第86話 泣いたあと
帰り道、カイはほとんど喋らなかった。
俺も喋らなかった。
北邸に戻って部屋へ入る。
扉が閉まった瞬間、抱きしめられた。
強い。
でも痛くはない。
「ノア」
「いるよ」
「……ああ」
それだけ。
俺は背中へ腕を回す。
しばらくして肩が震えた。
顔は見ない。
見なくても分かる。
泣き終わるまで、ただ抱いていた。
やがてカイが顔を上げる。
「見たか」
「何を」
「……泣いたところ」
「見てない」
「嘘だ」
「見えてない。肩しか」
「同じだ」
「違う」
少し笑う。
カイも笑った。
俺の頬に手が触れる。
「ありがとう」
「何回目」
「知らない」
「もっと言っていいよ」
「調子に乗るな」
「もう乗ってる」
キスされた。
今度は俺からも返す。
悲しみが消えるわけじゃない。
でも悲しいまま、人に触れていていい。
たぶん、それも生きてるってことだ。
カイが泣き終わったあと、俺たちは床に座った。
寝台まで数歩なのに動く気になれなかった。
「兄上が死んだ時」
カイがぽつりと言う。
「俺は泣かなかった」
「泣けなかった?」
「ああ。戦闘が続いていた。指揮官だった」
「今回、四年分?」
「たぶん」
俺は彼の肩に頭を乗せた。
「重い」
「どっちが」
「頭」
「失礼」
カイの口元が少し上がる。
「でも、この重さは嫌じゃない」
「また急に言う」
「今なら言えると思った」
俺は顔を上げた。
「じゃあ俺も」
「何だ」
「泣いてるあなた、嫌いじゃない」
「好きとも言え」
「欲張り」
「兄に似た」
初めて自分からそう言った。
俺は笑って、彼の頬に残った涙を親指で拭った。
泣いたことを隠さなくなったあと、カイは急に疲れが出たらしい。
床に座ったまま俺の肩へ体重を預ける。
「重い」
「さっきお前がやった」
「俺より重い」
「当然だ」
「そこ威張る?」
笑いながら支える。
数分後、本当に寝息が聞こえた。
「カイ?」
返事なし。
こんなところで寝るほど疲れていた。
俺は毛布を引っ張って二人にかけた。
寝台へ運ぶ力はない。
翌朝、先に起きたカイが俺を抱えて寝台へ移したらしい。
「逆じゃない?」
「起きなかった」
「覚えてない」
「なら問題ない」
こういう朝も、たぶん家族になる途中だ。




