ROUND23・強者の真実、追う者の現実
「ねえねえやぎちゃん。動画見るのってどうすればいいんだっけ?」
トライフォースは、世が夏休みだけあって盛況だ。
ゲームセンター『トライフォース』の店長、竹宮舞麗は、カウンターにて自分のスマートフォンと格闘している。
その様子を見て、長身の女性がその珍しい友人の姿に顔を覗き込ませた。
青柳蒼子。舞麗の友人にして、トライフォースのアルバイト。悠紀とは時間がずれているため、今までは顔を合わせたことはなかった。
舞麗は機械に疎い性格からして、スマートフォンだけでなく、このフロアにあるゲーム筐体でさえも手に余る。それでよくゲーセン店員が務まっているものだ、と関心していたりする。そんな舞麗がスマートフォンを仕事を放りだしてまで弄くる姿は珍しい。
それで、思い出した。確か、ここでバイトをしている少年が、今日開催されるゲームの大会に赴くということでバイトの交代を打診されたのだった。
舞麗に変わって、スマートフォンの操作を請け負ってやる。
『ウルティメット・ラウンド』の特設中継サイトに飛び、画面をそれに落ち着かせてやる。
「ありがとー」
柔和な表情でお礼を言う舞麗に、蒼子は穏やかな笑みで返した。
「それにしても、珍しいな。舞麗が男に入れ込むだなんて」
「だって、この一年、頑張ってきたもん、悠紀くん」
少し、意地悪めいた言い方をするも、舞麗はその意味がわかっていないのか、スマートフォンと格闘する意味は、純粋にその少年のことを応援しているようで。
この日のために練習して。ゲームのことはよくわからなかったけど、そのことを考えている時は、楽しそうで。楽しそうなだけでなく、苦しそうで。
それは、一生懸命な証だと思った。だから、その年下の男の子のことを応援してあげたかったのだ。
スマートフォンの奥で起きている喧騒は、小さな画面にも関わらず、そこから飛び出てきそうな程に騒々しく、見たことのない人の波でひしめき合っていて。
そして。
「・・・お。この子か?」
画面上に映し出された映像には、舞麗から聞かされていた特徴を有した少年がいた。
「うん!」
そう答える舞麗の表情は、笑みに満ち溢れ、この上なく嬉しそうだった。
「あのー・・・」
その時、カウンターの向こうから、お客さんが困り顔で話しかけてきた。
「私が応対する。お前はゆっくり見届けてやれ」
「ありがとう、やぎちゃん」
スマートフォンの画面を凝視する親友の姿を見て、蒼子は穏やかな笑みを浮かべたのだった。
梅津家。
亜衣の自室。
机でタブレットを立てかけつつ、亜衣は眉根をひそめる。
勿論、その画面に映し出されているのは『ウルティメット・ラウンド』だ。
親友が、自分の兄にベタベタひっつくのはこの際いいだろう。まさか、チームメイトの残りの3人目がアイドルである桜田めろんだったなんて。帰ってきたら、どんな結果だろうと、その辺りをくまなく追求させてもらおう。
パーティー開けをした菓子袋から手で鷲掴みにしたポテチを口の中に放り込みつつ、荒々しく咀嚼。
親友である若葉の活躍により、決勝進出は成ったようだが、それぐらいしてもらわなければ困る。
半ばヤケ食いの様相のまま、亜衣は戦いの行方を画面の中の光景を追うのだった。
「ほら!お父さん!」
桃原家。
リビングにて、若葉母は手帳タイプのカバーに覆われたスマートフォンを立てかけ、テレビに向かって背を向けている若葉父に向かって手を招いていた。
視線は前を向いているのにも関わらず、意識は横に引っ張られているのが見えて、思わず可笑しそうに笑う。テレビの音量はいつもよりも小さいし、スマートフォンから流れる音のほうが大きいからだ。
若葉は、この大会を終えれば、自分の未来のために歩くことを約束した。
この大会とやらに賭ける想いは、大きい。
若葉父は、あくまでテレビを見ているんだ、という体を崩して、横のスマートフォンに目をくばせる。盗み見た画面の中で行われていることは、綺麗さっぱりわからないけど。
そんな夫に、妻は再び笑みを零し。
スマートフォンごとテーブルを滑らせて、見やすい位置へと移動させる。身体はテレビの方へ向いているにも関わらず、目はしっかりと小さい画面に向けられるその姿と共に、若葉母は画面の奥の娘へと心の中でエールを送った。
亜衣は、指の中のポテトチップを震える手で取りこぼした。
亜衣も、ゲームに対しては無知ではない。対戦経験は兄が主で、オンラインの対戦は齧る程度で。ゲームを語るには経験も知識も足りない。
でも、若葉の強さは知っている。
自分では勝ち越すことの出来ないくらい、強く、しなやかで。
