異世界から来たガイア 17
第17章
ガイア
昨日、一体何があったんだっけ?
そうだ、私は戦に出た。それはいい、もう受け入れたわ。
人を殺したし、殺されそうにもなった。当然よね、戦場にいたんだから。
神から遣わされた使いだなんて喝采を浴びたけれど、家に帰れば、きっとただの楽しい思い出になるはず。
私は寝室の天井をじっと見つめる。
マリクはもう起きたみたいで、私をここに残していった。裸のまま。
私……マリクと、あられもないことをしてしまった。
それに、それ以上の関係になるのを避けるためにあんなことをしたはずなのに。まったく、私は別に潔癖すぎるほど純情なわけじゃないけれど、知り合ったばかりの男の人にそこまで簡単に許すつもりはない。でも、二人きりになると、あっという間に気持ちが高ぶってしまう。こんなこと、今まで一度もなかったのに。
ため息をつく。
確かにマリクは、見た目に関しては完璧だわ。彼みたいな男の子なら、モデルにだって俳優にだって苦労せずになれるでしょうね。でも、私たちは住む世界が違うし、私はここに居続けたいわけじゃない。
もちろん昨夜、二人きりでいられた時間は、ただ惹かれ合う一組の男女だった。けれど、肉体的な繋がり以上のものはあり得ない。だって、私がいなくなれば彼は皇后との大きな問題を解決できるし、私はスマホやピザやジーンズがある、あの穏やかで安全な日常に戻れるんだから。
ベッドの上に座り、膝を抱える。
せめて今日くらいは、穏やかな一日でありますように。
ここに来て以来初めて、誰も私を殺そうとしない一日。……そんなことがあったら、それこそ大ニュースだわ。
足首のかさぶたにそっと触れる。
昨日はこの切り傷にも、他の擦り傷にも気づきもしなかった。きっと興奮状態だったせいか、あるいはあの剣のせいね。
ムルは、あの剣は祝福されていて、戦士としての能力や指揮官としての資質を高めると言っていた。なら、痛みや恐怖を和らげてくれていたとしても不思議じゃないわ。
目を閉じて、昨日の戦いの記憶をなぞってみる。
追いすがってくる敵、そして私が最初に放った数本の矢。最初に敵を射抜いた時のあの高揚感……。でも、今はただ妙な気分だわ。誇らしさと後悔が入り混じったような。あれが、私が初めて命を奪った瞬間だった。
よろめきながら、戦車から死んで転げ落ちるティル。
横転する戦車。記憶の中でスローモーションになって再生される。あんな状態で、よく打ち身だけで済んだものだわ。
初めて振るった剣の感触、目の前で死んでいく人々。
マリクを案じる気持ち。
敵の指揮官との死闘。
マリクのキス。
寝室にいる裸のマリク。私の指の下に感じた、彼のしなやかな体。
私はぱっと目を開け、自分をつねった。
あんなこと、思い出しちゃダメ。
なんてこと、昨日の激戦のすべてよりも、裸のマリクのことの方が強く印象に残ってるなんて。
あの剣ときたら、心理学者も精神科医も失業させてしまいそうだわ。
私は立ち上がり、自分のチュニックを取りに行く。
冷たい大理石の感触に、思わず身震いした。
服を着て、サンダルを履く。私の剣は長持の脇に置いてあった。寝室に武器を持ち込むなんて変な感じだけど、マリクはよほど私を信頼しているらしい。
いい考えかどうかなんて考えもせず、剣帯を腰に締める。
髪紐を手に取ると、朝食を食べるために部屋を出た。
一人で、新鮮なミルクとナッツ、蜂蜜、それにレーズンパンの朝食をとる。今朝のカラールは、いつもより多めに甘いものを用意してくれたみたい。
みんな、どこにいるのかしら。宮殿のこの最深部では、まだ誰の姿も見当たらない。キクやジルバムさえ。
そういえば、使用人の姿もほとんど見かけないわね。もしかして、魔法で宮殿を掃除してるとか。
自分の突拍子もない考えに笑ってしまう。
マリクは用心深い、それこそ被害妄想に近いほどに。きっとこの最深部には、心から信頼できる者しか立ち入らせないようにしているのね。だから大半の使用人は別の区画にいるんだわ。実際、城壁の上には警備兵たちの姿もあったし。
レーズンパンをちぎる。まだ温かい。パン屋さんの焼きたての香りがして、まるでジャムでも入っているみたいに甘い。こんな味がするなんて予想外だった。
考えてみれば、当然どこかに厨房もあるはずよね。
今度、マリクに中を案内してもらおう。
……そんな風に口にすると、まるで私がここに住み続けるみたい。
マリクは昨夜、昨夜のようなことがあった後では私を帰すのがいっそう難しくなる、と言った。その言葉が、ずっと胸に突き刺さっている。
ため息が出る。
これまで見てきた限り、私はこの世界には向いていない。たとえマリクが助けてくれたとしても、彼には本物の女性、そして相応しい王妃が必要なはずだわ。ただの女子高生なんかじゃなくて。
