ROUND25・騎士と侍
『さあ、泣いても笑っても最後の戦いだ!両者、悔いの無いよう、全力を絞り出してくれッ!』
司会者のその叫びは、観客にさえ放たれている言葉に思えて。
うねるような振動が波動となり、会場の上空にひしめき合い。空調が意味をなさないほどに熱く、迸る。
『ラウンド1』
全ての力を吐き出す覚悟は出来ている。
『ファイト』
最終決戦の火蓋は、切って落とされた。
『アルヴェルト』は、見た目は剣を携えた、剣士然としたキャラだ。
使う技も極めてスタンダードで、一見して朧丸にも似た初心者向きのキャラクターに思える。だが、その本質を全て味わおうとすると、決して初心者向けの域には留まらない。
その理由は、『アルヴェルト』の『インディビジュアルアクション』にある。
『アルヴェルト』の手にした剣は、ただの剣ではない。
『インディビジュアルアクション』を発動した瞬間、その剣は姿を変える。
『武器変形』という能力だ。
その長剣は、バラバラに分離し、無数に分かれた鉄刃が一本の鋼糸で繋がれ、鞭のように変形するのだ。この状態になると、『アルヴェルト』の操作感覚がまるで通常とは異なるキャラクターとして変質する。
『ファンタジア・ヘブン』に限らず、本来は格闘ゲームというものは、レバーでキャラクターの動きを制し、ボタンで攻撃をするのが常だ。だが、最たる異質な元、『武器変形』を行使すると、変形した武器をレバーで操作して攻撃しなければならない。そして通常時とは逆にボタンで移動に変化する。この複雑化した操作系統が、『アルヴェルト』の特色であり、超上級者向けキャラクターと言われる所以だ。
そして、『リビングストーン』は、『アルヴェルト』を使いこなす、手練れだった。
『武器変形』後の『アルヴェルト』はスタンダードキャラから一転、トリッキー且つ超火力なキャラクターへと変貌する。
蛇腹剣が画面内を走り、その刃に触れた者を切り刻む。
耳障りな硬質な音が響き、ガードの上から体力を抉る。
その攻撃は必殺技扱いのため、ガードの上からでも体力を容赦なく削る。間断なく、継ぎ目無く襲いかかるそれは、ある種ガードしていれば体力の摩耗と引き換えに、安全が担保される。それよりも恐ろしいのは、レバー操作でタイミングと軌道を変えられる点にある。
攻撃が一瞬止んだと判断した次の瞬間には、背後から折り返した刃片が帰り、対戦相手の背後から切り刻む。
タイミングの変化と、中、下段の揺さぶりによりガードを崩され、まさしくそれは剣の乱舞で、相手の体力は瞬く間に赤く染まる。その剣先は、まるで意思を持ったようにうねり、蠢く。
これほどの手練れの扱う『アルヴェルト』と対峙したことがなかった。その時、改めて『アルヴェルト』というキャラクターの本質を知った程だ。
それだけが昨年の敗北に繫がった理由ではない。基本的なキャラクターを操るテクニックだけでなく、全てに置いて、悠紀を上回る。
ガードの上から容赦なく削り卸されるプレッシャーに負け、僅かな隙に誘われ、行動を起こした瞬間を逆に突かれ、剣の初弾が触れた瞬間、巻き上げられるように鉄の鞭は無慈悲に嬲る。逆噴射する水流に吹き上げられるように突き上げられ。瞬く間に体力を奪い去る。
『KO』
去年の再現が、今、この瞬間体現され。
『リビングストーン選手、電光石火の手さばきで、侍を手玉に取ったッ!』
わずか数秒、刹那の出来事。
昨年よりも磨き上げられた、一分の隙もない、淀みのない完成された立ち回り。
『リビングストーン』は全力で悠紀を叩き潰しに来ている。それは、悠紀が相手の全力を受けるに値する力があると認められたようで。悔しくも、嬉しい。
その思いに応えたい。優勝という2文字よりも。
今はただ、目の前の相手にこちらも全力でぶつける。それだけだ。
『武器変形』の弱点は、通常状態と違って、ガードが出来なくなる点だ。
その状態の時に攻撃を当てられれば、ほぼそのまま連続技を決められる。ただ、移動が出来ないと言う訳では無い。
そして、相手の攻撃を受け止めて、返す『武器変形』時専用の必殺技もあるので、迂闊に手を出すのは憚られるのだ。
『リビングストーン』が上手いのは、こちらの攻撃の間合い外から蛇腹剣での攻撃を操っているという点だ。安易なガードキャンセルも許さない、間合い把握すら完璧で。
密度の高い連携に割り込む術はある。だが、タイミングがずれたら終わりだし、一度使えば、二度と術中にはハマってくれないだろう。
ここで負けたら、終わる。出し惜しみをしている場合ではないだろう。ここで終わりなら、あがいて散ってやる・・・!
