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ROUND26・夢の終わり。夏の先へ

 心臓が必要以上の鼓動を生んでいる。

 その慟哭は、去年とは比べるまでもない。

 格闘ゲームをやり始めた頃。

 上級者の戦いに身を揉まれた悠紀は、どうしたら勝てるのか、というよりも、負けた理由が知りたかった。なぜ、今の攻めが通ったのか。今の攻撃を食らってしまったのか。

 目まぐるしく変わる画面の中、敵のキャラクターがしていることが、全く理解できなかった。

 このゲームに傾倒してしばらく経つ。

 多少なりとも腕に自身がつき。

 自分の負けの原因が理解できるようになってきた。

 昨日まで捌けなかった連携が、今は見えるようになり。返せなかった攻撃の対処法がわかってきたり。世界が広がる度、悠紀は楽しくなる。

 仲間が出来、ゲーセンでの対戦だけではなく、大会という世界に飛び込むようになった。

 去年、目の前にいる相手ににべもなく叩き潰された時。まだ、知らない強者がいるのだと知った。

 今、自分は去年よりも強くなっているだろうか。

 若葉やめろんには悪いけど。

 彼女達の戦う理由が、頭の片隅に追いやられてしまっている。

 なぜなら。

 悠紀は今、最高に『楽しい』からだ。


 飛び交う鞭のようにしなる斬撃を、悠紀は発光したモーションを放つ『朧丸』で受け切る。目で追える攻撃は全てファストガードで弾く。全ての攻撃がスローモーションかのように感じ、自分が超人になった感覚を覚え。

 あえてタイミングをずらした折り返す攻撃すら、見切り、弾く。自分の反応速度が極限にまで磨き上げられ、笑ってしまうくらいに。

 奪い、奪われ。削り削られ。

 お互い決定打がないまま、時間と体力だけが摩耗してゆく。

『アルヴェルト』は体力を一本切った辺り。『朧丸』はそれより下回り。

『アルヴェルト』のもうひとつの弱点は、その多段攻撃の潤沢さ故に、攻撃をガードさせた時に相手のEXPゲージを増やしてしまう。ファストガードを絡めれば尚更だ。

 今、『朧丸』のゲージは天井を叩いており、ゲージを全放出すればこの体力差も覆せる。その間合いに飛び込めるのは、また別の話だが。

 相手もそれを警戒してだろう。牽制に従事し始める。

(しまった!)

