第78話 雪崩
洞窟を出た瞬間、雪壁が崩れた。
「右!」
カイに押される。
白い塊が背後を飲み込む。
マティアスたちは先へ逃げる。
俺の足が滑った。
「ノア!」
落ちる。
腕を掴まれた。
崖の縁。
下は白い谷。
「離すな!」
「言われなくても!」
カイが片腕で俺を引き上げる。
でも足場が崩れる。
二人まとめて落ちた。
雪へ突っ込む。
息ができない。
何かに肩をぶつける。
暗闇。
「カイ!」
「ここだ」
すぐ近く。
手を探す。
触れた。
「怪我」
「ない」
「本当?」
「今回は」
「俺も」
雪洞みたいな空間に閉じ込められている。
上は完全に塞がった。
「みんなは」
「糸で分かる?」
見る。
マティアスたちの青い糸は遠くへ続いている。
「生きてる」
「ならいい」
寒さが一気に来る。
カイが俺を引き寄せた。
「近い」
「凍えるよりいい」
「それはそう」
暗闇で、彼の腕が強くなる。
「ノア」
「何」
「さっき落ちた時」
「うん」
「心臓が止まるかと思った」
冗談じゃない声だった。
崖から落ちる瞬間、銀赤の糸が異様に太くなった。
あとで思えば、あれは能力じゃない。
単純に二人とも「離したくない」と強く思っただけだ。
雪の中で目を覚ました時、俺の頬に血が付いていた。
「カイ、額」
「擦っただけだ」
「見せて」
「先にお前の肩」
「同時」
「どうやって」
暗闇で互いに手探りして、結局笑った。
怖い状況なのに、笑える。
以前なら俺は一人で平気なふりをした。
カイも一人で出口を探しただろう。
今は二人で怪我を確認して、誰かが探しに来るまで体温を分ける。
カイの腕の中で息を整える。
落下は数秒だったはずなのに、長かった。
雪の中へ沈む直前、カイが俺の頭を胸へ抱え込んだ。
着地の衝撃をほとんど彼が受ける。
「本当に怪我ない?」
「背中を打った」
「あるじゃん!」
「動ける」
「それを怪我なしとは言わない」
服の上から背を触る。濡れた布越しにも、肩甲骨の動きと硬い筋肉が分かった。普段は制服と外套の下に隠れている身体を、こんな形で意識する自分が少し嫌になる。
カイが息を止めた。
「……そこ、痛い?」
「少し」
「やっと正直」
「お前がうるさいから」
「今後もうるさくする」
「ああ」
暗闇で、その返事だけが妙に優しかった。
雪の圧力で空間が軋む。時々、天井から粉雪が落ちた。俺たちは大声を出さず、短い言葉だけで位置を確認する。
「右手、動く?」
「ああ」
「足」
「問題ない。お前は」
「左肩がちょっと」
隠さず言うと、カイの指がすぐそこへ来た。触れる前に止まる。
「触っていい?」
「うん」
恋人になったから何でも触っていいわけじゃない。こんな状況でも聞く。その律儀さが、暗闇では妙に色っぽかった。
外から遠い金属音がした。救助隊が掘り始めている。生きて出られる可能性が具体的になった瞬間、怖さが遅れて押し寄せた。俺はカイの服を強く掴んだ。