あの言葉は、単に私をその気にさせるための世辞だったのか、それとも私のせいで女性と過ごす機会を奪われて、ただ欲求不満だっただけなのだろうか。きっと彼は毎晩違う女性を侍らせることに慣れているのだろうし、あんな人が私だけで満足できるはずがない。
けれど、もしあの瞬間「家に帰りたいか、それとも俺のそばにいたいか」と問われていたら、自分がどう答えていたか分からない。
頬が熱くなるのが分かった。
まったく、男の子一人にのぼせ上がるような愚かな真似は一度もしたことがなかったのに、よりによってこんな状況で、あんな男の人を相手にそうなってしまうなんて。
それにしても、女性を裸のまま一人で寝かせておいて、書き置き一つ残さずに出ていくなんて、一体どういう神経をしているのかしら。もっとも、私はこの国の言葉が読めないけれど。彼らはやはり、粘土板ばかり使っているのかしら。
そして、もしかすると昨夜のことを自慢げに触れ回っているのではないか。
そんなことをしていたら、絶対に許さないんだから。
「おはようございます、閣下」 私と同じくらいの年齢の少女が部屋に入ってくると、深々とお辞儀をした。簡素なチュニックをまとい、髪は濃い茶色をしている。
「おはよう」 それが礼儀としてどれほど適切かは分からないけれど、初めて見る顔だったから、まずは丁寧に接するのが一番だと思った。
「イヌアと申します。昨夜まで熱を出して休んでおりましたので、ご挨拶が遅れました。私はカラールの姪で、今日から私もあなた様のお世話をさせていただきます」 彼女は澄んだ声で自己紹介を締めくくり、もう一度頭を下げた。利発そうな顔立ちで、よく見ると少しそばかすがある。
「はじめまして、ガイアです。それで……」 なんだか少し、決まりが悪い。「……うまくやっていけることを願っているわ」
「もちろんでございます、閣下」 彼女は少し引きつったような笑みを浮かべた。「朝食はお口に合いましたでしょうか? 叔母からは、あなた様の好みについてあまり詳しく教わっておりませんでしたので」
「どれもとても美味しかったわ。ところで、陛下はどこにいらっしゃるの?」
「それは……私から申し上げてよいものか……」 彼女は手をもじもじとさせて困っている。
もし他の女性が絡んでいるようなことだったら、昨夜のことは絶対にただでは済ませないと心に誓った。
「分かったわ、話してちょうだい。でも、いざとなった時は何も聞いていないふりをするから」
彼女は私の顔色が険しくなったのを察したようで、私を怒らせたくないのだとはっきり分かった。「……承知いたしました。では、決してお口外なさらないでくださいね」
「今朝、夜明け前に陛下はキク様とジルバム様、そして私の叔母を呼び出して、今夜の晩餐会のことについて話し合われました。私はあなた様に関する指示を受けるために呼ばれただけなので、断片的なことしか存じませんが……」 彼女は思考を整理するように一度間を置いた。「それから、皇后様があなた様に敵意を抱いていることはお気の毒ですが、どうかご安心ください。今夜、陛下はあなた様から一瞬たりとも目を離さないおつもりのようです。そして、ここで私の叔母が、彼女らしい計らいをしまして」 彼女はくすくすと笑った。
「計らいって、どういうこと?」 きっと乳母という立場を利用して、何か言い出したに違いない。
「ええ、ご存じの通り叔母は陛下と親しい仲ですので、『姫君には相応しい衣装がございません。このような場で、他の者たちに見劣りするようなことがあってはなりませぬ』と強く主張したのです。『マリク殿下が初めて女性を伴われるのですから、そのお方は誰よりも美しくあるべきだ』と」
「少なくともあの皇后がいる場所で、一番美しくなるなんて不可能に近いと思うわ」 性格は最悪かもしれないけれど、見た目に関しては完敗だ。それに、彼女は私の倍くらいの年齢のはずなのに。
「ご心配には及びません、閣下。私の叔母は、この時を何年も待ちわびていたのですから」
「マリクが女性と晩餐を共にする日を、ってこと?」
「単なる晩餐ではございません、閣下。あなた様の勝利を祝うための、重要な宴なのです」
「分かったわ。でも、何か覚悟しておいた方がいいの?」
「いいえ。叔母は長年、先代の寵姫の着付けを手伝っておりましたから、またその腕を振るえるのが楽しみで仕方ないのです」
「……ああ、そう」 今日は一日中、着せ替え人形で終わることになりそうだ。
「案じられますな、閣下。あなたは良い手に委ねられました。少々ブランクはありますが、叔母の経験は並外れておりますから」 彼女は茶目っ気たっぷりにウインクをした。
「……本当に心配しなくていいのよね?」
「もちろんですとも!」 彼女は笑いながら、大したことではないという風に手を振った。
