異世界から来たガイア 49
第49章
ガイア
梯子が城壁に立てかけられた。それ一本だけではない。
老人は胸壁の陰に身を隠し、剣でてこをかけようとする。「手を貸せ、小娘」彼は低く唸った。
タルクが私を引き留め、代わりに前へ出て剣を抜き、老人の真似をする。
二人とも力んで唸り声を上げる。
私は老人のそばへ行き、てこをかけるのを手伝う。
梯子の足元では三人の男がそれを支え、別の二人がすでに登ってきていた。
「弓を使え、小娘」
そうだった。私は弓を取り、つがえて、登ってくる最初の一人を射る。
矢は奴の片目に突き刺さり、男は手を放して宙へ落ち、梯子を支えていた男の一人を押し潰した。
「まあ、一人分には変わりねえ、小娘」老人はてこをかけ続ける。
再びつがえ、二人目の額の真ん中を打ち抜くと、そいつも最初の一人の後を追った。
一筋の矢が私に向かって飛んでくる。
間一髪で身をかがめる。
「奴は放っておけ、梯子を支えてる奴を撃て!」老人がアドバイスする。
本来なら私が命令を下すべき立場なのに。
矢を二本引き抜き、一本目をつがえる。
梯子を支える男の一人の肩を射抜き、二本目は弓兵の一人の腹を捉えた。
唸り声を上げながら、老人とタルクは梯子をひっくり返すことに成功する。
老人が私の肩をぽんと叩いた。「よくやった、小娘」
「閣下、そのように身を晒されるべきではありません」
「身を晒したくねえ奴は陰に隠れてるもんだ、最前線になんぞ来ねえ。兵士ならそれくらい分かっておけ」老人はすっかり熱くなっている。
「閣下のお命は重要です。危険を冒していただきたくありません」
老人は地面に唾を吐いた。「危険を冒させたくねえならここに置くな。だが情けねえのは、街のクソ弓兵の誰よりもあのお嬢ちゃんのほうが腕がいいってことだ」
「ありがとう。でも今は身内同士で言い争うより、戦いに勝つべきじゃないかしら」
タルクはため息をつく。
「よく言った、小娘」老人はどちらへ向かうべきか決めるために周囲を見回す。
叫び声と罵声が私たちの周りの空気をごった返させている。
「大丈夫よ、気をつけるから」
タルクはうなずき、盾を手にする。「閣下、こちらの下にお上がりください」
「つまり、狙いを定めて射るときだけ出ろってこと?」
「必要な最小限だけで結構です」
「わかったわ」
私は胸壁とタルクの盾の陰にとどまる。
一筋の矢が盾に当たるが、突き破るには至らない。
つがえ、覗き込んで一人の弓兵に狙いを定め、放ち、当たったかどうか確かめる間もなく身を隠す。
「見事です、閣下」
「当たったかどうかもわからないわ」
「構いません、閣下の安全が第一です」
「この街よりも?」
「それに、矢が飛んでくるかもしれないと知らせるだけでも恐怖を与えられます」
彼は答えなかったが、私の一生の命より街のほうが重要なのは明らかだ。ひょっとすると、どこからともなく現れていきなり自分を顎で使える貴族になった私を、彼は嫌ってさえいるのかもしれない。
覗き込み、同じ動作を繰り返す。今度は他の者たちと一緒に梯子を立て直しようとしている兵士を標的に選ぶ。
一筋の矢が私たちの頭上をかすめ、下へと消えていった。
「私を嫌っているの、タルク?」なんてくだらない質問だろう。こんな疑問を抱いたり会話をしたりするタイミングでは全くないのに。
「いいえ、閣下。どうして私が嫌うとお考えなのですか?」
「はい」と言うはずもない。そんなことを言えば、私がマリクに何か言うかもしれないと恐れるからだ。「だって、私はあなたの生活をややこしくしているもの」
タルクは鼻を鳴らす。「確かに私にとっても、そして殿下にとっても、状況を簡単にしてくださってはいませんが」
つがえ、覗き込んで狙いを定める。集団はまだ梯子を引き上げようとしていた。グループの別の男を撃つ。
「射れる者は梯子を支えている奴らを狙え!」私は兵士たちに向かって叫ぶ。
「閣下、予備兵を呼ぶ潮時かと存じます。奴らの士気を挫かねばなりません」
うなずく。「予備兵を呼びなさい! 後方から兵士と弓兵を城壁に集結させて!」と叫ぶ。何人もの男たちが私の命令を唱和した。
「助言をありがとう」
「どういたしまして、閣下。何しろこれが私の仕事ですから」
「それでもありがとう」私は外へ出ると、右側で梯子を支えている兵士の一人を狙った。
「それにいずれにせよ、私は閣下を嫌ってなどおりません。他の貴族であれば私に感謝などしなかったでしょうし、もし閣下がただの女性であったなら、殿下がこれほど大切になさることもなかったでしょうから」
