異世界から来たガイア 44
第四十四章
ガイア
身体を揺さぶられる。
私は目を開けない。
再び、身体を揺さぶられる。「ガイア様、お目覚めください」カラールは諦める気配がない。
「寝かせて……」というか、寝たふりを続けさせてほしい。
「申し訳ありません、ガイア様。ですが、今日はそういうわけには参りません」
「行きたくないの」今日はマリクが戦へと発つ日だ。王子としての義務を果たしに遠征へと向かい、私を殺したがっている皇后のなすがままに、私を一人置き去りにする。私は学校へ行きたがらない子供のように、シーツを頭からかぶった。
「関係ありません、あなた様にも背負うべき義務があるのです。私どもの部屋にお迎えしたことは目を瞑ってまいりましたが、今日ばかりはマリク様、そして皇族の皆様の隣こそが、あなたのいるべき場所です」
「病気のふりをするのはだめ?」
カラールは私の手からシーツをひったくった。私を見下ろす彼女のむっとした怒りの表情には、議論の余地など一切なかった。「だめです。絶対に」
私はため息をついた。あの日以来、私とマリクはまともに顔を合わせてさえいない。一方では裏切られたような気分になり、もう一方ではあんな態度をとってしまった自分をひどく愚かに感じていた。
私は起き上がった。途端に、身体を鋭い痛みが突き抜ける。
足を伸ばし、ぐっとストレッチをする。カラールとイヌアが彼女たちの部屋に用意してくれた寝台は、マリクの寝台ほど寝心地が良くなく、朝の身体の痛みは今や日常茶飯事になっていた。とはいえ文句は言えない。二人は余計な詮索もせずに私を迎え入れてくれたし、私たちの仲を修復しようとさえしてくれたのだ。私のせいで、ほとんど成果は出なかったけれど。
空腹を避けるためだけに、気乗りしないまま食べ物を胃に流し込む。マリクにあんな扱い方をした私は本当に馬鹿だ。彼を信じようとしなかった。けれど、彼だって私を都合の良い場所に放置していいモノのように扱うべきではない。ろくな計画も立てず、それについて何一つ私に知らせてくれなかった。何も。まるで私が何年も大人しく彼の帰りを待ち続け、どうやってかも分からない方法で家に帰るのを待っていればいいとでも言うように。
もちろん、仮に彼が計画を用意していたとしても、それを聞き出そうとする努力を私は大してしなかった。私は彼から逃げ出した、ただの愚かで臆病な奴だ。
「カラール、イヌア。決めたわ、行く」
二人の使用人の表情がふっと和らいだ。もしかしたら、力ずくでここから引きずり出さなければいけないと覚悟していたのかもしれない。「でも、豪華なドレスは嫌。動きやすい楽な服がいいわ」
「ですが、殿下にお会いになる最後の機会かもしれませんのに」
「そのほうがいいの。私が不細工なら、彼も私のことを忘れやすくなるでしょうし」
カラールは首を横に振った。「ご随意に。ですが、あのお方があなた様を忘れることなど万に一つもないと思いますが」
いいえ、忘れるわ。結局のところ、彼には帝国があり、無数の責任があり、何人もの女性を囲うことができるのだから。それなのに私は、どうあっても彼のことを忘れられないっていうのに。まったく。「とにかく、これが私の選択よ」
今日は出発の日。私は偽りの側室としてマリクの傍らに立ち、彼が発つ前の最後の姿を見届ける。出征する軍勢の前に立ち会うなんてちっともロマンチックじゃないけれど、そのほうがマシだ。
カラールとイヌアは、足首まで届く半袖の淡い青色の長衣を私に着せてくれた。履き心地の良い平底のサンダル。 scarves、そして髪を柔らかな三つ編みに整えていく。
カラールが私を訝しげに値踏みした。「そのお胸、どうにかしたほうがよろしいですね」
どこに話を持っていこうとしているのか、もう分かった。
「失礼ながらガイア様、あまりにも平らすぎます。これではお召し物を十分に引き立てるのが困難です」
