ROUND20・First Stage
薄い肉の挟まったサンドイッチを手にしながら、若葉は未だ夢見心地だ。ぽけー、と珍しく中空に微睡んだ視線を向ける若葉を見られただけで、ここまでこれて良かったと思う。無論、これからが本番なのは言うまでもない。
Aグループの決勝、全体で見れば準決勝は、昼休憩を挟んだ後。そのへんの売店で打っている昼食を手に、今は一時の休憩を悠紀と共に楽しんでいる。
朝に聞いた通り、めろんはアイドルとしての仕事があるため中抜け。歌唱を含めたイベントが、野外特設ステージにて行われるらしい。
見に行くのも良いが、準決勝と重なってしまいそうなので、そっちには気を割けないかもしれない。めろんには悪いけど。
若葉の当初の目的通り、最低条件は達した。各種ゲームは、この先の準決勝からネットで生配信をされる。少なくとも次の試合から、若葉の勇姿が父親に届くのだ。そう思うと、改めて悠紀は気合が入るのだった。
ファンタジア・ヘブンの他にも行われるゲームの見物をしたり、刻一刻と時間は過ぎていく。
「・・・・・・」
傍らの若葉の表情は優れない。その理由は未だにめろんの姿は現れないことにある。準決勝まで、まだ時間はある。特に綿密な打ち合わせが必要ではないけれど。今更小細工を企てたって仕方のない。だが、浮き立つような不安感があるのは確かだ。
「俺、ちょっと見てくる。若葉はここにいろ」
悠紀はその場に若葉を残し、会場を後にした。向かうは、めろんがミニライブを行っているという特設ステージだ。
そこは、会場内に漂う熱気とは別の種類の熱さで満ちていた。
壇上に立ち並ぶ七色の輝きを持つ少女たちが、踊り。熱狂に負けない程の歌声で観客を魅了している。その中には当然、悠紀の見知った顔もいる。改めて、めろんの凄さを肌で感じ取っていた。
「ここで繰り広げている大会よりも、熱く行くよーっ!」
壇上で踊るリーダー格の少女が、観客を煽る。
ファンを楽しませ、喜ばせるのは結構だが、悠紀にはその姿を純粋に楽しむ余裕はない。壇上でキラキラと輝きを放つめろんとは対象的に、悠紀の心の中はどんよりと雲が浮かぶ。
「梅津くん!?」
壇上のえれくとりっがーがパフォーマンスを終え、MCトークを繰り広げる中、悠紀は何者かに声を掛けられた。
そこには、アイドル応援するための武装に完全防備した森田と、その友人である宮本がそこにはいた。
「梅津もえれくとりっがーのライブを見に来たのか?」
「梅津くんは今日行われているウルティメット・ラウンドに来たんだよね」
宮本の問いに、森田が答える。
「・・・それで、こんなところにいていいの?」
悠紀は、無事準決勝に勝ち進めたことを報告すると、森田はまるで自分のように喜んでくれた。
「んじゃ、もうすぐ準決始まる時間じゃねえか?こんなとこにいていいのかよ」
悠紀のチームメイトは、隠しているわけではないが、言いづらいのは確かだ。
森田達も、まさか目の先にいるアイドルがゲームの大会に出る出場者だとは思わないだろう。めろんは、ファンには当日まで秘密裏にしておきたいと言っているらしいし。
「い、いや」
悠紀はチラチラと壇上へと目を向ける。
「梅津くんも、すっかりえれくとりっがーのファンになったってところかな?」
心の底から嬉しそうに、悠紀が自分たちの領域に踏み入れたと勘違いをしているようだ。そのきっかけが、宮本の代わりに連れてきたライブである、とも。
「だけど、機材トラブルでライブは予定時刻を割ってるみたいなんだ」
・・・まじか。
ライブが終わるのを待ってたら、不戦勝で終わるぞ。
ステージの上のめろんに、焦りの表情はない。流石はプロだ。
このまま、めろんがアイドルとしての矜持を全うするのなら、大会に出るという夢を志半ばで諦めるということになる。でも、悠紀はそれを急かすことは出来ない。
こんなにも彼女達の目の前には、彼女達を求めて熱狂するファンがついているのだから。