兄以外で、初めて憧れた人物だ。
それが。こんな。
今も、悠紀は目の前で起きたことが信じられないでいた。
めろんに次いで出陣した若葉。
慢心はなかった。でも、自信がない訳でもなかっただろう。
ここまで来れたことは、疑いようのない事実で。少しは、いい戦いができるのではないかと、期待した。
その実は、自分と外の世界に実力の差が自分の想像以上に開いているという残酷な事実を認識することで。
『キャンサー』が操る『カラス』は、1ラウンドを取られることなく、若葉を下す。
絶対的な力を持つ竜の女王は、その力を顕現させることなく。
散った。
席を立った若葉の足元は、わずかに震え、悠紀はそれを手を取りながら、支える。
「・・・ごめんなさい」
震える声で、目には薄く潤んだもので滲ませながら。
その敗北は、決して若葉の能力が劣っているという証明ではないだろう。事実、悠紀は若葉に手を焼いたこともある。
対戦は時の運。実力が拮抗した場合、様々な要因で運命は常に流動し続け。その勝利への道筋をいち早く手繰り寄せた者こそが勝者たり得る。
『『キャンサー』選手、怒涛の2連勝!『開花宣言』、後がなくなった!』
司会者の言うことが、今の状況を如実に示しているのは確かだった。
3人目。
大将である悠紀が席に座る。
『さあ、『U2』選手は、去年この劣勢から大将を引きずり下ろす偉業を見せて這い上がった!その再現なるか!』
悠紀はリーダーにカードを乗せ。
冷静な手つきでカーソルを動かし。自分の分身である侍に合わせ。ボタンを弾いた。
『キャンサー』操る『カラス』は、このゲームきっての超攻撃的キャラだ。
振るうナタとも斧ともつかない武器なのもそうだが、バトルスタイルも攻撃的。
必殺技も豊富で、宙に停滞する飛び道具や、切れ味鋭い技を有し、攻め手には事欠かない。
『カラス』を攻撃的と至らしめているのは、インディビジュアルアクションにある。
『エストラス・ソウル』
ボタンを同時押しした瞬間から、モーションと発動エフェクトを挟んで、攻撃力が大幅に上昇する、『発狂』、『覚醒』とも揶揄されるパワーアップ技。だが、その瞬間から『カラス』の体力ゲージは取る行動に関わらず減少してゆく。朧丸の『死月』と似た性質だが、こちらは発動中にカウンターを取られやすくなり、相手に暴れられた際に事故死の確率も跳ね上がる。
そのリスクも、怒涛の攻めが行使できるのなら、意味をなさなくなる。
めろん、若葉共に敗北を喫したのも、その法外な攻撃力にあった。反撃を許さぬ鋭角な攻め、時間で体力が目減りするリスクを意に介さず、相手の体力を容赦なく削り取る。
それを可能にするのが、『キャンサー』の類まれなるプレイヤー性能。
通常技を一手でも初弾をヒット、ガード問わず、受けた時点で相手のペースにハマる可能性がある。そこを捌けるのかが焦点だ。
『ラウンド1』
その声が、悠紀の緊張を引き戻す。だが、静かに息を吐き、その心臓の鼓動を良いものに反転させる。それは、心に焚べられた闘志か。
『ファイト』
その声をきっかけに、悠紀はレバーを弾いた。
旗色は、悪い。
予想通り、『キャンサー』はこちらの思惑など知ったことではないように、攻め一辺倒だ。
緩急ではない。全てが致死量に等しい鋭角な攻撃。相手は、腕が2本あるのではないかと思うほどの密度の高い攻めを展開。
一瞬の隙を疲れ、投げが通り。
『カラス』が吠え、体表を点滅させる。
『エストラス・ソウル』
体力の現象と引き換えに、膨大に高まる攻撃力。
『モルテッド・フェザー!』
『カラス』が吠え、獲物を振りかざす。
放った黒い斬撃が衝撃波となり、回転。数秒、宙に停滞する半飛び道具を化する。
相手の起き上がりに重ねれば、その後のn択攻撃を容易に仕掛けられる。
大きなエフェクトに遮られ、鋭く早い攻撃は視認しにくい。ただでさえゲームスピードがスピーディーなのに。
低空ジャンプ強武器攻撃が刺さり。続く連続技で、同じゲームなのかと言う程に、瞬く間に体力が削られ。
案の定、『キャンサー』は起き攻めに移行。めろん、若葉もこのまま切り崩され、負けた。
悠紀はダウンしているこの瞬間も、レバーを傾け、起き上がる瞬間にボタンを押し込む。
朧丸の身体が黄金色に輝き、振りかざした剣から、上方へ向けて閃光が放たれる。無敵時間を伴った、MAX版『月光』で切り返そうとするが・・・。
刀から迸る衝撃は、相手の体力を数ドット削るのみ。
こちらのリバーサルを読んで、攻め手をやめた。ただ攻撃力にかまけて、やたらめったら飛び込むだけではない。相手の返しの一手を読む嗅覚もちゃんとある・・・!