 思わず悠紀は声を上げる。

 あえて『武器変形』を解除させた、通常状態で放った必殺技『吠える紅玉』に引っかかり、『朧丸』は火達磨になり、ダウン。

 もう、何か技をガードすれば、余裕で削り落とされる残体力だ。

 案の定、『アルヴェルト』が剣を変形させ、画面が暗転。

 ハイブリッドアーツ『踊る黒曜石』。

 神速の如く乱れ撃つ斬撃を、画面中に放つ技だ。

 このまま『朧丸』の体力を削り落とす腹だろう。

 初弾を一度でもガードすれば、その攻撃から逃れる術はない。やや発生は遅く、連続技に出来ない技だ。だが、距離的に発生前に潰すことはもう出来ない。

 龍のようにしなる剣の波。その剣腹が『朧丸』に放たれる、まさにその瞬間。

 ごく自然に、悠紀はごく自然にレバーを傾け。黄金色の光を纏った『朧丸』が高速で駆け抜け。

 ハイブリッドアーツ発動前の『アルヴェルト』にMAX版の『月閃』が突き刺さる。

 会場のボルテージがこれ以上ない程に高まる。

 この瞬間、悠紀は勝ちを確信したほどだ。

『アルヴェルト』の身体が錐揉みしながら上空に弾き飛ばされ。

 位置、場所共に申し分ない。

 焦り、逸ることはない。

 いつも通り、落ち着いた動きで何百と操ってきた侍の動きをトレースする。

 斬撃をひとつ、またひとつと叩き込み。

 画面が暗転し、逆に『朧丸』が刀を構え。

 背後で何かを叫んでいるが、悠紀には聞こえず。

 ゆっくりと振りかぶる刀が、瞬間的に加速し。

『花鳥風月』。

 銀の軌跡を乱れ打つ、乱舞技。

 その無数の斬撃は、宙に打ち上げられた『アルヴェルト』の体力を、残りゼロにまで奪い去る。


 はずだった。


 踏み込んだ勢いのまま、1打目の斬撃が『アルヴェルト』に叩き込まれ。

 それは運命の悪戯か。

 普通なら、振りかざす全ての斬撃が相手を切り刻むはずだった。

 当たりどころが悪かったのか、そのスピード故か。1打目を叩き込んだ後、『朧丸』は『アルヴェルト』の身体を突き抜け。

 あろうことか、何もない空間に虚しく銀の軌道を描き続け。1打目のみで致命傷を免れた『アルヴェルト』が、無様に剣を振るい続けている背後から。

 無慈悲にも攻撃を叩き込まれ。


 会場を埋め尽くす、落胆とも歓喜とも思える声が混じり合い。


 目の前で起きた現実に、悠紀はしばらく動けないでいた。


『大会の歴史で類を見ない!連覇を成し遂げたっ!』

 司会者が、これで最後だと言わんばかりに声を張り上げ、

『『天上天下』はやはり王者だったっ!』

 勝者を称える歓喜の中。悠紀は冷たい息を吐く。

 もしも、ifというものは、対戦の中では存在しない。

 目の前に転がってきた勝機を、自分の選択で誤って。

 それを、悔いる。

 ゲームは、楽しい。

 だが、やはり負ければ。

 悔しいのだ。


 席を立った悠紀を待っていたのは、胸を打ち付ける軽い衝撃で。

 若葉が悠紀の胸の中に、なんの躊躇いもなく飛び込んできて。

「・・・ごめん。負けた」

 転がり込み掛けた勝利を手繰り寄せることができなかった。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。若葉は、胸の中で、首を振る。

「おつかれさま」

 横に目を向けると、穏やかな表情のめろんが悠紀を称える。

 でも、報いることが出来なかった。

『さあ、表彰式に参りましょう。両チーム前へ。至高の戦いを見せてくれた両者に改めて盛大な拍手を!』

 観客席から送られる惜しみない拍手の波に飲まれて、悠紀達は筐体を立つ。

「・・・胸を張りましょ。立派じゃないですか。2位ですよ?」

 極めて明るい笑顔で、若葉は言う。

 こんな年下の女の子ですら気丈に立っていているのだ。

「・・・ああ」

 悠紀はめろんへ視線を送り、めろんもそれに小さく頷き。

 催された表彰式、優勝者である『天上天下』にトロフィーが授与され割れんばかりの拍手に包まれ、『リビングストーン』がそれを受け取った。

 次いで、準優勝の証である賞状を送られた。優勝者にも負けない音量の拍手に迎えられ。

 賞状を胸元で掲げた若葉を中心とし、記念撮影をして。

 悠紀の夏。

 チームメイトとの思いを背負った夏は、終わった。


 壇上を降りる直前。

 悠紀の眼前に黒い影が立ちはだかっていることに気づく。

 悠紀より僅かに長身の、精悍な顔つき。 誰か、だなんて思うはずがない。

その男は、今まさに数分前まで筐体を挟んで対峙していた男だったからだ。

『リビングストーン』。

 先頭を歩く悠紀は思わずたたらを踏み、後方に続く若葉も釣られて足踏みをする。

『リビングストーン』の物言わずとも強く、鋭い眼光が悠紀を貫く。

 その行動の意味がわからず、思わず悠紀は息を飲む。

 悠紀の目の前に、右手が差し出されたからだ。およそ、握手を求めるような雰囲気と表情ではない。

 その手は恐らく、いや、悠紀以上の研鑽を積んだ手なのだろう。

 深く、硬い。それと同時に、自分が未熟だと錯覚してしまうような。

『リビングストーン』は、悠紀の手を取ったまま、表情を変えることなく。でも、どこか柔らかい感触を纏い。

 そして。

「また、どこかで」

 その言葉は、悠紀との再戦を望んでいるということだろうか。

 仲間を連れたって、『天上天下』は壇上を去った。

 悠紀の手の中には、敗北で終えた悠紀の心を再び熱を焚べるような種火を残して。


 めろんは本業のアイドルの仕事に戻るべく、ライブが行われた会場に戻るとのこと。

 優勝と言う2文字を持ち帰らせてやれなかったことが、申し訳なく思う。

 それに対し、めろんは、

「立派じゃないか。初出場で決勝戦まで残れて。これ以上望んだらバチがあたるよ」

 と、ステージ上にも勝るとも劣らない笑顔を輝かせて。

「ありがとう、楽しかったよ。・・・またね!」

 めろんはアイドルスマイルを残して、手にした小さな賞状を誇らしげに掲げて、去っていった。


 喧騒の中、ある種虚無感のようなものが悠紀の心を吹きすさぶ。

「・・・あー。最後の攻防、シビれましたね」

 さもすれば暗くなりかける空気の中、極めて明るく努めて若葉は言う。

「最後の技、『清風明月』にしても倒しきれなかった可能性もありますよ」

 最後『リビングストーン』相手に叩き込んだ連続技を言っているのだろう。ダメージという点に関しては、『花鳥風月』のほうが高いからだ。どちらにしても、負けていたかも。この議論さえ、意味はない。