それが、めろんの選んだ道ならそれを尊重したい。
突如、壇上を含めた会場がにわかにざわつき始める。
次の曲が一向に始まらないからだ。再びの機材トラブルかと誰もが思ったその時。めろんを中心として、メンバーに囲まれている。
「えー。ライブを楽しみにしている皆さん!」
リーダー格のメンバーがマイクに向かう。
「今日はわたし達から大切なお知らせがあります」
森田や宮本を含む観客がにわかにざわめく。それを察したリーダーの女の子は慌てて両手を振り、
「あ、違うの!ごめんね紛らわしい言い方して!」
そう、苦笑しながら。
「ウルティメット・ラウンドのアンバサダーに任命され、本日も大会にお邪魔してますけど」
努めて回す軽快なトークは、一瞬のピリつきが無かったかのような柔らかさを伴う。
「メンバーのめろんちゃんが、ゲーム好きというのはファンなら周知の事実ではありますが」
言いながら、リーダーはめろんの肩に手を起きながら、
「何を隠そう、めろんちゃんは本日の大会に挑戦中でして、なんと準決勝進出を決めております!」
その報告に、会場中の観客、そしてめろんファンと思われるゾーンが一際ざわめく。
「ご存知の通り、本日は不運にも機材トラブルが重なりライブが押しておりますが」
ここでリーダーは少し真剣な眼差しになり、
「このままめろんちゃんを送り出すことは出来ませんか」
それは、この後の歌唱をすっ飛ばして、中止することを意味する。
会場の殆どの客、いや、ここにいる人間は全てえれくとりっがーが目当てといっていいだろう。この会場の外で行われているゲームの大会は、預かり知らない世界のことだろうし、たまたまライブ会場がここであって、程度かも知れない。誰が勝って誰が負けようが、関係はない人間もいるだろう。
「アイドルとしての職務を全うしろ!」
観客のどこからか、そんな心無い声が飛ぶ。ざわめく客席。壇上のめろんだけでなく、メンバーは複雑な表情になる。やはり、ここでメロンが抜けることは、彼らの楽しみを奪うことになるのではないのか?
ざわめきは大きくなり、壇上の袖口から見えるスタッフさんもどう対応しようか思案しているようだ。
そんな時。
「めろんちゃんっ!頑張れっ!」
ごく近い、むしろ悠紀の側からそんな叫び声が聞こえる。
そちらの方へ振り向くと、宮本が顔を真っ赤にしながらも絶叫していた。そう言えば、宮本はめろん推しだったな。
以前えれくとりっがーのライブが催される時、家の事情で行けないことを血の涙を流しながらその権利を悠紀に譲ったこともあった。それに報いる仕事イコール戦利品を土産に持ち帰ったことが出来たわけだが。それだけでなく、悠紀はめろんという頼れる仲間と繋がることが出来た。
宮本の勇気に伝播されたように、同じくめろんファンであろうその決意を押しだす声が連なり始める。
めろんファンは、格闘ゲームが好きで、この日を目指していたことも知っているのだろう。
リーダー格のメンバーが、穏やかな顔でめろんの肩に手を触れる。こんな後押ししてくれるファンがいてくれることに、表情を喜びで崩している。
そして。
壇上のめろんは、客席に悠紀の姿を認めた。驚きに目を丸くするが、やがて口元に笑みを浮かべる。
「来い!もうすぐ試合だ!」
思わず、悠紀は叫んでしまっていた。
周囲の視線がその中心に集まる。森田だけではなく、宮本もその声に驚いているようだった。
「梅津、お前」
信じられないような目で、宮本は悠紀を見る。憧れのアイドルと軽く口を交わしていることに対してだろう。
「・・・チームメイト、なんだ」
「梅津君、めちゃくちゃ強いんだ。その点に関しては問題ないと思うよ」
恐らく、宮本の心配事はそこではあるまい。
壇上では、他のメンバーに後を押され、会場に向かうよう促されている。めろんも、その顔にはいつものゲーマーとしての表情、そして決意を見せている。
・・・ちょっと待て。そのままの姿で行くのか?
