第65話 本物じゃなくても
ユリウスが膝をつく。
「兄上!」
カイが初めて駆け寄った。
触れる。
何も起きない。
でもユリウスの身体を作る白糸が激しく揺れる。
「時間がない」
リヒトが後ろから言った。
「再構成体は安定しない。長くても数週間」
「四年いると言っただろう」
「何度も作り直した」
カイの顔が凍る。
「兄を何度殺した」
「数えてない」
一瞬で剣がリヒトの喉へ届いた。
俺が腕を掴む。
「カイ!」
「離せ」
「今殺したら分からなくなる!」
「分かる必要があるか」
「ある!」
声を張る。
カイの目が俺へ向く。
「ユリウスさん本人がどうしたいか、まだ聞いてない」
床に座ったユリウスが笑った。
「いい恋人だな」
「兄上」
「その顔やめろ。昔から怒ると父親に似る」
ユリウスは自分の手を見る。
「俺は本物かと聞かれたら、分からない」
「……」
「死んだ時の記憶はある。お前を押した感触も。痛みも。だけど、その後に作られた記憶もある」
顔を上げる。
「それでも俺は、もう一度お前に会いたかった」
カイの喉が動いた。
「それだけは、本物だと思っていいか」
俺は答えなかった。
答えるのはカイだから。
長い沈黙のあと。
「ああ」
カイが言った。
「それで十分だ」
ユリウスの身体が落ち着いたあと、俺はこっそり彼の金糸へ視線を合わせた。
中心にある記憶は確かにユリウス本人のものだ。でも周囲には後から足された白糸が何重にも巻かれている。
「違和感あります?」
本人に聞く。
「時々、自分がどこまで俺なのか分からなくなる」
「例えば」
「カイが二十五の時に肩を怪我したことを知っている。俺はその時死んでいた」
「流れ込んだ記憶」
「ああ。それを“俺の記憶”みたいに感じる瞬間がある」
怖い話だ。
死者が戻ることより、戻ったあと自分であり続けられるか。
「それでも生きたい?」
ユリウスは少し考えた。
「今は、そう思う」
「今は、でいいです」
「君は簡単に永遠を言わないんだな」
「命糸を見てると、言えなくなります」
隣でカイが俺を見た。
「何です」
「いや」
目を逸らすのが一拍遅かった。