「いやー、でもあの状況下ではずすなんて、メーカーに文句言いましょうか」

 今まで一度たりともはずしたことのないあの状況を、メーカーに不具合があると言い放ったのだ。

 その態度に、明らかに悠紀を気遣っている様が垣間見えて、年下に気を使わせてしまっていることを申し訳なく思う。

「どうします?これから」

「・・・他のゲームの大会も見てくか?」

 その問いと答えに、若葉は口元を歪めて頷いた。今日行われている大会は、『ファンタジア・ヘブン』だけではない。悠紀達同様、情熱と想いを注いだ戦士たちが集っている。まだ、胸に宿る戦いに対する渇望が途絶えていないことに、自分でも驚く。

 ほぼ同時に踏み込む足、それはふたりの意見が、一致した瞬間だった。


 虎一や雨音。お互いのチームのメンバーにも迎え入れられ、戦果を労われた。

 今までの戦いが、どこか遠くの世界で行われていた神事かのように、そこには穏やかな空気しか流れておらず。

 連れ添った仲間と共に、1年に1回の祭りを思う存分、堪能したのだった。


 焦がれた夏が過ぎ、終わった。だが、世間的にはまだ夏だ。

 学校が始まるのはまだまだ先。

 悠紀の自室の机には、新たに結果が刻まれた賞状が飾られ。

「・・・ふう」

 学校の宿題と向き合う中。

 ペンを止めた先に視線を向け、僅か数日前の出来事を回顧する。

 今思えば、これでも良かったのかも知れない。大会参加自体が危ぶまれる中、決勝まで行けた。めろんではないが、これで満足しないのなら、それこそバチが当たりそうだ。

「お兄ぃ!対戦しよーっ!」

 バタン!とドアが思い切りこじ開けられ、机に向かう学生の本文を全うしている兄の姿に、妹は目を丸くしていた。

「真面目だね、お兄ぃ」

「お前は宿題初めてんのか」

 亜衣は、夏休みの最後に家族を駆り立て宿題に泣く泣く取り掛かるという、絵に書いたようなピンチを迎えるタイプだ。

 亜衣は、その手に巨大な箱を手にしている。勿論ゲームのコントローラーだ。

 帰宅した悠紀を、亜衣は笑顔で出迎え。

 こうして対戦する日課も変わらず。

「やっぱお兄ぃは強いなぁ!」だの。

あからさまに兄を立てる言葉を並べるのが気になるところ。

 それはやりすぎな感もあるが、亜衣なりに気を使っているんだろうな。

 だから、こうして対戦に講じる。

「・・・いつか、さ」

 不意に、亜衣が先程までの騒がしさとは真逆の静けさで言葉を継ぎ。

「私がお兄ぃを優勝させてあげるんだから」

 と、その表情を真っ赤にさせつつ、手持ち無沙汰にレバーを回転させながら、そんなことを言った。

 いつか亜衣が言ってたっけ。

 自分とゲームの大会に出たいと。

 それは、兄冥利に尽きる言葉だけど。

「ほほーう。そりゃ楽しみだ」

 その言葉のご褒美かのように、悠紀は亜衣の頭に手を乗せ、撫でる。髪が乱れる程に撫で回すことを、妹は嫌がる素振りも見せず。むしろくすぐったくも、嬉しそうに目を細めた。

「まずは俺、若葉にも勝ち越せるようにならないと」

 身内との対戦は、亜衣の戦績は振るわない。それは決して亜衣が弱いという意味ではなく。むしろこの先の成長を感じさせてくれるもので。

「望むところだよ!若葉ばっかりにいい思いはさせないんだから!」

 妹からすれば、2位でもいい思い、か。

 悠紀は苦笑しつつ、コントローラーを握る手を強める。

 今日も部屋の中ではレバーとボタンを弾く音が反響する。

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