第56話 眠らせる方法
斬れば止まる。
でも、それでは終わらない。
ローデンの身体は城門脇の石室へ運ばれた。
黒い結び目を切ったあとも白い糸は残っている。
「死体を保存していたわけではありません」
マティアスが言う。
「六年前、戦場で火葬しました。骨も遺族へ返した」
「じゃあ、この身体は?」
「分かりません」
教授がいないのが痛い。
王都に残って研究記録を整理している。
俺はローデンの胸の糸を見る。
「身体そのものが糸で作られてる」
「作られている?」
「正確には、記憶の形を借りてる感じ」
カイが死体の手を持ち上げた。
さっきまで肉だった指先が、白い粉になって崩れている。
「時間切れか」
「たぶん」
ローデンの目がわずかに開く。
「隊長」
マティアスが近づく。
「ここにいる」
「手紙……」
「渡した。妹さんに。結婚して、子供もいる」
死人の口元が少し上がる。
「よかった」
白い糸が細くなる。
俺は気づいた。
「話して。もっと」
マティアスを見る。
「今の人に、終わったことを教えて」
「ローデン。戦争は終わった。俺たちは勝った」
白糸が一本ほどける。
「お前の妹は無事だ。手紙も読んだ。髪飾りも受け取った」
また一本。
「お前は帰れなかったんじゃない。ちゃんと帰した」
ローデンが目を閉じた。
糸が消える。
身体も雪みたいに崩れた。
静かだった。
マティアスが敬礼する。
「……今度こそ、休め」
俺は息を吐いた。
カイが隣に立つ。
「お前、また命を使ったか」
「使ってない」
「本当に?」
「疑い深い恋人だな」
「前科がある」
「否定できない」
少しだけ笑った。
でも次の瞬間、城外から角笛が鳴った。
一本。
二本。
三本。
見張り台の兵士が叫ぶ。
「北街道に人影! 数――二十以上!」
城壁の上へ駆け上がる。
月明かりの下。
二十七人の死者が、町へ向かって歩いていた。
二十七人を眠らせる作業は、戦いより苦しかった。
一人目は母親の名を呼んだ。母親はすでに十年前に死んでいた。
二人目は家へ帰りたいと言ったが、その家は戦火でなくなっていた。
三人目は何も喋れず、ただ古い指輪を握る仕草を繰り返した。
俺たちは町の記録を引っ張り出し、一人ずつ生前を調べた。
「この人の家族、分からない」
「隊の記録を当たる」
「夜明けまでかかるよ」
「なら夜明けまでやる」
カイは当然みたいに言った。
その横でマティアスも兵たちも残った。
死者を倒すんじゃない。
終われなかった言葉を探す。
午前三時、十五人目の兵士が消えた時、俺は机に突っ伏した。
「五分寝る」
「十五分寝ろ」
「優しい」
「その間に俺が三人調べる」
「働きすぎ」
「お前に言われたくない」
本当に十五分後、肩を揺すられた。
目を開けると、温かい茶が置かれていた。
誰が淹れたか聞かなかった。




