夜豹族の嘘と鎖
誤字脱字報告助かっています。いつもありがとうございます!!
城に戻り、夕飯までの時間は何にしようかと通用門を通る。
「勇者殿!」
「ん?」
衛兵に声を掛けられ立ち止まる。
「どうした?」
「はっ。暗殺者の尋問により分かったことがいくつかあるためご報告申しあげようとお待ちしておりました。お時間よろしければこちらに」
「そうか、ご苦労」
「自分は、近衛兵団一等特務官のルードと申しますっ」
建物の中ではルードと名乗る30代の男が俺を迎えてくれる。
「勇者の一零だ。で、何か分かったか?」
「はっ。識紋から明らかなのは、名前はセト。夜豹族の16歳で、獣人連邦ガルガティルのチルカで12年前に識紋の登録を行っています。犯罪歴や職業含め、その他の情報はありません」
「…夜豹族か」
黒髪に蒼瞳。確かに夜豹族の特徴に一致する。ゲームでも割と珍しい獣人種の一族だ。
「ここからは犯人の供述であり、裏もまだ取れていないので信憑性はありませんが…」
「何か喋ったのか?」
「はい。なんでも、一族が人質にされており、勇者様を殺害することを条件に開放するという約束をしていると…」
「…!?」
想定していなかった。魔族が人類に対して人質交渉?そんな馬鹿な…。
そもそも言葉が通じるかも怪しい連中だ。目があったら殺すか殺されるか。そんな奴らが人類に対して人質外交なんてありえない。…それがSLIGの常識であり、考えも及ばなかったことだ。
口に手を当てて考える。
…
…
「あの…勇者様?」
「…その話は信用できるのか?」
「暗殺者の言い分を信じる訳にはいきません。少なくとも確固たる裏が取れるまで虚言として認識するのが鉄則です」
「…だが、可能性はゼロではないと…?」
「…いえ。ただ、勇者様はチルカの街がどこにあるかご存知ですか?」
「いや?」
「獣人連邦ガルガティルの南部、4年前に魔王軍によって蹂躙された場所です」
獣人連邦は、ゲーム時代では南北に細長かった。だが、人類の魔界防衛線は大陸中央部に引かれている。防衛線よりも下に位置しており、今は魔界ということか…。
俺の脳裏に、暗殺者の光のない瞳が過ぎる。「早く、殺せばいい」と全てを諦めていたあの瞳。絶望を知る顔だ。
「その夜豹族はどこにいる?」
「はっ。地下牢にいますが…」
ルード特務官の案内で、暗殺者の様子を見に行く。
どうしても確かめなければならないことがある。
「むごいな…」
傷と痣だらけで両手を壁に鎖で張り付けられたその姿に、思わず声が漏れる。
衛兵に突き出せばこうなることは分かっていた。だが、俺はその道を選んだ。今更俺の言えた義理ではない。
「…加減は心得ております。自分はこう見えて回復魔法が出来ますので」
そう言って、ルードは彼女に回復魔法を掛ける。
「すまんな…。君たちの仕事の重要度は理解している。今のは無責任な発言だった。忘れてくれ」
ルードは黙って静かに頷き、鎖に繋がれた暗殺者を起こす。
「…」
俺の姿に気づいた夜豹族の少女は目を逸らす。
「もう、言うことは、ない」
「お前になくても俺にある」
「…」
「まぁいい。そこで黙って聞いてろ」
話の終着点を見据えて、先にルードに頼み事をする。
「すまないが、替えの服を用意してくれ」
服とは言えない朝布を羽織るような服に、血が付着し痛々しい。見ている俺の心が荒みそうだ。
「はっ。すぐにご用意します」
ルードが出て行って、俺は尋問官の使うだろう椅子を持ってきて座る。
鎖で繋がれ耳も塞げず、顔を逸らすことしか話は聞く気はないと示せない。それでも、俺の声は耳に入る。
「さて、司法取引だ。君の飼い主の名前を教えてくれ。誰の命令で俺を狙ったか。それを喋ったら解放してやる。人質救出にもできる限り手を貸すと約束しよう」
耳だけピクリと一瞬動く。
「…私の、話、信じる?」
「ああ。信じてる。何かしらの理由がなければ勇者を殺そうなんて思わないし、メリットもないだろ」
これは嘘だ。信じていない。魔族に人質が取られているとは思っていない。
釣りをするにはまず餌をつけるところから始める。
「…」
「それで?飼い主は誰だ?」
「…」
「そうか、なるほど」
「!?」
俺が一人で相槌を打つ様子を不気味に思ったのか、一瞬目が開く。
「お前の暗殺はすでに失敗。飼い主が勇者を暗殺させる気で人質を取っていたのなら、すでに人質としての価値はない。そのことはお前も分かっているはずだ。けれど自白しないというのは、自分が暗殺失敗しても人質の価値は消えていない。そして、お前が自白することが人質の価値を危うくする。そういうことだろ?」
