作戦前夜
セトを連れて居住区に戻り、自室の扉に手を掛ける。
「?」
部屋の中に複数の気配を感じる。
「まーた俺の部屋で…何やってるんですか?」
「おぉ〜おかえり!」
「お、お邪魔してます」
部屋の中に七人。リュートも綾小路も城に戻っているようだ。
「遅かったわね、何をしてーー…」
俺の後ろから部屋に入るセトの姿を見た星華さんが固まる。
「…どこで拾ってきたのよ…。その娘…」
「拾ってないですよ。どちらかと言えば捕まえてきたと言った方が正しいですね」
「……よし、みんな、警察にいくわよ」
「誤解ですよ。こいつは昨日言ってた暗殺者。さっき衛兵から回収してきました」
「「え!?」」
昨日はいなかったリュートも綾小路も彼らから話は聞いているようだ。
「ふんっ、夜豹族の暗殺者か。俺たちを殺すにはいい人選だな」
「リュート、よく分かったな」
まだ何も言っていないが、セトが夜豹族だと看破するとは。
「猫のような耳に黒髪、青目。アサシン向きの夜豹族特有の足の運び。俺のアバターも夜豹族だったからな。見慣れてる」
「なるほど」
俺はリュートの慧眼に感服しながらも、ここまでの経緯を述べる。
…
…
…
「ーーそういう訳で、連れてきた。…ってなんで紅葉が泣いてんの!?」
「す、すみません…。なんだか悲しくなって…。私と歳も変わらないのに…そんな辛い目にあって…」
確かに、セトは被害者とも言える。
「同感です。零さんのやり方は慈悲がありません」
「いや、まて海崎…。話の流れで俺を責めるな…」
紅葉の言う「そんな辛い目」が、俺の行いを指す解釈にすり替えられる。曲解だ。
「ま、そういうことなんで、協力を頼みたいのですが」
「ちょっとまって?じゃあ零くんはそのドゥークー伯爵をどうにかするってこと?」
「︎ドークリーバー伯爵です」
「そんな名前だったわね」
「ええ。どうにか、ではなく徹底的に潰します」
「そう」
「っということで、手を貸していただきたいのですが」
「ええ。もちろんよ」
「分かったわ」
「はい」
「異論ない」
全員手を貸してくれるそうだ。まぁ、俺ともう一人いれば事足りると思うが、人質の安否を考えれば予備プランがあった方がいい。
「じゃあセト、まずは自己紹介からだ」
俺の後ろで黙って立っている彼女をみんなの輪の中に入れる。
「えと、私は、セト。…私は、勇者を、殺そうとした、…だから、こんなこと、言えないのは、分かってる、でも、私の、仲間を、助けてください、お願い…」
セトが必死に訴えかけるように語る中、”ふにゅっ”という異様な効果音が聞こえる。
「詩音さん!?何やってるんするか!?」
「あ、ごめん。我慢できなかったわ」
セトの頭にある作り物のようモフモフとした耳を両手で揉む姿に悠希も驚いている様子。
「あぅ…」
シリアスな場面だと思ったが、ギャグかよ。セトの必死な訴えはまるでなかったかのように流れる。
慈悲がないのは誰なんだ。
「貴様、いつまで満喫してる。夜豹種の耳はお前が気安く触れる代物ではない」
「何?アンタ。同族だからって庇ってんじゃないわよ」
「なんだと!?」
リュートと綾小路はいつの間にか打ち解けているようだ。仲がいいご様子でなにより。
「まぁまぁまぁ…」
悠希が仲裁するのには時間がかかったが、なんとか落ち着き振り出しに戻る。
「で、セト。俺たちにあるのはドークリーバー伯爵が魔族に組みしているという情報しかない。力づくで捕らえることはいくらでもできるが、人質がどこにいるかも分からない。できる限り情報を出してくれ」
「…(こくっ)」
セトはもう割り切って勇者側につくことを決意してくれたようで、自分の知っている情報を洗いざらい喋った。
まとめると、ドークリーバー伯爵は、王国南西部の国境地帯に領地を持つ50代の男性。今は貴族院議会の副議長を勤めていることもあり、王都の私邸に定住しているという。
