兄弟の夜
呼ばれたのは夜中だった。
部屋へ入ると、ユリウスはベッドに横になっていた。
カイは椅子に座っている。
「何話した?」
「秘密だ」
ユリウスが笑う。
「兄弟だけの?」
「ああ」
カイの目が少し赤い。
俺は見なかったことにした。
「ノア」
ユリウスが手招きする。
「頼みがある」
「何です?」
「こいつ、たまに全部自分で抱える」
「知ってます」
「止めてくれ」
「もう結構止めてます」
「もっと」
「兄上」
「うるさい」
ユリウスは笑った。
「あと、野菜を食わせろ」
「それもやってます」
「完璧だな」
「俺の話を俺の前でするな」
俺たちは笑う。
笑ったあと、ユリウスがこちらを見る。
「ありがとう」
「何が」
「弟を、生きてる方へ引っ張ってくれて」
返事が詰まる。
「俺だけじゃないですよ」
「分かってる。でも君もその一人だ」
カイの手が俺の背に触れた。
ユリウスは満足そうに目を閉じる。
「よかった」
金色の糸が、柔らかく光った。
兄弟の夜に何を話したのか、俺は結局聞かなかった。
ただ翌朝、カイの首に古い革紐が増えていた。
「それ」
「兄の認識票」
金属板が胸元に隠れる。
「もらった?」
「ああ」
「見せて」
「嫌だ」
「なんで」
「まだ」
その“まだ”は、昔の拒絶とは違う。
拒絶じゃない。
自分で触れられるようになるまで待ってほしい、という意味に聞こえた。
「分かった」
俺が引くと、カイが少し驚いた。
「何」
「いや」
「成長したの俺もだからね」
「知っている」
ユリウスが笑う。
「いい関係だな」
カイは何も言わない。
代わりにテーブルの下で俺の膝に触れた。
それで十分だった。
部屋には酒瓶が開いていた。
街道の宿でもらった、ユリウスが好きだった酒。
「飲んだの?」
「一口だけ」
ユリウスが言う。
「味しないけどな」
カイの杯にも少し入っている。
「一杯で寝るんじゃ」
「誰から聞いた」
「兄」
「兄上」
「本当だったんだ」
ユリウスが楽しそうに笑う。
その夜、三人で杯を分けた。
俺には普通の酒の味。
カイには兄との昔の味。
ユリウスには、もう感じられないはずの味。
同じものを飲んでも、同じじゃない。
それでも一緒に乾杯はできる。
ユリウスは酒杯を指で回しながら、俺にだけ聞こえる声で言った。
「弟は、君に弱いな」
「そうですか?」
「弱くなれる相手ができた、って意味だ」
俺は返事に困った。
「強い人って、弱くならない人じゃないんですか」
「そんな人間は長く持たない」
向かいでカイが怪訝そうにこちらを見る。
「何を話している」
「秘密です」
「お前まで兄上側に行くな」
その言い方がおかしくて、三人でまた笑った。