「…」
「まぁ、話したくないなら話さなくていい。次の質問だ。ああ、別に何も答えなくていいぞ。俺の独り言みたいなものだ」
俺は前置きをして語り出す。
「明日、国中に夜豹族がこの国のどこかで捕まっているという声明を国王に出してもらう。それで少しは人質が助かる見込みが増えるだろ」
「!?」
「どうした?」
「……だめ…」
ーー釣れた。
「どうしてだ?」
「それ、は…」
「言えないか。じゃあ代わりに俺が答えてやろう」
「!?」
「お前の飼い主はこの国の人間だ。でもお前は魔族に命令されていると自白した。飼い主が魔族の仕業に見せたいからだろ?そして、もし自分の存在が少しでも露呈しそうであるなら人質を殺すと言われている。違うか?」
「ちが…う」
「別に黙っててくれていいぞ?さっき「ダメ」と言った時点でもうお前の飼い主が人間なのは確定してる。だから何も答えなくていいと言ったのに」
もっとも、何も答えなければ俺の善意と取れる行動が人質を殺すことに繋がる。
「本当に、魔族に、命令された」
「違うな。魔族に命令された飼い主がお前に命令した、だろ?」
「…違う」
「なるほど。それもバレたらアウトなのか。お前の飼い主がこの国の人間であることもバレたら人質は殺される、そうだな?」
「……違う、魔族…」
「実はな、さっきまでは半信半疑だった。けど、お前が否定してくれたおかげで分かったよ。飼い主は結構な身分の高いやつだ。勇者の召喚儀式に参列していた。合ってるだろ?」
「…違う」
「そうか。情報提供ありがとう。ではな」
椅子から立ち上がって扉に向かう。
「あ、勇者様もうよろしいのですか?」
ちょうど服を持ってきたルードがやってくる。
「ああ、知りたいことは知れた」
人間側に魔族に組みしている奴がいるということを…。
「ま、待って…」
後ろから弱々しい声で止められる。
俺はルードから新しい服を受け取って振り返る。
「どうした?俺は別にもう聞くことはないが…」
「…私、は、ある…」
立場が逆転した。彼女にとってはこのまま俺を行かせるわけにはいかない。何をどこまで喋っていいのか、何を言えばいいのか。そんなことを必死に考えて俺を騙そうとしているのだろう。
ーー狙い通りである。
「仕方がない。少しだけ付き合ってやる」
俺は再び椅子に座り彼女を見る。
「魔族に、勇者を、暗殺、するように、言われた」
あくまでもその設定を信じさせたいらしい。いいだろう。
「いつだ?」
「…三日、前」
「はい、ダウト。俺達が召喚されたことを知ったのは最低でも召喚日から三日後。情報が往復するのに最低でも五日はかかる」
「…魔族は王都にいる」
「はい、ダウト。魔族は聖力のある人類生存圏にはこれない。もし来れるならわざわざ魔界から徐々に勢力を広げる形で侵略してこないだろ」
嘘を重ねるから矛盾が生じる。ありもしない過程を語れば、綻びがでる。当然だ。
嘘をつく時は、常にその終着点を考えてからでないと、必ずバレる。嘘つきレベル100の俺相手に生半可な嘘が通用するものか。
「…本当…」
「そうか、じゃあ国内に魔族が潜伏しているという情報も合わせて公表すべきだな。しかも国の中枢に入り込んでる。国家権力で召喚の儀に参列していた貴族ともども取り調べするか」
「!?」
「そういうことだろ?」
「ち…違う…。私は、南の国境で、指示を、受けた」
「ほぉ、魔族が王都にいるんじゃなかったのか?」
「記憶、違い…」
「まぁいい。けどそれもありえんな。お前が俺を勇者だと認識したのは、お前が直接俺を勇者として見たか、誰かに聞いたからだ」
「私が、召喚の、儀式、見た。それから、国境で、指示受けて、昨日、王都戻った」
「ふむ、筋は通っているな。でも、それだとお前は4日で王都と南の国境まで往復していることになる。大した移動能力だな、空でも飛んだか?」
「…」
「俺からも一つ聞きたい。なぜそこまで隠す必要がある?正直に吐いて勇者に任せた方が人質の生還率は高いだろ?」
「…」
「そうならないのは、お前が吐くと人質が死ぬから。お前の飼い主は、人間の中に魔族に組みしている奴がいると気づかれたら、人質を殺すと言っている…違うか?もし本当に魔族なら、魔族が人質をとって勇者暗殺を企てたということがバレてもなんの痛手にもならない。だろ?」
「違う、だから、魔族のせい。最初から、そう言ってる。それ以外、ない」
