第57話 全部斬ればいいわけじゃない
「門を閉じろ!」
兵士たちが走る。
弓兵が城壁へ並ぶ。
カイは一度だけ死者の列を見て、命令した。
「火矢は禁止。頭部への射撃もするな」
マティアスが驚く。
「しかし」
「止め方を探す」
こちらを見る。
「主任鑑定官」
「はい」
「仕事だ」
少し笑いそうになった。
恋人と上司の切り替えが雑。
死者は二十七。
白い糸は全員、北へ。
ただし黒い結び目の位置が違う。
「一体ずつ核が違う。首、胸、脚……」
「見える範囲で指示できるか」
「できる。でも一人ずつ切ってたら門まで来る」
銀赤の糸を見る。
王都の事件で分かったこと。
俺一人なら命を削る。
カイと共鳴すれば、二人で負荷を分担できる。
「カイ」
「やるか」
「まだ言ってない」
「顔で分かる」
「そういうの恋人特権みたいに言わないで」
手を取る。
「一回だけ。範囲を見る」
「ああ」
共鳴。
銀赤が太くなる。
俺の視界が一気に広がった。
二十七本の白。
二十七個の黒い結び目。
そのさらに奥。
「……見えた」
全部を操っている一本。
北の森から伸びた、透明な糸。
「親糸がある」
「切れるか」
「遠すぎる」
なら。
「引っ張る」
「何を」
「向こうが俺たちを引いてるなら、こっちから引き返す」
カイの眉が動いた。
「危険は」
「分からない」
「却下」
「上司として?」
「恋人として」
「職権乱用」
「認める」
死者が門へ近づく。
俺は笑うのをやめた。
「でも、やる」
カイもこちらを見る。
「……一人で?」
「二人で」
数秒。
「ああ」
銀赤の糸を透明な親糸へ絡めた。
引く。
向こう側で。
誰かが、笑った。
親糸を引く前、俺は兵士たちへ一つだけ頼んだ。
「俺が倒れたら、カイを止めて」
マティアスが困った顔をする。
「どちらをです?」
「無茶して追いかける方」
「聞こえている」
背後から低い声。
「聞こえるように言った」
「なら却下だ」
「ほら」
エリオットが王都に残っている今、カイを止められる人間は少ない。
でも共鳴を始めた瞬間、冗談を言う余裕は消えた。
銀赤を通して、カイの感覚が流れ込む。
雪の匂い。
剣を握る掌の古い傷。
俺が落ちたら絶対に掴むという、言葉になる前の意志。
そして俺の側からも、たぶん彼へ流れている。
怖い。
でも知りたい。
死者を道具のままにしたくない。
俺は一度カイを見る。
彼は黙って手袋を外した。
「やる?」
「お前が決めろ」
俺は手を重ねた。見たくないものまで来る。それでも今は、必要だった。