『リビングストーン』はそんな悠紀の胸中を読んだかのように、画面内のキャラクターから変異を感じ取っていた。
この状況下で出来ることは限られる。
どんな手を使って覆すか、見せてもらおう。
『リビングストーン』は、画面越しに、愉しそうに不敵な笑みを浮かべた。
2ラウンド目。
相変わらず絶妙な間合いを保ち。
悠紀の攻撃は届かないが、『リビングストーン』の攻撃は容赦なく削り取る。
『アルヴェルト』の飛ばした蛇腹剣の先端が『朧丸』を貫いて、折れ曲り、背中側から襲いかかる。
正面から間髪置かずに攻撃が続いた場合、ガード方向は正ガードのままでいい。だが、正面ガードの硬直が解けた時に背後から攻撃を飛ばされた場合、その攻撃はめくり扱いになり、逆ガードになる、これこそが、最も厄介な攻め手であり、多くのプレイヤーが涙を飲んだ戦法。それに加え、足元を狙う選択肢も増やされると、その攻撃は実質ガード不能なのではないかとも揶揄される。
この地獄のようなループを抜け出す手段。
感覚を研ぎ澄まし、悠紀はレバーを傾け、ボタンを弾いた。
他のスポーツは知らないが、ゲームは窮地に立った時にプレイヤーが常軌を逸した力に目覚めて、ドラマティックに逆転、なんて筋書きは存在しない。
あくまでも存在するのは、研鑽したプレイヤーの能力によるものが結果を生み出す。キャラクターは、キャラクター以上の力を吐き出し、スーパーヒーローになることはない。
全ては、プレイヤーの練習次第。力量に左右される。
この土壇場を覆すのは、悠紀の力の底に。それのみだ。
会場が湧いた。
閃光のように突き抜ける蛇腹剣がタイミングを一拍置き、踵を返し、『朧丸』の背中を襲う。
ここだ!
悠紀はボタンを弾く。
針の穴を通すようなタイミング。
『朧丸』は剣を構えたまま、酒のモーション。
『インディビジュアルアクション』、『刹那の見切り』。
通常時は、相手の攻撃を避ける技。だが、相手の攻撃にタイミングよく重ねた場合、追加入力が可能になる。
対戦会でめろんにも見せた手だ。
無敵時間を伴ったダッシュで、瞬く間に間合いを詰め、あれだけ焦がれた射程距離にまで目の前に近づき。
侍の銀閃が煌めく!
『朧丸』が一太刀を浴びせる度、会場からは歓声が打楽器のように打ち鳴らされ、さながら地響きすら生み。
渾身のハイブリッドアーツを絡めた連続技で締め。
起き攻めへ。
『アルヴェルト』の『武器変形』時のフォームは、そのトリッキーで掴みどころのないモーションと引き換えかのように、ガードが出来ない。そして、そのフォームはダウンやダメージを負ってもデフォルトには戻らない。『武器変形』を解除するには、手動で戻すしかないのだ。
なので、起き上がりに技を重ねれば、普通なら十中八九、攻撃はヒットする。解除方法がわからなければ、初心者はそのまま無駄に体力を減らし続けるだろう。
相手の攻撃を返す技があるとは言え、下段や投げには無力だし、即時判定が出るわけではない。相手の選択肢は、大幅に狭まる。圧倒的悠紀の有利な状況下だ。無論、このチャンスを逃す理由はない。
投げは安い。チャンスは最大限に活かしたい。一度で体力を奪う手を打つ。
ゆっくりと、『アルヴェルト』が起き上がる姿がスローモーションに見える。悠紀は『朧丸』を走らせ、プレッシャーをかける。
悠紀はドンピシャのタイミングで下段を重ねようとする。
勿論、リバーサルで返す選択肢はある。だが、この状況。風は悠紀に吹いている。
多少強引でも、押し込む!
そのわずか数フレーム。
悠紀は、脳裏に警鐘のような音が鳴り響き。
ボタンを押す手を止める。
それは、偶然か。直感か。
だが、土壇場で変更した悠紀の手は、確実に悠紀の勝利への道を手繰る。
『リビングストーン』の選択は、リバーサルでも返し技でもなく。
『アルヴェルト』は、後方へステップを踏み、遠ざかろうとする。
バックステップだ。
僅かな無敵時間の伴う移動方法は、足元を狙う攻撃をスカす。
素直に下段を重ねていたら、その硬直中に攻撃を叩き込まれていた。直前で変更した、自分の直感に背筋が寒くなる。だが、すぐに温度を取り戻す。
バックステップは、スカされたのならともかく、モーションがわかっているのなら、対処は容易い。
『アルヴェルト』の足先が地面に次に着いた瞬間、悠紀は改めて通常技を重ね。
その時点での最大限の連続技を叩き込み。
『KO』
瞬間。悠紀の背後で爆発を伴うような高まりが吹き出し。
『さあ!さあさあさあ!勝負はわからなくなったぞ!正真正銘!名残惜しいが、最後の決戦だ!』
その言葉が示すものは、悠紀が2本目を取り返した証明であり、最終決戦への入口でもあった。




