第77話 核を持ち帰る方法
巨大な結晶をそのまま運ぶのは無理だった。
「欠片でいい」
リヒトが言う。
「中心の一片に同じ性質がある」
「どう取る」
「触って剥がす」
全員がこちらを見る。
「何で俺」
「結糸者だから」
「便利な言葉だな」
カイが首を振る。
「俺も触る」
「剣士ですよね」
「対だ」
その言い方が少し嬉しい。
二人で核へ近づく。
手を重ねる。
「合図で」
「ああ」
「三、二、一」
触れた。
声が一気に来る。
でも今度は飲まれない。
カイの体温がある。
俺の名前を呼ぶ声がある。
「ノア」
「聞こえてる」
「俺だけ聞け」
「無茶言うな」
「命令だ」
「恋人として?」
「今は両方」
笑ってしまう。
その瞬間、余計な声が遠のいた。
結晶の一部が銀赤に染まる。
「今!」
カイが短剣を差し込む。
欠片が外れた。
洞窟全体が揺れる。
白い糸の海が立ち上がった。
「走れ!」
今度は本当に全員で走った。
核を剥がす前、リヒトが珍しく俺の手を確認した。
「過去に結糸で命を削ってるんだろ」
「二回」
「二回も?」
「怒られるから数え方は厳密」
カイが聞いている。
「今のは褒めてる」
「誰も聞いてない」
リヒトは俺たちを見て、少しだけ羨ましそうに笑った。
「対って、面倒だね」
「かなり」
「否定しないのか」
「でも便利」
「そこ?」
「一人で無茶できなくなる」
以前なら窮屈だと思った。
今は、悪くない。
核に触れた時、カイの感覚が流れ込んだ。
怖さだけじゃない。
俺を信じている。
その確信が、死者の海より強かった。
結晶片を剥がす瞬間、俺の指先に白い光がまとわりついた。
一人の男の名前が聞こえる。
『セドリック・ハーン』
「名前」
「何?」
「核の中の人。名前を言ってる」
リヒトが記録帳を出す。
次々に聞こえる。
セドリック。
アンナ。
ミハイル。
俺は可能な限り書き留めた。
持ち帰るのは結晶だけじゃない。
番号にされた人たちの名前も。
走れと言われる直前まで、俺は最後の一人を書いた。
紙を胸へ入れてから、ようやく逃げた。
出口へ走る途中、背後で誰かが俺の名前を呼んだ。ノアではない。聞いたことのない古い名だ。振り返りそうになった瞬間、カイが俺の襟を掴む。
「今は聞くな」
「でも」
「生きて持ち帰れ。聞くのはそのあとだ」
「生きて持ち帰れ。聞くのはそのあとだ」
俺は記録帳を胸元へ押し込み、最後の声がした方角に一度だけ頭を下げた。
それから走った。




