第58話 向こう側にいる人
声じゃない。
糸を通じて感情が来た。
嬉しい。
待っていた。
見つけた。
三つが一度に頭へ刺さる。
「っ!」
膝が落ちる前にカイが支えた。
「切れ」
「待って」
透明な糸の向こうに、白い部屋が開いた。
長い銀髪。青白い目。俺と同じくらいの年齢に見える青年が、こちらを見ている。
いや。
俺じゃない。
視線は胸の銀赤へ落ちていた。
『やっと』
唇が動く。
『七番』
PAIR-07。
俺とカイに付けられた、あの番号。
「誰だ!」
青年は答えず、ひどく満足そうに笑った。人を見る目じゃない。長い実験の途中で、ようやく期待した結果を見つけた時の目だ。
『君たちは完成した』
「何が」
『父にはできなかったことが』
カイの腕が俺の腰を支える力を強めた。
「父って誰だ」
『帰っておいで』
「質問に答えろ」
『帰れば分かる』
透明な糸が急に強く引かれた。
視界が裏返る。
雪原。
血。
十九歳のカイ。
その奥で、聞いたことのない子守歌。
「ノア!」
現実の声が割り込んだ。
俺は糸を切った。
城壁の石床へ片膝をつく。舌に鉄の味がした。手袋へ鼻血が一滴落ちる。
カイの顔が変わった。
「負荷は」
「頭痛。耳鳴り。鼻血は今一滴」
先に全部言う。
カイが一瞬だけ言葉を失った。
「……学習したな」
「怒られる回数を減らしたいので」
「目的が違う」
それでも少し安心した顔になった。
城外を見る。
二十七人の死者が全員、その場で止まっている。親糸をこちらから引いたことで、命令が一時的に途切れたらしい。
「今のうちに結び目を切る!」
門を開ける。
騎士たちが出る。
そこから四時間、一人ずつ眠らせた。
名前が分かる人には名前を呼ぶ。家族が分かる人には、その後を伝える。何も分からない人には、戦争が終わったことだけを伝える。
最後の一人が雪のように崩れた時、空が白み始めていた。
俺は城壁へ座り込む。
「寝ろ」
隣に来たカイが言う。
「そっちも」
「俺は――」
言いかけて止まる。
「今、“平気”って言おうとした?」
「言っていない」
「顔が言った」
「お前にだけは言われたくない」
肩に頭を預ける。鎧が硬い。
「これ、寝にくい」
「離れろ」
「それは嫌」
カイが小さく息を吐いた。
少し休んでから、透明な糸を記録板へ写す。普通の色糸なら魔術硝子に残るのに、これは輪郭しか映らない。
「新種?」
「少なくとも俺は知らない」
「名前を付けるか」
「透明糸」
「雑だな」
「じゃあカイが」
北へ伸びる糸をしばらく見て。
「帰糸」
俺は顔を上げた。
「それ、いい」
帰りたかった死者を引く糸。
仮称、帰糸。
書き終えた、その時だった。
北からまた四音の子守歌が流れてきた。
カイの身体が、隣で完全に固まった。




