戦争が終わった町
ユリウスを連れてレグナへ出た。
帽子を深くかぶり、古い軍服は着替えた。
「変装、雑じゃない?」
「死者が歩いている町で、死んだ公爵嫡男を堂々と歩かせるよりましだ」
カイが低く言った。
「それはそう」
ユリウスは市場を見ていた。
パン屋。
子供。
荷車。
笑い声。
「こんなに店がある」
「戦争中は?」
「半分焼けてた」
しばらく歩いて、小さな広場で止まる。
そこには戦没者慰霊碑があった。
ユリウス・ヴァルクハイトの名前もある。
本人が自分の名前を見る。
「変な気分だ」
「消す?」
俺が聞くと笑われた。
「残しておけ。あそこで死んだ俺も俺だ」
カイが横を向いた。
ユリウスが肩を叩く。
「お前、俺が死んだあと何回ここに来た」
「一度」
「少ないな」
「来る必要がなかった」
「嘘だな」
カイが睨む。
「ノアに似たな」
「逆です」
俺たちは笑った。
その時。
広場の端で老婆がユリウスを見た。
籠が落ちる。
「……ユリウス様?」
空気が止まった。
レグナでユリウスを知る人は多かった。
市場の肉屋は「代金を踏み倒された」と怒り、本人は「付けにしただけだ」と反論した。古い靴屋は泣きながら肩を叩いた。
「英雄ってもっと綺麗な思い出だけ残ると思ってた」
俺は言った。
「生きていた人間なら、借金くらいある」
ユリウスが笑う。
「カイは?」
「こいつは借金しない。細かいから」
「兄上」
「財布の中の硬貨を額面順に並べてた」
「今も?」
「ノア」
否定しない。
町の人たちがユリウスに触れようとするたび、白糸が少し揺れた。
懐かしさは彼を安定させる。同時に消耗もさせる。
会わせるべきか休ませるべきか、正解がない。
「今日はここまでにしよう」
俺が言うと、ユリウスは素直に頷いた。
カイより扱いやすい兄だった。
広場を離れたあと、ユリウスは子供たちが雪玉を投げ合うのを長く見ていた。
「戦争中、この広場は野戦病院だった」
今は焼き栗の屋台が出ている。
「変わるんですね」
「変わってくれないと困る」
彼は笑った。
「死者が戻るより、町が変わってる方が嬉しい」
俺は申請書の「帰還希望」の欄を二重線で消した。
代わりに書く。
『本人・遺族双方の意思確認後に審査』
ペン先が紙を少し破いた。