攻撃が切れた瞬間を読み払って、怒涛の攻めは再開される。
そして。
『KO』
あまりにも速く、あまりにも無様に悠紀は組み伏せられた。
去年よりも鋭さは増し、確実にその強さと成っている。こんなにもあっさりと倒されたことが、何よりの証明で。
『さあ!『天上天下』、王手だ!後が無くなった『開花宣言』!頑張れ!』
『ラウンド2』
気合を入れろ。次、負けたら終わりだぞ・・・!
『ファイト』
守ったら負ける。
多少強引でも、こっちも纏わりつかなければ。『インディビジュアルアクション』を発動させてはいけない。
細かい牽制を交えて、こちらが近寄りつつも、相手は近寄らせない。ジャンプを先読みし、通常技対空で落とす。良し。反応出来ている。
一進一退。でも、どこか相手の手の平の上で踊らされているような感覚さえ覚える。相手が優位に立っているのに代わりはない。
つかず、離れず。
『エストラス・ソウル』を発動させないように。
一瞬の隙を縫い、相手が駆ける。
悠紀は背筋に寒いものを感じ、半ば本能的に指を弾く。
交錯するエフェクトと共に、『朧丸』と『カラス』が間合いを弾かれる。
通常投げを狙ってきた。1ラウンド目とは違い、容易に近づかせないことに苛立ったのか。
ただ、このまま拮抗していても、先には進まない。どこかでこちらも仕掛けないと。
そんなことを思っていた、瞬間。
『カラス』に吸い込まれるように『朧丸』が引き寄せられ。『朧丸』の腹部に獲物が突き立ち、そのままの勢いで貫いた敵を画面端まで追い込む!
コマンド投げ、『ディバウア・スパイク』。
相手に武器を突き刺し、そのまま画面端まで押し込むため、常に技後は、相手を画面端に追い込んだ有利な状況となる。起き攻めこそ間に合わない硬直時間を有するとは言え、相手に画面端を背負わすプレッシャーは余りある優位性を得る。
馬鹿な。
まだコマンド投げが成立する間合いではなかった。
・・・コマンド投げを受ける寸前に、一瞬だけ見えた技。
通常技の中には、演出上、キャラクター自身が移動するものもある。例えば地面を滑るように蹴り込むスライディングのような。
それといった技は、キャンセル可能不可能に関わらず、出始めならはその限りではない。
『カラス』の、前方に移動する技を、攻撃力が発生する瞬間をコマンド投げでキャンセルすることにより、移動距離を付与したのだ。間合い外から強引に。
悠紀の焦りは加速する。
力押しだけではない。細かなテクを混ぜる、卓越したプレイヤー性能。
遥かに、悠紀の上を行く。
まだ、彼らに遠く及ばない。戦うことすら、同じステージに立つことすら憚られるような。
・・・諦めかけた。
何、弱気になっている・・・!?
少なくとも、悠紀達は実力でここまでのし上がった。
資格があるというのなら、この決勝に辿り着いたことこそが、何よりの証明であるはずだ。
格闘ゲームは、体力が0ドットになった瞬間が負けなのではない。0ドット以下になった時が、負けなのだ。
まだ、悠紀の『朧丸』の体力は、0になってなどいない。
悠紀の心に、消えかける闘志が、再び灯る。