あまり納得はできなかったけれど、私にできることは少ない。「……分かったわ。片付けを手伝うわね」
「とんでもございません! 閣下、そのようなことは決してお受けできません」
「でも、みんなが戻ってくるまで暇だし、別にいいじゃない」
「閣下」 彼女の声が急に真剣で大人びたものに変わった。「このような雑事で、姫君のお手を煩わせるわけには参りません。それは作法に反することです」
「私の国では、妻や側室を何人も持つことの方が作法に反するけどね」
イヌアは信じられないといった風に目を丸くした。「……ともかく、ここはあなたの国ではありませんし、陛下もそのようなことはお許しにならないでしょう。それよりも、お庭を散策されてはいかがですか? 少し歩けば、消化の助けにもなりましょう」
私はため息をついた。「……分かったわ。陛下が戻られたら、テラスにいると伝えてちょうだい」
「かしこまりました、閣下」 イヌアは恭しくお辞儀をした。
私の言い方に、彼女は何か気を悪くしたと思ったのかもしれない。
「別に、あなたに怒っているわけじゃないのよ。ただ、一日の始まりがもう少し違うものになればいいなと思っていただけ」
彼女の目に安堵の光が宿った。私のことをわがままな跳ねっ返りだと思っていたに違いない。「閣下、どうぞご安心を。じきに毎日、陛下と共に目覚めるようになりますから」
私は天を仰いだ。そういう意味で言ったんじゃないの。……けれど、ったく、その考えは悪くないわね。
私は部屋を出ると、階段を駆け上がってテラスへと向かった。
太陽が私の顔を温める。目を閉じ、その熱を全身で味わった。
両腕を広げ、深く息を吸い込む。空気が驚くほど澄んでいる。
マリクがいつ戻るか分からないし、他にすることもないから、少しトレーニングをすることにした。そうすれば、次の大会への備えにもなる。
弓を探すと、矢筒と一緒に、スツールと月桂樹の鉢植えの近くに見つけた。
射る前に少しウォーミングアップをして、集中力を高めたい。
まずは筋肉を温めるために早歩きから始める。弓道をしているとはいえ、全身を鍛えないなんて、父が知れば決して許さないだろう。それに、自慢のお尻と脚を維持したい。そうすれば、胸が小さいこともカバーできるはずだから。
マリクは私を気に入っている。もちろん、もっと胸が大きければもっと喜ぶんだろうけど。でも、彼の愛撫や視線は多くを物語っている。私という存在は、彼にとって自分でも理解できないほど異国的な魅力に満ちているに違いない。
もちろん、私も彼が好きだ。それも、すごく。
走る速度を上げる。
ったく、なんて魅力的なの。あの広い肩に、絹のように滑らかな金髪。そして、たまらなく男らしい。チュニック一枚着ているだけでも、男の色気が溢れている。それに、私とそれほど歳が変わらないのに、あんなに大人びているのは……きっと責任の重さゆえね。初めて会った時のことを思い出す。最初のキス、そして彼が言った「続き」の誘い。
まあ、大人なのはある程度までで、他の部分ではそうでもないけれど。
マリクから他の女性たちを守ってくれるカラールがいて、本当に良かったわ。
他の女が彼にキスをするなんて、耐えられない。
ったく、私はもう嫉妬なんてしているのね。
走る速度を落とし、激しく首を横に振る。
何を考えているのよ!
彼が何をしようと、私にはこれっぽっちも関係ない。
私はただの仮の側室。私たちの間には何もないし、これからもあり得ない。未来も、何一つ。
そう、せいぜい……肉体的な、官能的な繋がりがあるだけ。それ以上のものは何もないの。
あんな男にのぼせ上がるなんて、自分自身に厳しく禁じなきゃダメよ。
私はまた走り出した。
私たちはあまりにも違いすぎる。すぐに私は元の世界と自分の人生に帰るの。さよならマリク、さよなら私を殺そうとしている皇后。
戦争ともおさらば。
弓は再びただのスポーツに戻って、私は次のオリンピックを目指すのよ。
それにしても、女を一人で寝かせて何も言わずに出ていくような男に、どうして傷ついたりしなきゃいけないの?
まあ、私は疲れ果てていたし、彼は私を寝かせておこうとしてくれたのかもしれないけれど。
ウェでも、一緒に目を覚ましたいと願うくらい、バチは当たらないじゃない。ったく。
私は唐突に足を止めた。
彼のことを考え続けるのはもうやめよう。私たちに未来なんてないんだから。一人で寝かせたいなら、勝手にすればいいわ。どうだっていい。彼がいなくても生きてこられたんだし、これからも生きていける。
自分が馬鹿みたい。十三歳じゃあるまいし、これが初恋でもないのに。これからは彼と距離を置くわ。今夜は彼の美しい「トロフィー側室」として振る舞うけれど、それ以外はキスも親密な時間もおしまい。必要なら、カラールやイヌアと一緒に寝ることにするわ。




