ROUND21・頂上を目指す者達
先鋒として飛び出した若葉の対戦内容は、悠紀が心配するまでもなかった。
悠紀の知る戦いはそのままに、怒涛の攻めで次々と対戦相手の体力を奪ってゆく。
持ちキャラであるデュラノアは、その残虐性を体現するように。
ダッシュからの中段。下段。投げ。的を絞らせない攻勢。代わりに、防御はどこかに置いてきたかのように。むしろ、防御などに気を振る必要などないのだ。
雪崩のように押し迫る攻めは、相手に反撃をさせることを許さず。拷問、処刑かの如くひとり、またひとりと屠り。
『KO!』
デュラノアの鋭い斬撃が相手キャラクターを弾き飛ばし。
蓋を開けてみれば、若葉の3タテでAブロック決勝戦は、悠紀たちのチームの勝利となった。急いで来たのが馬鹿らしくなるような、若葉のひとり舞台。
悠紀の胸の中を、熱く迸るような気持ちが渦巻き。
「よおしっ!」
悠紀は思わず拳を握り、叫び。
めろんは先程のアイドルライブにも負けず劣らない笑みを浮かべ。
その立役者となった張本人。若葉は一度大きく肩で息を吐き。
『ウルティメット・ラウンド、ファンタジア・ヘブンの部。Aグループ決勝進出は『開花宣言』!おめでとうございます』
司会者が、勝者である悠紀達を言葉で称え、客席からは天井が割れんばかりの惜しみない拍手が送られる。
相手チームと一礼し、壇上を降りる。その際、若葉は嬉しさが隠しきれないのか、軽やかなステップが交じる勢いだ。
若葉の背中は、小さい。でも、今は大きく見える。
くるり、と振り向くと、そこは引き絞りつつも破顔寸前に嬉しさを噛み殺している様子がまざまざと見える。
「ううう」
声を絞り、呻いたと思った瞬間。
悠紀の胸に衝撃が伝わった。
若葉の身体が悠紀にぶつけられ。強い力で抱きつかれる。まだ、周囲には人もいる。めろんもいる。だが、人目を憚ることなく。だけど、悠紀は安易にその身体を引き剥がそうとしなかった。
若葉の夢。ウルティメット・ラウンド出場だけでなく、決勝という夢以上の舞台への進出が叶ったからだ。
「いやはや、遅刻したことに対する怒りは凄まじいね」
冗談交じりに言うめろん。準決勝であわや不戦敗を喫しそうになる寸前に悠紀とめろんが現れたため、若葉は位置番手を買って出たのだが。
「私も、夢みたいだ」
決勝への夢見心地を感じているのは、めろんも同様だろう。自分のアイドルライブで自分の夢を高め、磨き上げてきた。
その夢が、今花開いた。
「全部、君のおかげだよ。君だけじゃなく、若葉ちゃんも」
それだけでなく、今まで携わってきた、関係者。同じグループのメンバー。
上げるとキリはない。
「喜ぶのはまだ早いぞ」
ここまできたら、頂点が視野に入っている。欲を出すのは早計だが、ここまで来たら、勝つか負けるかしかない。そして、その意味は今までとは比べるまでもない。
「・・・そうだね。次のライブでいい報告が出来たら何よりだ」
それは、送り出してくれたファンに報いる、最高の結果だろう。
悠紀は自分のチームが決勝にコマを進められたのは勿論だが、気になる点は決勝で戦う相手だ。
先程まで悠紀達が戦っていた壇上は慌ただしい。
入れ替わるようにBグループの対戦が間もなく始まるからだ。
Bグループには、虎一のチームが名を連ねているはずだ。
勿論、上がってきて決勝の壇上で戦うのが悠紀の理想だ。
重くのしかかった肩の荷を下ろしつつ、悠紀はBグループの戦いに目を向ける。
「どうよ。Aグループの勝者サマは」
壇上に乾いた視線を向けつつ、軽い口ぶり。細く、しなやかな肢体はどこか危うさを見せて。どことなく、カマキリのような風貌。
問われたひとりは柳眉の整った精悍な顔つき。
その質問には答えることなく、腕を組んで口を引き結んでいる。こちらは侍のような佇まいで。
去年のウルティメット・ラウンド決勝で戦った、対戦相手だ。
プレイヤーネーム『リビングストーン』。
昨年の決勝で悠紀と辺り、大将戦までもつれ込んだが、1ラウンドも返すことも出来ずに敗北した相手だ。
リビングストーンの強さも去ることながら、『キャンサー』と呼ばれた2番手であったこの男も一分の隙も見せない手練れだった。
悠紀達は3人がかりで『キャンサー』を下し、ようやく『リビングストーン』を引きずり出したのだ。
それくらい強く、悠紀は自分のレベルがその強さから程遠いことも知った。
「・・・さあな」
『リビングストーン』は、Aグループの勝者が誰であろうとも構わないのだろう。誰であろうとねじ伏せ、叩き潰せる強さを持つ。
「はあ。だよな。今年も俺等の勝利は揺るがねえだろうな」
絶対の自信を『キャンサー』は掲げる。もし、優勝が叶ったのなら、同メンバーでの2連覇は史上初である。
対戦に絶対は無い。
どんな手練れだろうと、何か僅かなきっかけに、いつもの動きが崩れることもある。だが、彼らの言葉だけは、未来予知かの絶対的なものを宿している。