「これでいいの。慣れてるから」
「よくありません。確かに腰つきや脚線美は素晴らしいですが、結局のところ男というものはいつだって胸を見るのです」彼女は自分の胸元に手を当てた。
「興味ないわ。それなら、私の目を見ればいいでしょう」
「ご随意に、ガイア様。ですが、一応こちらをご用意しておきました」カラールは袋の中から、一種のパッド入りブラジャーのようなものを取り出した。ブラジャーよりは長いが、ビスチェというには短すぎ、ホックの代わりに布製の紐で結ぶようになっている。一方、カップ部分はそれ自体で形を保つ硬い袋のようで、着ければ一瞬で優に二サイズはアップするだろう。結局のところ男はどこまでいっても男だし、私と同じ悩みを持つ女性はいつの時代にもいるものだ。「さあガイア様、試してみますか?」
しまった、かなり食い入るようにそれを見つめてしまっていたらしい。「いいわ、やる。でも、皇后陛下の前で恥をかかないためだけだからね」
侍女たちから笑いが漏れる。「もちろんです」と、イヌアが口元を隠した。
ラッパが鳴り響き、すでに玉座に腰掛けた皇帝と皇后の見守る前で、兵たちが城門の向こうへと進軍の準備を始める。
エンラーは、もうすぐ私が自分の思い通りになるのを先繰りするかのように、満足そうな目で私を見ている。暑い日であるにもかかわらず、その視線に背筋が凍る。テルピンが私に近づいてきた。「やあガイア、兄上が壇の裏にいて、お前と話したがっている」
「お屋敷でもできた話でしょう」これ以上みっともない真似はしたくない。私は彼を通り過ぎて皇帝夫妻の方へと進む。どのみち、エンラーもまだ私に手出しはできない。
だがテルピンが私の腕を掴んだ。
「ちょっと、何するの?」
「行ってやれよ」
「嫌よ」
「兄上のためじゃなくて、俺のためだと思ってくれ。行ってくれないと、俺が絶対に恨まれるんだ」
私はため息をついた。「はッキリ言っておくけど、あんたのためだからね」
壇の裏へと回る。マリクは戦車にもたれかかっており、その傍らでキクが馬たちを撫でていた。
マリクは戦車から身を離して私に近づいてくる。彩色まで施された精巧な文様のある鎧を身につけ、兜の代わりに王冠を頭上に載せていた。何日も眠っていないかのような隈があり、私のことではなく、間違いなく戦争のことばかり考えていたのだろう。彼はかすかに微笑んだ。「本当に綺麗だ」
これだから。このたらしは、たった一言で私の正気を失わせる。私のプライドは一体どこへ消え失せたの?「言いたいことはそれだけ?」
「いや。だが、お前の姿を見た瞬間に最初に頭に浮かんだことだ」
「ありがとう」私は視線を落とす。「あなたもよく似合ってる、その姿。何というか、何だか圧倒されるわ」
「ありがとう。ここ数日、お前とまともに話せなかったのが心残りだった」
「私もよ。でも心の準備が必要だったし。今日があなたを見る最後の日で、これからはあなた抜きで過ごしながら、あらゆる人たちに警戒しなきゃいけないんだもの」
「そのことなのだが、お前に一つ提案がある」
「聞かせて? どこかに私を置き去りにして、ここ数日みたいに私のことなんて綺麗さっぱり忘れるつもり?」私は彼に指を突きつける。
「俺の記憶が違っていなければ、話したくないと言ったのはお前の方だ。カラールの部屋にまで泊まりに行って。くそっ。お前は俺の言い分を聞こうとさえしなかったじゃないか」
「私がどんな状況に置かれているか分かっているの?」
「ならばお前の方こそ、俺を信じられるということを理解してくれ。俺がお前の信頼をこれほどまでに裏切るような、何を大したことをしたというんだ?」彼は両腕を広げた。
そうだ、彼は何をしたというのか。何もしていない、彼に落ち度があったわけじゃない。私をこんな風にさせているのは私自身の感情であって、私はそれに気づかない振りをしているだけの卑怯者だ。「ごめんなさい」