「じゃあ、王国内に魔族の仲間はいないってことだな?なら「魔族に組みした人間がいるかもしれないから警戒しろ」という声明を出しても関係ないだろ?お前の言い分が正しければ魔族には何の関係もないことだ。お前が止める必要はないはずだ」
「それ、は…」
光の無い目に涙が溜まる。無理もない。手詰まりだろう。
俺はヒーローではない。主人公でも無い。涙を流す女の子に、優しい声で説得することなんてできない。
俺は俺のやり方で、やるべきことをやるだけだ。
「さて、最初に戻って司法取引だ。お前の飼い主の名前を教えてくれ。誰の命令で俺を狙ったか。それを喋ったら解放してやる。人質救出にもできる限り手を貸すと約束しよう」
「…それ、は…」
「お前も分かってるだろ?人質の生殺与奪が誰の手にあるか。お前の飼い主じゃない。俺の手にあるも同然だ」
「…」
「魔族に組みした人間を炙り出す。これは最優先課題だ。その過程で、お前の仲間がどうなるかまでは面倒は見切れん。できる限りの救助はするが、こっちは情報不足だ。どうなるかは知らん」
「ダメ…そんなこと、したら…」
「ならどうする?お前の選択肢は二つ。そこで鎖に繋がれたまま俺のやり方を見てるか、情報を提供して少しでも仲間の生存率を上げるか、だ」
もはや誰が誰を人質にしているか分かったものでは無い。
「……条件、追加」
「いいだろう」
「私の、仲間、無罪に、して」
「お前と同じく人質を取られ暗殺者をしているやつか?」
「…(こくり」
「人数は?」
「三人」
人質が人質として機能しているのは、飼い主も複数の暗殺者と人質を抱えているからだということか。どうりで自分が失敗しても人質の価値は失わない訳だ。胸糞悪い…。
「分かった」
俺は夜豹種の要求を飲む。
「…ドークリーバー伯爵…」
長い沈黙の後に、ポツリと人の名前を呟く。
「!?」
「まさか、ドークリーバー閣下が!?」
俺の後ろで黙って聞いていたルードが声を上げる。
「伯爵クラスの貴族だったか…。本当だろうな。もし違ったら仲間の命は保証しないぞ?」
この状況で嘘をつくとは考えられない。だが、念の為に釘を指す。
「本当、勇者に、賭ける」
「そうか」
手枷が俺の手に触れると、気持ちの良い金属音を響かせて粉々に砕ける。
「ゆ、勇者様!?」
「すまんな、ルード。適当に理由つけて良い感じに処理しておいてくれ。俺の名前を使っていい。文句あるなら勇者に言えってことで」
「そ…そんな…」
当初の計画通りと言えば計画通りだ。
人類の中に魔族に組みする奴がいるということを把握できた。この夜豹族の娘も、人質取られてしかたなくということなら、その根本原因が片付くなら今後の脅威にはならないだろうし、暗殺未遂の件は不問にしてもいい。
「これに着替えな。その格好じゃ外を歩けないだろ」
ルードが持ってきた服を押し付けるように渡して、ルードと部屋を出る。
「あ、あの…。自分はどうすれば…」
男二人で女の子の着替えを待つという色々と危ない状況だが、ルードの心境はおそらくそれどころでは無いのだろう。
「伯爵の話か?それとも勝手に釈放の話か?」
「…どちらもです…胃が…痛いです…」
とても尋問官とは思えない程の耐ストレス性…。
「伯爵のことは解決するまで誰にも話さない方がいい。どこで漏れるか分からんしな」
「そ…そうですよね。自分、まだ消されたくないですっ!!」
「そうした方がいいな。それから、釈放の件は、三日程隠蔽してくれ。その間に片をつける。後は適当に処理してくれ。だいたい俺が狙われて俺が連れてきたんだ。いいだろ?」
「いや…しかし勇者暗殺未遂ですよ?国王陛下にも報告が上がっていますし、勝手に釈放させるのも、三日もそれを隠蔽するのも…」
「ああ、大変そうだな。良い感じに処理、任せたぞ」
「そんな、無茶な…。うぅっ胃が…」
ガチャッ
扉がゆっくりと開いて矢豹族の娘は顔だけ出す。
「終わったか?」
「…(こくこくっ)」
「さて。お前、名前はなんて言ったっけ」
「セト…」
「よし、セト。お前これからどうする?一旦戻って失敗報告にでもいくか?」
「無理…」
どうやら戻れないらしい。なら話は早い。
「戻って作戦会議だ。まだ聞かなければいけないことは多いしな。三日で片をつけてやる。喜べ、こっちには即戦力で有能な勇者が三人もいる」
リュートと綾小路は、すぐにでも戦力となるだろう。
有能かどうかは一向の余地があったか…
俺はルードに後処理を丸投げし、セトを連れて他の皆のところに戻ることにした。




