第68話 生きたいと言っていい
ユリウスは窓辺に座った。
「俺は一度死んだ」
静かな声。
「だから、もう十分だと言うべきなんだろうな」
カイは黙っている。
「でも本当は」
兄の口元が楽しそうに緩む。
「生きたい」
その一言で、部屋が静かになった。
「もう少し、お前と話したい。北の町も見たい。戦争が終わったところを見たい」
カイの拳が握られる。
「なら方法を探す」
「カイ」
「糸は使わない。別の方法を探す」
俺は口を挟まなかった。
今はそれでいい。
リヒトが肩をすくめる。
「時間は七日くらい」
「短い」
「今の器が限界だから」
七日。
王都を救うための期限とは違う。
今回は世界じゃない。
一人の命。
でもカイにとっては、たぶん世界と同じくらい重い。
俺はユリウスを見る。
「生きたいって、言っていいですよ」
「慰め?」
「違う。俺、死にたい人を無理に生かす気はない。でも生きたい人がいるなら、方法は探したい」
ユリウスは肩を揺らした。
「君、カイより頑固だな」
「よく言われます」
「俺は言ってない」
「顔が言ってる」
カイがため息をついた。
透明な糸が、少しだけ明るくなった。
七日という期限を聞いてから、カイは明らかに仕事量を増やした。
資料を読む。
使者を出す。
北邸の古文書庫を開けさせる。
夜中になっても机から動かない。
「寝る」
「先に寝ろ」
「一緒に寝る」
筆が止まった。
「……誘い方が雑だ」
「睡眠の話」
「分かっている」
「今ちょっと残念そうだった?」
「違う」
耳が赤い。
俺は笑って書類を取り上げた。
「一時間寝たら続き」
「五日しかない」
「だから倒れたら困る」
カイは不満そうだったが、結局立った。
寝台に入ると、いつもより近くに寄ってくる。
「不安?」
「……少し」
「俺も」
それ以上は喋らず、手だけ繋いで眠った。
翌朝、机の上には家令が見つけた一枚の地図が置かれていた。
雪峡。
原始糸核の場所に、ユリウスの筆跡で丸が付いていた。
朝、ユリウスは自分の手を陽に透かしていた。指の向こうが見える。
「昨日より薄い?」
「たぶんな」
なのに本人は窓を開け、冷たい空気を吸い込む真似をした。呼吸なんて必要ないはずなのに。
「癖ですか」
「生きてる時に毎朝やってた」
ユリウスは窓際へ顔を向けた。
「朝の冷気、昔から好きだったんだ」
カイが鼻で笑う。
「冬でも窓を開けて、全員に怒られていた」
「まだ怒ってるな」




