第88話 証拠を燃やす人
炎の中に黒衣の兵士がいた。
教団じゃない。
王国軍の装備。
「止まれ!」
マティアスが叫ぶ。
兵士たちは逃げず、火を増やす。
「命令を受けてる」
俺には見えた。
彼らの青い糸が一本の男へ集まっている。
義務。
恐怖。
服従。
「殺さないで!」
カイが剣の腹で一人を落とす。
二人目の武器を弾く。
速い。
北境の黒剣。
今度は伝説としてじゃない。
目の前で見る。
六人を十数秒で無力化した。
「……強」
「今さらか」
「知ってたけど、改めて」
「あとで褒めろ」
「予約ね」
俺は燃える資料庫へ入る。
「ノア!」
「証拠!」
「待て!」
煙。
熱。
糸を追う。
金色の一本が棚の奥へ。
ユリウスが残した署名。
手を伸ばす。
梁が落ちた。
黒い影が俺を抱えて転がる。
「馬鹿!」
「ごめん!」
「後で話す」
「怖いやつ」
でも証拠は取った。
ユリウスの告発書。
火の中へ入った時、自分でも無茶だと分かっていた。
分かっていて動いた。
だからカイに怒られて当然だった。
ただ、梁が落ちる直前に見えた金糸はユリウスのものだった。
告発書へ残った強い意志。
『届ける』
死者の糸は、帰りたいだけじゃない。
やり残したことにも残る。
カイに抱えられて外へ転がったあと、俺は煤だらけの紙を胸に抱いた。
「取れた」
「まず自分を確認しろ」
「怪我ない」
「髪が焦げている」
「え」
触ると毛先が少し縮れていた。
「最悪」
「そこか」
「大事でしょ」
カイが呆れた顔をしたあと、焦げた毛先を指で摘まんだ。
「帰ったら切る」
「あなたが?」
「嫌ならミラに頼む」
「……少しだけなら」
怒られている最中なのに、妙に甘かった。
火を消したあと、捕えた兵士の一人が震えながら話した。
「家族を人質に取られています」
命糸を見る。
妻と二人の子供へ太い金。
嘘ではない。
「誰に」
「ゲオルク閣下の部下です」
カイが剣を収める。
「家族の場所は」
「王都です」
「エリオットへ送る」
すぐに伝令を書く。
証拠隠滅を命じられた兵士まで“敵”として斬らなかったのは大きかった。
昔のカイなら同じ判断をしたかもしれない。
でも今は、俺へ確認する。
「糸は」
「家族への恐怖が一番強い。命令への忠誠は薄い」
「分かった」
俺の能力が初めて、戦闘以外の判断にも正式に使われた。
自分の能力が、ようやく「見る」以外の判断にも役立った気がした。
捕らえた六人のうち、一番若い兵士は十九だった。尋問すると、命令書を渡した相手の顔すら知らない。家族の住所を示され、「拒否すれば反逆罪」とだけ告げられたという。
「俺たちを裁くんですか」
震える声で聞かれ、カイは即答しなかった。
「命令に従った事実は調べる。脅迫された事実も調べる」
「無罪とは言わない?」
俺があとで聞く。
「俺に決める権限はない」
カイは焦げた告発書を封筒へ戻した。
端には、ユリウスの署名がまだ残っている。
「持ち帰るぞ」
「うん」