自分の命が私の生存にかかっていなければ、最近の私の振る舞いを見て、大切にするどころか突っぱねられていたと思う。でも、そんなことをタルクが知るはずもないし、私たちが実際には一度も体を重ねていないことも知る由もない。
「一言お伝えしたいことがございます、閣下」
矢をつがえたまま、私は動きを止めた。最後までしっかり聞きたかった。
「私は貴族ではありません。自分の能力だけで軍をたたき上げ、私を信じて有用な人材だと評価してくださったのは陛下です。私が陛下に従うのは義務からではなく、陛下を心から仰ぎ見、その平和への望みを尊敬しているからです」
タルクを見つめる。彼の目がうるんでいた。こうした思いには、多くの感情や記憶が結びついているに違いない。
「じゃあ、あなたにも平和をもたらすという夢を話してくれたのね」
「最も身近な側近はみな知っております、私どもにとって秘密ではありません。そして、陛下があなた様を側室としてお選びになった以上、私は陛下の眼光を信じ、あなた様をお守りすることを選びます」
「ありがとう、守ってくれていることだけじゃなく、私に心を開いてくれたことも」そして、マリクがいかに素晴らしい男性かを privately 改めて教えてくれたことにも。誰もが他者を服従させようとし、死をもたらすことを受け入れている世界で、彼は平和をもたらそうとしている。
一本の矢が盾に突き刺さる。
予備兵たちの足音が、鼓舞する叫び声とともに城壁に沿って響き渡った。
私は盾の陰から身を出す。
矢が私の兜を直撃した。
頭が後ろへ弾き飛ばされ、視界と世界がキーンと鳴動する。
仰向けに倒れそうになる私を、地面に落ちる前にタルクが抱き留めた。
空が頭上でグラグラと揺れる。
くそっ、なんて衝撃だ。
タルクが私を立ち上がらせてくれる。「ご無事ですか、閣下?」
「ええ、ただのすごい衝撃よ」
私たちの前で、兵士の一人が梯子にいる敵を突こうと槍を押し出す。それを引き剥がそうと悪態をつくが、そのまま下へと引きずり落とされた。
前方にいる味方の兵士たちが、何かを恐れるかのように後退する。
大柄な男が壁を乗り越えてきた。身長は少なくとも二メートルはある。
一人の兵士が剣で突きを繰り出すが、男は手でそれを払いのけ、強烈なビンタを叩き込んで兵士をよろめかせ、城壁の下へと落とした。
「うそ、最悪」私は呟く。
「退避しましょう、閣下」
他の奴らが後に続くのを防がなければならない。
大男が私達に気づき、不敵に笑った。
マリク
四つの小部隊による攻撃は、予想以上の成果を上げている。
三方向から矢が降り注いでいるにもかかわらず、彼らは盾で身を守ることに成功している。損害はごく僅かであり、その一方で敵の戦車隊は小丘と彼らの間に挟まれて身動きが取れなくなっている。
敵の歩兵は槍を下げ、弓兵や投石兵は交戦を避けるようにその隙間を縫って逃げていく。
「投擲の合図を鳴らせ!」
ラッパ手たちが命令を実行する。
小部隊から槍兵に向けて、矢と投槍が放たれる。
この戦術はガイアが提案してくれたものだ。彼女の世界の有名な兵士たちが使っていたのだと言っていた。
敵歩兵は不意を突かれ、その真っ只中に投げ槍が突き刺さって長槍の列に穴を開け、恐慌を引き起こす。
完全な成功だ。彼女には相応の報いをしなければならない。唇を噛む。今夜どうやって報いるか考えがないわけではないが、彼女を故郷へ送り返すと約束した以上、それは不可能だ。
我が兵たちは盾の陰を走って敵歩兵に突っ込んでいく。これほどの至近距離では、我々の剣に比べて奴らの長槍は邪魔にしかならない。
敵の戦車隊は矢の雨を中断する。危険すぎて、自軍の兵を傷つけるだけに終わりかねないからだ。
敵のラッパが合図を鳴らす。
奴らの歩兵は後退するが、整然としている。少なくとも今のところは敗走ではない。
まもなくバンヌも背後から攻撃しに到着するはずで、彼がいれば奴らを押し潰せるはずだ。
しかしそのためには、すでに戦っている我が兵たちが奴らに押し潰されないようにしなければならない。
And 同時に、ミルワン王を捕らえるか殺すことができれば、この戦争に終止符を打つこともできる。
敵歩兵は下がりながら、我が兵の打撃を受けている。まだ鉄の兵器工廠を持っていないというのに、奴らは我々の剣のもとでハエのように死んでいく。
敵の戦車隊が動く。我が兵の背後を突く気だ。
戦車隊の両翼は足場の悪い地形で慎重に操縦しているが、我が兵を背後から狙うために中央へ集束するどころか、外側に向かって広がっていく。
奴らは撤退しているのだ!