「相手が誰であろうと、全力で叩き潰すまでだ」
対して、『リビングストーン』は高ぶることなく、それだけを告げた。
「・・・・・・」
悠紀は言葉を継げないでいた。
Bグループ。
虎一率いるチームは、『リビングストーン』率いるチーム『天上天下』と当たり。
敗北した。
一人目は順調に下した。問題はその後だ。
二人目の『キャンサー』。
使用キャラは『カラス』。手にした獲物が、美容院や床屋でしか見ることのないカミソリを、そのまま巨大な武器にしたような、斧ともナタとも言える武器を手にしたキャラだ。
残忍なキャラクターを体現したかのような、切れ味も鋭いバトルスタイルが信条。
『キャンサー』の動きは常軌を逸したように速く、強い。
去年も三人がかりでようやく引きずり下ろせた相手だ。
虎一も、去年の苦い思い出があるからこそ、今年も今まで以上の研鑽を積んで、出場を目指したのだろう。
悠紀と戦った予選会。悠紀が怪我をせず、万全だとしても果たしてすんなりと蹴りがついただろうか。それくらい、虎一は悠紀と切磋琢磨する実力を持つ。
目の前の光景が、まだ受け入れられない。若葉は、なんとも言えない顔で。めろんは心配そうな顔で悠紀の方を見ている。
「ははは。負けちまった。あれだけにべもなくやられたら流石に諦めがつくってもんだ」
極めて明るい振る舞いで、虎一が悠紀の前に現れる。
その言葉を額面通りに受け取れるほど、その表情は明るくは見えなかった。
「言うのが遅れたけど、決勝進出おめでとう。俺達の分まで、気張ってくれ」
そう、自分の思いを託すように、虎一の力ない拳が悠紀の胸元に押し付けられた。
順当に行けば、Bグループの本命は『天上天下』に疑いはない。参加者の中でも頭ひとつ図抜けた力を持つのは誰の目から見ても明らかだ。それは決して全開大会優勝者だから、という言葉では片付けられない。
キャラクターを最大限に操る技量。反応速度。コンボ精度。読み。全てが一級品を越えている。
「じゃ、俺達は観客席から見守らせてもらうぜ」
虎一と、そのチームメイトは、その顔に精一杯の笑みを浮かべて、その場を立ち去った。
この瞬間、虎一の夢は潰えた。誰かが勝てば、誰かが負ける。当たり前の不文律。
頑張れば、報われる世界ではない。勝者は、常に一組。
悠紀は、虎一、そして雨音の思いも引取り、この先に進まなければならない。
それを改めて確かめるように、自分の手を握りしめる。
勝てるのか。自分が。
そんな想いが渦巻き始めた時。
ぽん、となにかが頭に触れられた。
そちらの方を振り向くと、険しい顔をした若葉が。
「まーた難しいモードになってるんじゃないですか?」
諌めるように、若葉は唇を尖らせる。
「さっきみたいな暴走をされると、こっちも困るんですけど」
叱るように、でも極めて冗談めかした口調で。
「友達の思いを背負うのは結構ですけど、それで動きがガチガチになったら本末転倒ですよ」
勇み逸って、先鋒を買って、無様に負けた時を思い出す。
「虎一さん達には悪いですけど、これは私達の戦いです」
ここまで来れたのは、若葉、めろん。そして支えてくれた人がいたから辿り着いた境地だと思っている。それは、若葉も例外ではないだろう。
両親。特に父親との約束を背負っている。
でも、今は今だ。
若葉は誰に言われたからここにいるわけではない。誰のためでもない。自分がやりたいからこの世界に飛び込んだのだ。自分であがいて、ようやく辿り着けた悲願だ。
「私達が全力で戦って。その姿で、報いましょ」
また、先走りそうになった。年下の少女にそれをたしなめられて。
それと同時に、沸き立つように奮い立って。
「そう、だな」
それを再び、若葉から教わった。
Bグループは、予想通りなら十中八九、『天上天下』が勝ち上がって来るだろう。それならば逆に心構えができる。
静かな決意を胸に、悠紀は前を向くことを決めた。
下馬評で言えば、今大会は2連覇が掛かる『天上天下』が本命。
準優勝者を内包していようとも、残りふたりのメンバーが無名な女の子であるために、悠紀のチームの注目度はさほどなかっただろう。
だが、敗者復活から、そしてチームメイトのひとりが現役アイドルであるという情報が飛び回り、ここへ来て注目度は最高潮に高まり。主にめろんを応援する元々のファンも相まって、会場内には実力で勝ち登ってきた『天上天下』にも勝るとも劣らない熱を感じている。
そして、同時に注目され始めたのが若葉だ。
この場に参加する人間のほとんどが高校生以上という中に置いて、壇上に上がっているのは唯一と言っていい女子中学生で。
準決での3タテでの勝利も相まって、妙な人気の高まりを感じている。奇しくも昨年の雨音に感じたような、生暖かい視線。
舞台外での応援や後押しは、残念ながら元来の実力を直接覆すものにはならない。だが、会場の空気は変わるだろう。それがどのように作用するのかは未知数だ。
どちらにせよ、決戦の時間は迫る。




