気に入られると思うだけで虫唾が走る。
マリクが高らかに笑い出した。
私は下を向き、恥じらうふりをした——あながち演技だけでもないけれど。
「先ほど申し上げました通り、私は女を愛し戦を嫌います。そして幸運にも最近、この娘に心を奪われ、想いを通わせることができたのです」
「疑うつもりはない」
「自慢ではありませんがね、私は身分を隠して彼女と知り合い、口説いたのです。父親が厳重に鍵をかけて囲っていたので、彼女を観察し近づくために、ただの使用人として姿を現しておりました」
「なぜそこまでの労を払うのか分からんな。そなたは王子なのだ、力ずくで奪えば済む話ではないか。なんといっても王子なのだからな」
彼の考え方は心底嫌いだが、実際にそうする人がどれほどいることか。幸い、マリクは違う。
「屋敷の中に怨念に満ちた裏切り者を抱え込めと? 勘弁してください」
「つまり、たった一人の女のために骨を折り、身を落としたということか」
「身を落としたとは思いませんな。知恵を働かせていただけです」
「統治者が身分下の者を装うなど、身を落とす行為に他ならん」
「概ねそのお考えには同意いたしますよ、認めましょう。ですが私には明確な目的があり、巧みに立ち回る必要があったのです」
「ねじ曲がった男だ」
「私を大きく誤解されていますよ。本当の私は単純なのです。王子の地位よりも女と酒が好きでね。馬を愛し、戦よりも平和のほうがずっと得だと考えているのです」マリクは自らの言葉を強調するように両腕を広げた。
説得力があるように思える、私まで彼の言葉を信じてしまいそうだ。他の女性も好きになるかもしれないと思うのは嫌だけれど。私はバカね。
「だが、別の者を装わずともその娘を手に入れられたであろうに」
「ですが申し上げました通り、それでは私に恨みと蔑みを抱いたことでしょう。そうではなく、私は一人の男として彼女の愛を勝ち取り、射止めたのです。今や彼女は私に忠実で献身的であり、寝床ではまさに愛の女神の称号にふさわしい」
頬が火のように熱くなる。私は視線を落とした。
「それゆえのイシュダーという異名か?」
「それもございます。実のところ、遠征に彼女を連れ出すための口実として考えついたのです。軍隊生活は実に退屈ですからね」
「父君のような卓越した軍人の息子とは思えぬ言いぶりだな」
「母に似たのでしょうな」
「いずれにせよ、なぜ予にもてなしを求めたのか、いまひとつ理解できぬな」
「申し上げました通り、軍隊生活は嫌いなのです。野蛮で不便すぎますからね。弟に気の済むまで暴れさせておく間、ここに数週間ほど滞在し、父が到着する前に弟と合流しようと考えた次第です」
「なかなかの要求だな」
「ご安心を、手ぶらで返すような真似はいたしません。それに我が兵らを城内に入れていただく必要すらございません。ここにいる者たちだけで十分なのです」




