第9話 雨の日は近い
雨が降ると、カイは眠れない。
それに気づいたのは同居して十日目だった。
夜中、目を覚ます。
隣が空いている。
「……閣下?」
返事はない。
窓際に人影があった。
カイが椅子に座って外を見ている。
「何してるんです」
「起こしたか」
「勝手に起きました」
「寝ろ」
「そっちが寝たら」
「子供か」
「あなたがね」
ベッドから出る。
床が冷たい。
「靴を履け」
「今それ?」
「風邪をひく」
「人の心配する前に寝てください」
向かいの椅子に座る。
雨音。
「灰月事件の日も雨だった?」
カイは答えない。
でも、それが答えだった。
「夢見る?」
「たまに」
「刺された時の」
「ああ」
「俺は出る?」
少し間があった。
「出る」
「うるさい?」
「うるさい」
「それしか言わないな」
「死ぬな、離すな、起きろ。ずっと喋っている」
「必死だったんでしょう」
「そうだな」
雨が窓を叩く。
俺は手を伸ばした。
「触ります?」
カイが俺を見る。
「共鳴すると記憶、落ち着くかも」
「根拠は」
「ないです」
「雑だな」
「古代術式はだいたい雑なんで」
教授の真似をした。
カイの口元が少しだけ動く。
手が重なる。
糸が光る。
でも今回は記憶は流れ込まない。
ただ、温かい。
「どう?」
「……静かだ」
「雨は降ってますけど」
「頭の中が」
「そう」
しばらく手を繋いでいた。
気まずいはずなのに、不思議とそうでもない。
「ノア」
「ん?」
「お前は怖くないのか」
「何が」
「俺と繋がっていること」
考える。
「最初は嫌でした」
「今は」
「面倒です」
「同じだろう」
「違いますよ」
「どう違う」
「嫌じゃない」
言ってから、しまったと思った。
カイは黙った。
「……何か言ってください」
「考えている」
「何を」
「俺もだ」
胸が変な音を立てた。
「何が」
「嫌じゃない」
「……そう」
「ああ」
「寝ます?」
「そうだな」
立ち上がる。
手は繋がったまま。
「これ」
「何だ」
「離します?」
「……寝るまででいい」
「誰が?」
「お前が」
「俺?」
「お前が先に寝る」
「何で」
「うるさい。来い」
ベッドに戻る。
横になる。
手だけ真ん中で繋いだまま。
「閣下」
「何だ」
「これ、誰かに見られたら誤解されますよ」
「誰が入ってくる」
「幽霊」
「寝ろ」
「怖くないんですか」
「お前のほうが怖い」
「失礼」
笑って目を閉じた。
雨音は続いていた。
でもその夜、カイは朝まで一度も起きなかった。




