リヒトの糸
「見える」
俺が言うと、リヒトが目を細めた。
「何が」
「あなたの糸」
初めて表情が崩れた。
「ないはずだよ」
「今まではなかった。でも今、一本だけ」
北へ伸びる透明な線。
「誰に繋がってる?」
「分からない」
リヒトが笑った。
「なら意味ないね」
「怖い?」
笑顔が止まる。
「何が」
「繋がってるのが」
「君、失礼だね」
「よく言われる」
「僕は死者だよ」
「ユリウスさんもそう言った」
「僕は違う」
声が少し強くなる。
「何十年も器を替えてきた。誰かに執着すれば、また失う」
「じゃあ、なんで死者を帰してるの」
返事がない。
「自分は繋がりたくないのに、他人には繋がれって?」
「……君、本当に嫌なところを突くね」
「仕事だから」
「恋人の影響?」
「元から」
背後でカイが小さく笑った。
「笑わないで」
「悪くない」
リヒトが俺たちを見る。
「君たちは、失うのが怖くない?」
俺はカイを見る。
「怖いよ」
「それでも?」
「それでも」
カイが続けた。
「繋がる」
リヒトは何も言わなかった。
透明な糸だけが、わずかに震えた。
リヒトの透明な糸を見たあと、彼は明らかに俺を避けた。
廊下で会えば曲がる。食堂では反対側に座る。
「子供?」
「聞こえてるよ」
「聞こえるように言った」
「カイに似てきた」
「それ悪口?」
「半分」
彼は窓辺へ行く。
「糸があると、何が変わるの」
「何も」
「じゃあ何で気にする」
「気にしてるのはあなたでしょ」
リヒトが黙る。
俺は続けた。
「糸は命令じゃない。好きになれとも、会いに行けとも言わない」
「君はそう言える。自分の糸が幸せだから」
痛い言葉。
「そうかも」
否定しない。
「でも俺たちだって、糸があるから一緒になったわけじゃない」
あの事件のあとも、何度も選び直した。
「見えてるものに、人生決めさせないで」
リヒトは長く黙った。
「本当に嫌な鑑定官だね」
「給料をもらってるから」
夜、リヒトの透明な糸は一度だけ方角を変えた。北東。ほんの数秒で戻る。
「相手が動いた?」
「相手って決めつけないで」
「じゃあ、糸の先」
言い直すと、彼は少しだけ安心した顔をした。
俺は方角と時刻だけを記録した。
名前の欄までペンを運び、止める。
「そこは?」
リヒトが聞く。
「本人に聞いてないから空欄」