「俺も悪かった。お前を安心させるために何もしてやれなかったな。もっと自分の考えを共有すべきだった、恋人同士のように」
私は微笑んだ。「驚いたわ。あなたの謝罪、受け入れる」
マリクは二本の指で私の顎を持ち上げ、その目を私の目にまっすぐ向けた。「十ヶ月だ」
「どういう意味?」
「十ヶ月だ。十ヶ月でこの遠征を終わらせて、必ず時間通りにここへ戻ってくると約束する」
「戻ってくるって、誰が?」状況がよく飲み込めない。
「ああ、お前も一緒に来るんだ、ガイア」
彼と一緒に行くなら、また新たな戦争に直面することになる。これまでの小競り合いよりも長く、過酷なものになるだろう。けれど、どれほど危険であろうと、あの皇后からは遠く離れられる。それに、これからの数ヶ月をマリクのそばで過ごすことができるのだ。
「それで、来てくれるか?」
「でも、女性を連れて行くのって禁止されているんじゃなかったの?」
「お前はイシュダーの遣いだ。むしろ幸運の象徴として見られるだろうし、何よりお前はもう一度戦場を経験している」
「確かにね。分かったわ、戦争は嫌いだけど。でも、絶対に時間内に戻ってくると約束して?」
「約束する」
「じゃあ、行くわ」
マリクは私の腰を両手で抱え、宙へと高く持ち上げた。まるで巨大な重荷を下ろしたかのように晴れやかな表情をしていて、実際にそうなのだろうと思う。
まだ宙に浮いたままの私に、彼はキスをした。私は彼の体に腕を回し、互いの抱擁のなかに身を委ねる。彼の温もりが恋しかった。
「寂しかった……」私はそっと呟いた。
「俺もだ。だが、今はこれを皆に告げなければならないな」
「つまり、まだ誰にも話していなかったの? あなたのお父さんにさえも?」
「親父には当然言っていないさ。キクと、ごく限られた数人にだけだ。ああ、それから戦車の中にお前の剣が積んであるぞ」
「何もかも考えてあったのね?」
「俺は楽観主義だからな」マリクは私の手を取り、ぐいと引っ張っていった。
壇の前には、皇族の前を行進する準備を整えた都市の軍勢が集結していた。タロムも到着しており、母親の隣に腰掛けて私に手を振っている。
私は微笑みを返した。
マリクは私を引っ張りながら壇上へ上がった。「父上、皆に告げたいお触れがあります」
「ついにわしが祖父になるのか?」
私は吹き出さないように唇を噛む。
「残念ながら違います、父上。兵たちへの発表です」
「残念だ、一瞬期待してしまったよ」彼は私を優しい眼差しで見つめた。最初の孫を、義理の娘や実の娘とともに失ったことは、彼にとってあまりにも過酷な打撃だったに違いない。
マリクと私は兵士たちの方へ向き直った。出征と皇帝の祝福のために集まったその軍勢は、兵士や戦車兵、そして従者たちを含めておよそ三千人ほどだろうか。
私は生唾を飲み込んだ。今、とんでもない狂気に足を踏み入れようとしている。
「ドゥルカンの兵士たちよ!」マリクが口火を切った。「知っての通り、およそ一ヶ月前、戦の女神イシュダーは我々に一人の遣いを遣わされた。その娘は美しさだけでなく、戦場においてその卓越した武勇を示し、女神の持つ二つの側面を見事に体現してみせた」彼は言葉を切り、鋭い視線で集まった群衆を見渡す。「この娘だ」彼は今も固く繋がれたままの私たちの手を高く掲げた。「ガイア・イシュダーは、俺の唯一無二の姫君であるだけでなく、勝利をもたらす幸運の象徴でもある。彼女は我々と共に進軍し、イシュダーの偉大なる加護をもたらしてくれるだろう。我らの放つ矢や槍はより鋭さを増し、我らの鎧はより強固となる。彼女が我らの傍らに立つ限り、神々さえも我らの味方だ!」
私はその言葉をこれっぽっちも信じていない。
群衆が地鳴りのような大歓声をあげ、兵士たちは一斉に槍を地面に打ち付けた。「イシュダー!イシュダー!」彼らの叫びが規則正しく響き渡る。
