第70話 死者を欲しがる人
噂は一時間で町中に広がった。
死んだユリウス・ヴァルクハイトが帰ってきた。
宿舎の前に人が集まる。
「うちの息子も返してください!」
「夫を!」
「娘を!」
叫び声。
泣き声。
俺は扉の内側で立ち尽くした。
当然だ。
死者が帰れると知ったら、欲しくなる。
ユリウスが二階から降りてくる。
「俺が出る」
「危険です」
マティアスが止める。
「俺が原因だ」
扉を開ける。
群衆が静まった。
ユリウスは一人ずつ顔を見る。
「俺は帰ってきたわけじゃない」
ざわめき。
「本物の身体じゃない。いつ消えるかも分からない」
「でも話せる!」
女が泣きながら叫ぶ。
「それでもいい! 一度でいいから!」
ユリウスの顔が歪む。
俺も何も言えない。
リヒトだけが、後ろで静かに見ていた。
「これが僕の答えだよ」
小声。
「死者を返せるなら、返すべきだ」
「代償を隠して?」
「代償があっても、選びたい人はいる」
「選ばせるなら全部説明しろ」
「説明したら怖がる」
「じゃあ選択じゃない」
リヒトの笑顔が消えた。
「君、父と同じことを言うと思ってた」
「残念」
「本当に」
透明な糸が彼の胸から伸びているのを、初めて見た。
一本だけ。
ユリウスではない。
もっと北へ。
宿舎前の群衆には、怒っている人もいた。
「なぜユリウス様だけなんだ!」
男が叫ぶ。
「うちの父だって国のために死んだ!」
正しい。
選ばれた一人だけが帰る。それ自体が不公平だ。
別の女性が俺の腕を掴んだ。
「あなたなら戻せるんでしょう?」
「できません」
「嘘!」
命糸が見えることと死者を戻すことは違う。でも説明は届かない。
カイが間へ入る。
「手を離せ」
「待って」
俺は女性を見る。
「戻してほしい人は誰ですか」
「息子よ」
十二年前に十七歳で戦死。
「会いたいですよね」
女性の顔が崩れる。
「……会いたい」
「その気持ちは間違ってない。でも、戻った人がもう一度死ぬところまで見なきゃいけないかもしれない」
女性の手が離れた。
俺にも答えはない。
だから、簡単な希望だけは売らない。
群衆を解散させたあと、受付所を作った。怒鳴る人を門前から追い返すだけでは、また夜に集まる。だから「戻してほしい死者の名前」と「その人に何を伝えたいか」を紙に書いてもらうことにした。
夕方には箱がいっぱいになった。
会いたい。謝りたい。借金を返したい。父親になったと報告したい。最後に喧嘩したことを取り消したい。
リヒトはその紙を一枚ずつ読んでいた。
「これでも、全員返したい?」
「……返せるなら」
「じゃあ、返したあとに何を奪う可能性があるかも一緒に考えて」
彼はしばらく黙っていた。
やがて申請書を引き寄せ、空欄だった『帰還後の生活』に震える字で書き始めた。