歩兵を盾にして自分たちの撤退を掩護しているのだ。そして、もし奴らが街を攻略できなかったのであれば、我々が大勝利を収めたことを意味する。
敵の歩兵はまだ持ちこたえており、後退しているものの、弓兵たちは歩兵線の三百歩後ろに位置を取り直した。撤退を掩護するつもりだろう。
「殿下」士官の一人が私に声をかける。「戦車隊が撤退していきます」
「分かっている」
「丘を駆け下り、奴らを全滅させるよう命じましょうか?」
「その命令を出すのが、君ではなく本当に私でいいのならな」
「申し訳ございません」彼は一礼する。
追撃自体は理にかなっているが、もし偽装撤退だったらどうする? どちらにせよ戦車が退くなら勝利は私のものだが、もし敵が反転すれば、無秩序に突撃した我が兵たちは殲滅され、形勢を逆転されかねない。
そもそも小部隊が機能したのは、盾の陰で密集して進軍したからこそなのだ。
つまり、目の前にある確実な勝利を危険に晒してまで、目ざましい、もしかすると決定的な勝利の可能性を追うべきなのか。
父ならどうするだろう? 皇帝たる者、どうすべきなのだ?
父はいつも、国の何より貴重な財産は民だと口にしている。ならば第一に我が兵を守るべきだ。追撃させなければ彼らは今日死なずに済むが、それでは今後数か月の間に、さらに多くの者を死に追いやることになるかもしれない。
だが、もし戦車隊が我が兵を食い止めることに成功すれば、この戦い自体を落としかねない。
「リスクが大きすぎる」私は呟く。
「えっ、殿下?」
「戦車を追撃するのは危険すぎると言ったのだ」
「ですが、お許しください。もし追撃すれば、戦争を終わらせられるかもしれないのです」
「わかっている。だがその確率は極めて低い。それに対して、ほんのわずかな成果か無を得るために、すでに勝利した戦いを落とすリスクがあまりにも大きすぎる」
「もちろんです、殿下。しかし、もし成功したならば……」
「その『もし』が問題なのだ。あまりにも大きなリスクだ。今の我々にはどんな理由があろうと敗北は許されない。一方、奴らには負ける余地があり、今回の敗北は奴らの士気を長期にわたって挫くだろう」
「あるいは、我らを止める対抗策を準備してくるかもしれん。それにミルワンの土地のほうが、はるかに戦車向きだしな」
「心配するな、奴が予想もしていない手を、まだいくつか残してある」
「確信しております、殿下。何しろ殿下はイシュダー様に祝福されたお方ですから」
横目で彼を見る。ガイアをイシュダーに結びつける話は、ますます多くの人々を納得させている。あるいは我々の勝利を彼女の功績とみなすか、少なくとも今のところは、私を神々に与せられた者と見るのだろう。
ガイアが神の使者として愛され、尊ばれるのであれば、私にとって得でしかない。もちろん、すべてが順調にいき、彼女が私のそばにいてくれる限りの話だが。
敵の戦車隊が速度を上げ、新たな指令の信号を鳴らす。
敵の歩兵は陣形を崩すことなく、撤退を速めた。
戦場の南側から、ラッパの音が響いてくる。
バンヌが到着したのだ。彼はできる限りの大音量を轟かせている。
すでに彼の部隊の姿が見える。ここまで走り詰めてきたのだろうから、満足に戦う体力は残っていないだろう。だが、もし敵を敗走に追い込むことができれば上々だし、ひょっとするとキッタンナの包囲すら解いてくれるかもしれない。
彼に最も近い戦車隊の側翼が加速する。間違いなく奴らは逃げ切るだろう。
歩兵や弓兵たちも、罠に落ちるのを恐れて逃げ出し始めた。
敵のラッパが、どう見ても撤退と思われる信号を奏でる。
あとは、ガイアのもとへ向かうだけだ。




