第63話 死んだはずの息子
「エドガーの息子は死んだ」
カイの剣先がリヒトへ向く。
「三十年前に」
「うん」
青年は笑った。
「だから、今の僕は三十歳を超えてるはずなんだけどね」
見た目は二十代前半。
糸を見る。
ない。
カイが昔そうだったように、一本もない。
「自分の糸を切った?」
「さすが結糸者」
リヒトが嬉しそうに目を細める。
「父は僕と母を失って壊れた。でも、少しだけ事実が違う」
「何が」
「僕は死に切れなかった」
胸元を開く。
心臓の位置に、白い結び目。
「身体は死んだ。縁だけ残った。父はそれを別の器へ移した」
「じゃあ今の身体は」
「何代目だと思う?」
吐き気がした。
「そんな顔しないでよ。僕だって好きでやってるわけじゃない」
「エドガーは、それを成功だと思ってた?」
聞くと、リヒトの笑みが薄くなった。
「いいや。父にとって僕は“戻った息子”じゃなかった。最初の器が目を開けた時、父は泣いた。でも僕が母さんの呼び方を一つ間違えたら、失敗作って記録した」
「……」
「だから父の記録には、妻と息子の復活は失敗したって残ってる。嘘じゃない。父が、僕たちを本人だと認めなかっただけ」
王都で聞いた説明と矛盾していたわけじゃない。成功と呼ぶ人間が違えば、同じ出来事の名前も変わる。
カイが一歩前へ出る。
「兄はどこだ」
リヒトの表情が変わった。
「やっぱりそこなんだ」
「答えろ」
「いるよ」
白い扉を指す。
「四年間、ずっと君を待ってる」
カイの手が剣を強く握る。
俺は袖を掴んだ。
「一緒に行く」
「危険だ」
「だから一緒」
リヒトが笑う。
「いいね。父が欲しがった理由が分かる」
「俺たちは研究材料じゃない」
「今は違う」
彼は俺たちの銀赤の糸を見ているみたいに視線を動かした。
「僕が欲しいのは、その糸だけ」
リヒトは自分の身体を「器」と呼ぶ。
それが妙に嫌だった。
「名前は?」
「リヒトだけど」
「今の身体の人の名前」
笑顔が止まった。
「知らない」
「知らない?」
「人工体だから」
「ならよかった」
「何が」
「誰かから奪った身体じゃないなら」
リヒトが俺をじっと見る。
「君、本当に変だね。僕が死者かどうかより、そこが気になる?」
「そこ大事でしょ」
カイが横で小さく頷く。
「君たち似てきたよ」
「やめて」
「なぜ」
「カイが嬉しそうだから」
「嬉しくない」
「今ちょっと口元上がった」
こういうくだらないやり取りの最中でも、俺はリヒトの胸を見ていた。
糸がない。
けれどカイの“無”とは違う。カイは切断された空白だった。リヒトには、糸が通るはずの場所に細かな裂け目が幾重にも残っている。
俺が見ている間にも、その一つがゆっくり開いて、また閉じた。




