第98話 生きる身体
エレナは完全な死者ではなかった。
雪峡の事故で心肺停止したが、原始糸核と治癒術で身体そのものが再生した。
「だから老いる」
教授が王都へ戻ってきて説明する。
「普通より遅いがな」
「リヒトは?」
「器を替えすぎた。今のままでは同じ方法は難しい」
リヒトが笑う。
「別にいいよ」
エレナが睨む。
「よくない」
「母さん」
「三十年探したのはあなただけじゃない」
リヒトが黙る。
俺はカイを見る。
似たやり取りを最近見た。
「家族って大変」
「お前も入るか」
「どこに」
「俺の」
息が止まる。
「……今それ言う?」
「今思った」
「そういうの、もう少し雰囲気ある場所で言って」
「分かった」
「覚えてね」
「ああ」
教授が咳払いした。
「若者。わしはまだここにおるぞ」
「すみません」
「団長は謝らんのか」
「何をです」
「そこじゃ」
教授とエレナが議論を始めると、朝まで終わらなかった。
「この再生率なら器の自己更新が可能じゃ」
「ただし原始糸核への依存を切らないと」
「リヒトの核はどこじゃ」
「胸部残留縁」
「本人の前で核って言わないでくれる?」
リヒトが疲れた顔をする。
俺たちは途中で抜けた。
廊下を歩きながら、カイが急に家族の話をしたので、俺は足を止めた。
「今、プロポーズ?」
「違う」
「でも家族になりたいって」
「それは言った」
「ほぼそうじゃん」
「正式には違う」
「正式なのあるの?」
「ある」
「何それ」
「帰ってから」
俺は急に緊張した。
「待って。心の準備」
「お前が雰囲気ある場所でと言った」
「覚えてたんだ」
「覚えている」
仕事の事件とは別の意味で、王都へ帰るのが怖くなった。
でも嫌ではない。
リヒトの再生方法について、エレナは一つだけ譲らなかった。
「本人が望まない処置はしない」
リヒトが苦笑する。
「母さん、僕が死にたいって言ったら?」
「理由を百回聞く」
「面倒」
「母親だから」
「でも最後は?」
エレナは少し黙る。
「あなたの人生だと認める」
俺はその答えを記録帳に書きかけて、やめた。
「じゃあ、生きる方法を探して」
リヒトが先に言った。
リヒトは照れたように目を逸らした。
「じゃあ、生きる方法を探して」
「もちろん」
金糸がまた一つ結ばれた。
リヒトの治療方針を決める会議で、教授は「寿命」という言葉を何度も使った。十年かもしれない。五十年かもしれない。普通の人間と同じにはならない。
「十分だよ」
リヒトが言う。
「三十年、終わらないことの方が怖かった。終わるかもしれない人生なら、やってみたい」
エレナがその手を握る。
俺は自分とカイの銀赤を一度だけ見た。長さから未来の日数は読めない。
「明日の朝飯、何にする?」
隣のカイに聞く。
「卵」
「また?」
「嫌か」
「そこは別の言い方覚えて」




