↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
97/104

第97話 母と息子

 王都地下研究院。


 最深部の扉を開ける。


 白い部屋。


 一人の女性が窓のない壁を見ていた。


 四十代くらいに見える。


 銀髪。


 リヒトと同じ。


「母さん」


 女性が振り向く。


 青白い目。


「……リヒト?」


 リヒトが止まる。


 三十年。


 何度も身体を替え、探し続けた相手。


 走ると思った。


 でも動けない。


「僕、分かる?」


「分かるわ」


 エレナが笑う。


「遅かったわね」


 それは、ユリウスがカイへ言ったのと同じ言葉だった。


 リヒトが崩れた。


 床に膝をつく。


 エレナが抱きしめる。


「ごめんなさい」


「何で母さんが謝るの」


「置いていったから」


「僕も探すの遅かった」


 二人とも泣いている。


 俺は横を向いた。


 カイの手が俺の手を探す。


 握る。


 透明だったリヒトの糸が、初めて金色になった。


 エレナはリヒトの顔を両手で触った。


「鼻はエドガーに似たわね」


「今の身体、人工体だよ」


「それでも似てる」


「適当」


「母親はそういうものよ」


 リヒトが泣きながら笑う。


 俺は少し離れて立った。


 その二人の金糸は太くない。


 三十年分の空白があるから。


 でも確かに繋がっている。


 カイが小声で言う。


「兄と同じだな」


「何が」


「時間が空いても、ゼロではない」


 俺は彼の手を握る。


「うん」


 エレナがこちらを見る。


「あなたが七番の結糸者?」


「はい」


「あとで話を聞かせて」


「俺からも山ほどあります」


「母さんを研究質問攻めにしないで」


「主任鑑定官なので」


 リヒトが呆れ、エレナが笑った。


 死者の研究施設だった場所に、初めて普通の家族の笑い声がした。


 エレナとリヒトが抱き合っている間、俺は金糸の変化を記録していた。


 最初は細い一本。


 名前を呼ぶたび太くなる。

 昔の話を一つ確認するたび、小さな結び目ができる。


「三十年前の糸が復活してる?」


 教授が囁く。


「違うと思う」


 俺は首を振る。


「結び目の位置が新しい。今できてる」


 抱き合った二人は、すぐに昔の親子へ戻れたわけではなかった。エレナが頬に触れるたび、リヒトは嬉しそうなのに身体が少し固まる。三十年の空白は、再会した一秒で埋まらない。


「あなた、何て呼ばれたい?」


 エレナが聞く。


「え」


「私の中ではリヒトだけど、今のあなたが嫌なら押しつけない」


 彼はしばらく黙った。


「……リヒトでいい。僕がずっと持ってた名前だから」


「分かった。リヒト」


 たったそれだけで、金糸に小さな結び目ができた。


 俺は記録帳へ手を伸ばしかけて、やめた。


 エレナが「座って」と言い、リヒトが素直に椅子を引いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。