人質として捕らえられている人数は不明。少なくとも10人以上はいると言う。場所は、王都にある伯爵の私邸の地下に二人。それ以外にも監禁場所がどこかにあるはずだが、場所は知らされていない。おそらく自分の領地だろう。
「手詰まりね…」
場所を知らないのでは救いようもない。
「伯爵を捕らえて聞き出すというのはダメっすか?」
「ダメ、伯爵に、何かあったら、人質は、殺される、手筈になってる…」
「そ、そうなんすか!?」
「…(こくっ)」
無言でセトが肯定する。俺もそれは予想している。
「そりゃそうだ。セトはこう見えて腕は立つ。暗殺者としてはそれなりに筋はあると言える。伯爵だって人質で脅してる訳だ。自分がセトに狙われればひとたまりもないことは理解してるだろう」
「そうね…。セトちゃんが自分に歯向かわせないために、自分に何かあったら人質は殺すってしているのは尤もな話ね」
「ええ」
「…(こくっ)」
「あ、あの…。王様にも相談して捕まってる場所を探すというのはダメなんですか?分からないのなら探すしかないと思うんですが…」
紅葉が自信なさげに妥当な案を示す。だが…
「それは残念だけど現実的じゃない。まず、伯爵が小心者で、人類に魔族の内通者がいることがバレた時点で人質は殺される。だろ?」
「…(こくこく)」
「ということは、王国が夜豹族の捜索なんてしようものなら一発でアウトだ。じゃあ内密にやるかという話だが、セトが4年間何もしなかったとは思えない。仲間の居場所の捜索ぐらいしただろ?」
「…した、けど、分からない」
「セトが4年かけて探しても見つからないとなると、俺たちが伯爵に気づかれずに探すのは不可能に近い。時間をかければ可能かもしれないが、勇者の俺たちがこの件に時間をかける訳にもいかないだろ」
「そう…ですね…」
「じゃあ、どうするのよ!?」
居ても立っても居られない様に、綾小路が声を上げた。
「知ってる人に聞けばいいんですよ」
俺の回答に綾小路令嬢は納得していない様子。
「知ってる人?誰よ!?」
「ドークリーバー伯爵ですね」
「張本人じゃない!?」
「ええ、確実でしょう?」
「アンタ、馬鹿ぁ?なんて聞くのよ!「人質はどこにいるの?」って?答える訳ないじゃない‼︎」
「それは聞き方の問題ですよ」
「けど零、聞くにしてもその話題を出した時点で人質が危ないんだろ?伯爵を捕まえても、捕まったことが気づかれれば人質はおそらく…。どうするんだい?」
「悠希、この世界の情報伝達に電話や携帯はない。どうやって情報をやりとりすると思う?」
「それは…手紙かい?」
「そう。まぁ狼煙とか、旗とはもあるけど、プレイヤーチャット機能がなければ基本足で運ぶしかない。遠隔通信が可能な術式はあるが、この世界の住人が使えるようなレベルでは手に入らない」
「一応、固有スキルのテレパスもありますが…」
「海崎、それは君だけだ。固有スキルの保有率は1%程度。その中で何千種もある固有スキルの中で遠距離伝達が可能な術者が伯爵や伯爵の側にいる可能性は極めて低い。その可能性まで考慮したらなにもできないよ」
「そうなのですか」
「で、だ。通信手段が手紙しかないなら、その人質のところに殺害命令が届けるやつがいるわけだ」
「ふむ、そいつを追いかけて、潰せばいいのだな」
自分の十八番だと言わんばかりにリュートは胸を張る。
「まぁ、有り体に言えばそう。流石に監禁場所を何箇所に分けているか分からない以上、同時に三人以上が別箇所に知らせに行くならその命令はなかったことにする」
無かったことにする、というのは当然、伝令役を潰してもみ消すということだ。
「二人なら?」
「綾小路令嬢とリュートに後を付けてもらって、監禁場所の特定と制圧」
「いいわ」
「造作もない」
「待ってください。もし、伯爵からの定期連絡がなければ人質を始末するという取り決めだったら…」
「ああ十分ありえるけど、伯爵から口を割らせるのに一時間もかからないよ。さっきのプランはどちらかというと予備プラン。俺が伯爵から聞き出している間に人質が殺されないためのバックアップだ。本命は自供にある」
