第81話 別れ方を知らない
カイはその夜、ユリウスの部屋に入らなかった。
廊下の窓辺に立ったまま、雪を見ている。
「逃げてる?」
「考えている」
「それ、逃げてる人もよく言う」
睨まれた。
俺は隣に立つ。
「別れたくないのは分かる」
「分かるな」
「無理。見えるから」
カイからユリウスへ伸びる金色の糸。
太い。
でも先端から白くなっている。
「糸が切れそう?」
「切れるんじゃない」
俺は見つめる。
「ほどけようとしてる」
「違いは」
「切断は痛い。誰かに無理やり奪われる感じ。でもこれは……終わろうとしてる」
カイが黙る。
「終わるのが正しいって意味じゃない」
「分かっている」
「悲しくないって意味でもない」
「分かっている」
声が少し掠れた。
「じゃあ、行って」
俺はユリウスの部屋を指す。
「俺、ここにいるから」
カイはしばらく動かなかった。
やがて扉へ向かう。
開ける前に振り返った。
「一緒に来ないのか」
「兄弟で話すことあるでしょ」
「……ある」
「終わったら呼んで」
「ああ」
扉が閉まる。
俺は廊下に座った。
中の声は聞かない。
でも金色の糸が何度も震えた。
廊下に座っていると、家令が毛布を持ってきた。
「坊ちゃまは昔から、別れが苦手でした」
「そう見えます」
「ユリウス様が初めて前線へ出られた夜も、見送りに出ませんでした」
「え」
「翌朝、厩舎まで追いかけていかれましたが」
想像できるような、できないような。
「本人に言っていい話?」
「よくありません」
「じゃあ聞かなかったことにします」
家令は満足そうに頷いた。
扉の向こうから時々声が聞こえる。内容までは拾えない。ただ、カイがいつもより長く話していることだけは分かった。
扉の前で待つ時間は長かった。
何度か立ち上がり、何度か座り直す。家令にもらった毛布は、いつの間にか肩から膝へ落ちていた。
胸には銀赤。
扉の向こうには、カイと兄を繋ぐ金色。
俺はどちらも追わない。
中から一度だけ、カイの笑い声が聞こえた。すぐ静かになる。
しばらくして、扉の下から明かりが細く伸びた。
俺は窓の方を向き、冷えた硝子に額をつける。
「終わったら呼んで、って言ったからな」
誰にも聞こえない声でそう言って、そのまま待った。




