英雄の国
記録は明確だった。
王国軍は戦争末期、原始糸核を兵器利用していた。
敵の縁を一斉に切り、戦意と記憶を破壊する。
実験は失敗。
雪峡の味方兵三十七名も巻き込まれた。
その事実は「崩落事故」として隠蔽された。
カイが何も言わない。
「知ってた?」
「知らない」
声が冷たい。
彼は当時、前線の指揮官だった。
「兄は?」
リヒトが白い手から抜け出し、息を整える。
「知っていた可能性がある」
「なぜ」
「ユリウスは研究停止を求めていた」
カイの顔が変わる。
「証拠は」
「旧病院にある」
「先に言え」
「君、僕を殺そうとするから」
「今もしている」
「カイ」
「分かっている」
分かっている顔じゃない。
俺は糸核を見る。
英雄。
黒剣。
北境戦争を終わらせた男。
その勝利の裏で、国はこんなものを作っていた。
「持ち帰る」
俺は言った。
「核も、記録も」
「王宮が握り潰すかもしれない」
リヒトが言う。
「だったら」
カイが剣を収める。
「俺が握り潰させない」
その顔は、戦場の英雄じゃなかった。
一人の怒っている男だった。
王国軍の関与を見たあと、カイは洞窟の壁を拳で殴った。
剣じゃなかった。
鈍い音。
「手」
「平気だ」
「禁止」
俺が手を取る。拳の皮が切れていた。
「英雄って呼ばれるの、嫌だった?」
「前はどうでもよかった」
「今は」
「腹が立つ」
自分が勝った戦争の裏で、こんな研究があった。
「あなたの勝ちまで偽物になるわけじゃない」
「分かっている」
「兵士が生きて帰ったことも」
「ああ」
「でも国が隠したことは別」
「ああ」
カイは自分で手袋を外し、傷を見た。
「戻ったら、公表させる」
「公爵家に傷つくかも」
「構わない」
「英雄の評判も」
「いらない」
迷いがない。
俺はその横顔を、格好いいと思った。
今度は口に出さなかった。
帰ったら、ちゃんと言うつもりだった。
マティアスは長く記録を見たあと、軍人としてではなく北境の住民として言った。
「公表すれば、戦没者慰霊碑の意味まで揺れます」
「揺れればいい」
カイの返事は早かった。
「嘘の上で立っているなら、一度倒して建て直す」
「団長ご自身も責められます」
「ああ」
そこだけは軽く言わなかった。
「知らなかった。だが前線指揮官だった。聞かれたことには答える」
カイはそれ以上言い訳をしなかった。
エリオットが証言欄を開く。カイは立ったまま、自分の名を最初に書いた。