「そ…それはいくらなんでも達観視しすぎでは…?」
「海崎、伯爵がなんでセトに自分が殺されたら人質も死ぬと信じさせれると思う?」
「え…?」
「質問を変えよう。なんで伯爵は、自分が暗殺されないと思っていると思う?」
「そ、それは…セトさんが仲間を裏切らないと確信しているからでは…?」
「まぁそうなんだけど。別の視点から考えてみよう。例えば、セトが「もう仲間なんて知らん!伯爵を殺してやる!」ってなる可能性もある訳だ」
「自暴自棄というやつですね…」
「でも、そうはならないと思っている。彼の頭の中では自分の命と、夜豹族の人質は等価ではない」
「それが…何か関係が?」
「もっと別の視点からでもいい。なんで魔族と手を組むと思う?なんで、人類に魔族の仲間がいるということだけが露見するだけで人質を殺すと言っていると思う?」
「…自分が、大事だから?」
セトの話を聞いても、伯爵は大した奴じゃないのは明白。魔族と手を組むというのも大義のためではなく、自分が生き残るために近いだろう。
「正解。さて、じゃあ交渉の基本だ。以前も言ったが、交渉の時に相手に譲れない願望があるとき、それがなんだと思う?ヒントは俺たちが国王や姫との交渉の時に「全員が帰る手段を確保したい」と思っているのと同じ状況だ」
「弱点…ですか」
「そ。伯爵の弱点は、自分の命」
「待ってください。こちらにも人質を返して欲しいという弱点がありますよ?」
「それは、セトの弱点であって、俺たち勇者の弱点ではない」
「…っ!?」
「結論が見えたな?そう。人質はセトにのみ有効なだけであって、俺には有効な価値にはならない。その場合、伯爵は自分の命と人質の命の価値は等価ではなくなる。事実がどうあれ、それを伯爵が信じてしまえば、あとはどうとでもなる。簡単だろ?」
「…本当に一時間でできるというのですか?」
「余裕を持って一時間。交渉自体には10分もかからないよ」
「……あなたのやり方は…歪んでいます」
「俺は正しさは求めていないさ。あるのは結果だ。人類の最大の脅威を排除し、人質を救う。それが最終目標であり、その過程については考慮すべき問題じゃない」
「……それではあまりにも…」
海崎はそれ以上は何も言わなかった。俺の案以外に成功率の高い方法がないのであればやるしかない。それを理解しているだろう。
…
…
…
俺は、リュートと綾小路にそれぞれの役割と、情報伝達の要である海崎に作戦を伝え、話を終える。
「それで、セトちゃんはどうするの?」
頭を使って作戦を練った後の開放感でみんなの気が緩む。星華さんが日常的な心配要素を口にする。
「俺の部屋におきますが」
俺は当たり前かの様に答える。
「それは色々問題でしょ!?」
「いやいや、何もしませんって」
「そういう問題じゃないわよ?空き部屋はあることだし、私の部屋でもいいわよ?」
「いや、これは譲れません」
まだセトが完全に信用できる訳じゃない。
ドークリーバー伯爵の件も、人質がいるという件も実際の証拠がある訳じゃない、状況証拠から確証できるとは言え、こちらがそう思うように全てセトが仕掛けているという可能性もある。
ーーいや、考えすぎか…。
しかし、もし他の勇者の寝込みを襲うともなれば、睡眠中は勇者でも危険が高い。僅かにその不安要素があるなら、その可能性を引き受けなければいけないのは俺の責任だ。
それに、俺なら寝込みでも一撃で致命傷を喰らわない限り対処できる。最善の選択だ。
「本気なの?」
「ええ」
「…まさか零君が猫耳娘っ子好きとは…」
「一応言っておきますが、それは誤解です。それと、付け加えるなら俺は猫派ではなく犬派です」
「…はぁ…。分かったわ」
まぁ、色々誤解があることは分かる。だが納得してもらえるならなんでもいい。
俺たちの作戦会議は終了し、明日に備える運びとなった。