めろんは着替える様子も何もなく、壇上で歌い踊っていたアイドル衣装のまま壇上を降り始めた。確かに、着替えを待っている時間も暇もないのは確かだが。その間も、客席に向かってのファンサービスを絶やさない。
マネージャーかスタッフか。横に人を携えながら、こちらに近づいてくる。
対峙するめろんと悠紀。
悠紀が小さく頷くと、めろんはくるりと客席へと振り返り。
「みんな!ありがとう!行ってきます!」
その声に呼応するように、客席からは様々な声が上がった。その中に、否定するような声はもう、なかった。
大会会場まで数10メートル。人並みを掻き分けて悠紀とめろんは走る。それを護衛するのはスタッフさんと、
「おい、梅津」
宮本が悠紀と並走して聞いてくる。
申し訳ないが、悠紀はもうあまり余裕がなく、前しか見ていない。心半分で宮本の言葉に耳を傾ける。
「お、お、お前。まさかめろんちゃんと、つ、つ、つ付き合ってるとかじゃねえだろうな・・・!」
静かな怒りすら携えて、それを押さえつけながらも鬼気迫る表情で聞く。返答次第では何をしでかすかわからない、そんな様子だ。
アイドルと一介の高校生男子との繋がることなんて、そうそうあるわけ無いだろう。
めろんは確かアイドルたり得る魅力に満ちた女性ではあるが。今は、悠紀のチームメイトでしかない。
「梅津くん、は。はあ。強いから、、はあ、大丈夫だよ」
それに追いつくように全速力で走る森田が言う。
「そういうことを聞いているんじゃねえ」
鋭い目を森田に向ける。
「・・・負けたら、許さんからな、梅津!」
「・・・任せろ」
強く睨みつけつつも、どこか後押しするような宮本の視線を受け、悠紀は大きく頷いた。
「あ!来た!こっちこっち」
背中合わせの筐体の乗る壇上から手を振るのは、若葉だ。
すわ不戦勝か、という状況下で、チームメイトが現れたことに若葉はその表情を崩し、息を吐く。周囲の観客は、ひとりのメンバーがド派手な衣装に変化したことに驚きを隠せない。
『たった今情報が届きました』
壇上の司会者が、別のスタッフにこそっと耳打ちされたことに驚く。
『開花宣言のアンデス選手。その正体はえれくとりっがーのメンバーである桜田めろんとのことです!』
めろんはその紹介にアイドルモードとなり、会場の観客に向かって笑顔を振りまいている。恐らく、ライブ会場とは真逆の客層である観客席も、一瞬にしてある種殺伐とした空気が軟化した。今から始まるのは、心躍るアイドルのライブなのではなく、頂点を目指す、ゲーマーの戦場だ。
ていうか、ここまで全速力で走ってきたのに、凄いな。めろんは息ひとつ乱していない。ちなみに森田と宮本は、この会場の入場寸前で力尽き、後を託された。
「ごめん!遅くなった」
「もう!順番は私が決めときましたよ」
ふたりが来ないことに業を煮やし、若葉は時間稼ぎに終止した。必要以上に順番決めに時間を書けたり、司会者に媚を売ったり。やりたくもないことをして時間を稼いだのだ。
先鋒は若葉、後は適当に決めてください、とその鬱憤を晴らすかのように若葉は早々に椅子に座る。
「・・・次、私が行こうか?」
涼しい顔で、めろんが言う。それはぜひ、お願いしたいところではある。息も絶え絶えの中、悠紀は「頼む」と応えるだけで精一杯だった。
「・・・マジだ。めろんちゃんが壇上にいる」
息を吹き返した宮本と森田が、今まさに始まらんとする戦いを遠目から見守る。宮本からしてみれば、推しの願いが叶った瞬間に立ち会えたことに喜びに身体を震わせていることだろう。それを未だ青い顔と息のまま、「よかったね」と森田は力なく答える。
ちらりと覗き見る親友の顔は、憧れのアイドルが、本当に好きなものと向かい合っていることが嬉しいのか、その表情は上気し、真っ直ぐな眼差しを壇上に向けていた。親友のそんな表情が、森田は嬉しくもあった。
「・・・なあ」
宮本は、熱に浮かされたように小さく呟く。
「うん」
「あの娘も梅津のチームメイトか?」
先鋒を務めるのは、悠紀でもめろんでもない、女の子だ。彼らを差し置いて座っているのだから、「そう」なのだろう。この場、この準決にまでコマを進めたのだから、実力も折り紙付きだろう。
「・・・可愛い」
果たして今のは森田の幻聴か。
森田が横を見た時、そこにはまるで女神を目の前にした時のように目を輝かせた親友の姿がそこにはあった。
気の多い友人の姿を見て、森田は小さく溜息を吐いた。




