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第53話 死んだ兄

 ユリウス・ヴァルクハイト。


 カイより四つ上。

 前ヴァルクハイト公爵家嫡男。

 北境戦争末期、二十九歳で戦死。


「じゃあ、あなたが爵位を継いだのは」

「兄が死んだからだ」


 街道沿いの宿で昼を取る間、カイは必要なことだけ話した。


「仲良かった?」

「悪くはなかった」

「それ、カイ基準だとかなり仲良かったやつ?」


 返事がない。

 たぶん当たり。


 エリオットが静かにスープを飲んでいる。

 彼は当時のことを知っているらしい。


「ユリウス様は、団長とは正反対の方でした」

「余計なことを言うな」

「よく笑われ、よく喋り、よく女性に振られていました」

「最後の情報いる?」

「本人がよく話していましたので」


 思わず笑う。

 カイが少しだけ眉を下げた。


 兄の話で、そんな顔をするんだ。


「どうやって亡くなったの」


 今度は答えが遅かった。


「俺を庇った」


 スプーンが止まる。


「……ごめん」

「なぜ謝る」

「聞いたから」

「俺が答えた」


 カイは水を飲む。


「敵の術式を見落とした。俺が前へ出た。兄が押し退けた」

「カイ」

「即死だった」


 淡々としている。

 淡々としているから、余計に痛い。


 俺はテーブルの下で手を伸ばした。

 カイの小指に触れる。


 握らない。

 ただ触れる。


 数秒後、向こうから指が絡んだ。


 エリオットはまだスープを見ている。


「副官って大変ですね」

「職務です」

「今のも?」

「今のは見ておりません」


 宿を出る前、俺はもう一度墓地の方角を見た。


 ユリウスの墓から伸びた白い糸だけが、他より太い。


 そして途中で、一度カイへ向かおうとしている。


 届かないまま折れ曲がり、北へ消えていた。


 宿の主人はユリウスの名を聞くと、古い酒瓶を一本持ってきた。


「若様が好きだった酒です。いつか弟君が来たら開けようと思って」


「いらない」


 カイは即答した。


 主人は困った顔をしたが、俺は瓶を受け取った。


「持っていきます」


「ノア」


「飲めとは言ってない。持つだけ」


 馬車へ戻ってから、カイはしばらく瓶を見ていた。


「兄は酒に弱かった」


「え、さっきエリオットはあなたが一杯で寝たって」


「兄は半杯で寝た」


「兄弟だ」


「似ていない」


「そういうところが似てる」


 カイは嫌そうな顔をした。


 でも瓶を捨てろとは言わなかった。


 俺はそのことを覚えておく。


 糸が見えるせいで、人の気持ちは全部分かると思われがちだ。でも本当は逆だ。見えても、意味は本人に聞かなきゃ分からない。金色だから愛、青だから友情、そんな単純な答えはない。


 カイと兄を繋いでいたはずの糸も、墓の白い残滓だけでは何だったか分からない。


 だから俺は、彼が話す時を待つことにした。

 食後、エリオットが会計を済ませている間、宿の壁に古い北境軍の写真が掛かっているのを見つけた。若いカイは列の端にいて、隣のユリウスだけが笑っている。


「これ、何年前?」


「四年前だ」


「亡くなる少し前?」


「ああ」


 写真の中のユリウスは弟の肩へ肘を置いていた。カイは嫌そうな顔をしている。でも身体は離していない。


「仲直りしないまま亡くなったって、あとで言ってたよね」


 カイの目が写真へ戻る。


「最後にした話は作戦のことで、兄上は俺の案に反対した。俺は聞かなかった」


「それが最後?」


「ああ」


 その短い返事の中に、四年分の続きを感じた。


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