第99話 帰る家
北境から戻って二週間。
隠蔽されていたRETURN計画は、国王名義で公表された。
王国軍の関与。
雪峡の実験。
死者の記憶利用。
ユリウス暗殺へのゲオルクの関与。
伏せた項目は、今も生きる被害者の個人情報だけ。
国王は中央広場で頭を下げた。
王が頭を下げても、広場の怒号は止まらなかった。
花束の隣へ、誰かが抗議文を叩きつける。王は顔を上げ、逃げずにそれを見た。
「黒剣も知っていたんじゃないか!」
群衆から声が飛んだ。
横に立つ俺の方が先に腹が立つ。
カイは逃げなかった。
「知らなかった」
ざわめき。
「だが、知らなかったことを免罪符にはしない。当時の前線指揮官として問われることには答える。調査資料は公開する」
拍手は起きなかった。
それでもカイは、最後まで壇上を降りなかった。
広場を出たあと、俺は言った。
「今日、格好よかった」
「雪峡の続きか」
「覚えてた?」
「覚えている」
「じゃあ正式に。ずっと格好よかった」
カイが目を逸らした。
耳が赤い。
そこはまだ変わらない。
公表から三日で、王宮前には花と抗議文が同じくらい積まれた。
ヴァルクハイト家にも同じだった。
「人気者」
「いらない」
カイは抗議状も感謝状も分けずに読む。
「全部?」
「ああ」
「都合のいい方だけ選ばない?」
「選ぶ理由がない」
特殊命糸事案対策室には、RETURN対象者の照会が百件を超えた。
俺たちは一件も「復活できます」とは答えない。
代わりに、残っていた記録を遺族へ返す。遺品の所在を調べる。危険な帰糸がないか確認する。
机には照会票と遺品目録が積み上がった。
ローデンの妹へ送った手紙にも、数日後に返事が来た。
『兄をもう一度歩かせてほしいとは思いません。ただ、最後に眠りたいと言えたと聞けてよかったです』
俺はその一文をしばらく見た。
俺は返事を二度読み、ローデンの記録箱へ静かにしまった。
リヒトとエレナは地下研究院を出た。
国王直属の保護区画へ移る条件として、扉は内側から開くこと、研究参加は本人同意、記録閲覧権を本人が持つことを契約に入れた。
「監禁じゃないよね?」
俺が確認すると、リヒトが扉を自分で開けて見せる。
「今のところ」
「何かあったら言って」
「君に?」
「対策室に。俺個人でもいいけど」
リヒトは少し笑った。
その夜、王都の屋敷へ帰る。
玄関を開けた。
「ただいま」
「おかえり」
北へ伸びていた帰糸は、もうない。
代わりに銀赤の結び目が増えている。
雪峡。
ユリウスとの別れ。
火の中。
泣いた夜。
「カイ」
「何だ」
「前に言ってた、家族に入るって話」
足が止まる。
「覚えていたか」
「もちろん」
「なら、明日話す」
「今日じゃないの?」
「今日は帰ってきたばかりだ」
妙に慎重だ。
「緊張してる?」
「していない」
「嘘」
カイは答えず、俺の荷物を取った。
耳だけ赤かった。