もう、絶対に後戻りはできない。
***
マリクは戦車を御し、世界はこれまでの日々と変わらず私たちの横を流れていく。
丘陵と耕作地、牧草地、そして遠くにいくつかの村が見える。私は手で日差しを遮った。土地はところどころ乾燥しているように見えるが、それも一部の場所に限られる。一見するとまるでサルデーニャの内陸部のようだが、実際には多くの耕作地や牧草地が広がっている。この地を耕し、肥沃にするために、人々は血のにじむような努力を重ねてきたに違いない。
遠くで一人の羊飼いが足を止め、こちらの隊列を見つめている。挨拶代わりなのか、それとも別の意味なのか、彼は杖を高く掲げた。
「もうすぐ『赤い川』を渡るぞ」
「赤い川?」
「ああ、ドゥルカンがまだ小さな王国だった頃の、古い国境線だ」
「でも、どうして赤いの? つまり、水が赤いってこと?」馬鹿な質問のようにも思えたけれど、何が待ち受けているのか分からないのだから仕方がない。
マリクは鼻で笑った。「違うさ。我々の祖先が丸一年もの間この国境を守り抜いた、かつての戦争を記念しているだけだ。彼らが流した血の記憶を留めるために、俺たちはここを赤い川と呼んでいる」
「へえ」いかにも愛国的な理由ね。「じゃあ、もう国境は近いの?」
「ああ。遅くとも明後日までには、この地方の州都であるキッタナの街に到着するはずだ」
「外してザナンザの軍と合流するのね」このあたりの計画は、すでに彼から何度も説明を受けていた。そこにはザナンザの亡き妻の親族がいるはずで、ある意味では彼らに会うのが恐ろしかった。結局のところ、ゲッスアが死んだのは私に原因の一端があるのだから。
「陛下」一人の兵士がこちらへ駆け寄ってきた。「ザナンザ陛下からの使者が、報告の許可を求めております」
マリクは眉をひそめた。「すぐにここへ通せ」
彼は心配そうな様子だ。私はそっと彼の腕に触れる。
「わざわざ挨拶を伝えるために誰かを寄こしたとは到底思えんな」彼は低く吐き捨てるように言った。
私は手綱を握る彼の手を強く握りしめた。「深刻な事態だと思う?」
「懸念しているのではない、確信しているんだ。そしてもうすぐ、それが何なのかが判明する」
使者が馬を走らせてこちらへ向かってくる。強行軍のせいで全身埃まみれで、武器は身につけていない。こちらの安全への配慮だろう。彼は軍礼をとった。「陛下、ご兄弟のザナンザ陛下よりお言葉を預かっております、それから――」
「世間話はいい、本題に入れ」
「ミルワンの軍勢を捕捉いたしました。彼らはこちらへ向かって進軍中です」
「距離はどれほどだ? 敵の数は?」
「主力の到着までおよそ三日。ただし前衛部隊はさらに早く、それより一日早く到達すると見積もられています。こちらの妨害工作が功を奏し、敵が橋を時間内に修復できなければの話ですが」
「随分と手回しが良いな」マリクは顎をなでた。「国境線に内通者がいるに違いない。誰の仕業か、見当はついている。敵の総数は?」
「主力は七千と推定され、前衛部隊がさらにおよそ千五百です」
マリクはその衝撃に目を見開いた。こちらの兵力は六千だ。「そちらの持ち駒はどれほどある?」
「四千です、陛下。しかし、街の負担を軽減するため全軍が近くにいるわけではなく、周囲の村々に分散配置されております。ですが、現在ご兄弟が彼らを集結させており、貴公の軍勢と合流すべく川の方面へと向かわせています」
「ザナンザはどこにいる?」
「キッタナにおります。敵の進軍を遅らせるため、千の兵で籠城の準備を進めており、その後に合流した全戦力をもって敵を撃破する手筈です」
「よし、こちらも都市を防衛するために部隊を割く」
「かたじけありません」
「ガイア、お前は彼らと共に行け。馬を飛ばすんだ、迅速に行動しなければならないぞ」




